宇宙 エピソード1 自分を探す旅

僕が次に意識を取り戻した時に、最初に目の前に映ったのが、旧びた木目調の天井だった。


確か、僕は灰色の荒野を歩いていたはずだけど…


視線をあたりに目を回すと、サイドテーブルにはポットとティーカップが置かれ、開け放たれた窓からは煌びやかな星々が、僕の目に刺さる様に輝いていた。僕は、目の前の光景にふとした違和感を感じた。何かおかしい…僕は、ベッドから、起き上がって、扉のドアノブに手をかけ、開けた時、違和感が確信に変わった。おそらくリビングだと思われる部屋には、暖炉がありテーブルには料理や燭台があるのに、一切、色が無く,まるでかつての白黒テレビの様な光景が広がっていた。そんな、影が色濃く染まった部屋の隅に灰色のローブを被った、顔が見えないが恐らく男性の様な人が、僕に視線を向けると


「よかった。起きたんだね。」


と、至極落ち着いた、穏やかな声で僕を迎えてくれた。

僕の頭の中には、色々と聞きたいことがあったが、頭を左右に振って、とりあえず、自分を落ち着かせてから、真っ直ぐに彼に向かって深々と頭を下げると


「助けてくださってありがとうございます。」


そう言うと、彼は表情は見えないが恐らく微笑んでいる様な明るい口調で


「よかったよ、元気そうで…」


と、言うと彼は、ダイニングテーブルに向かって椅子を引くと


「とりあえず、目覚めたばかりだから、座って話そう、色々聞きたいこともあるんでしょ?」


と、僕の内心を悟っているかの様に、椅子に座るように促すと彼も音も無く対面の席に座ると、ただじっと僕の顔を見つめて溢すように


「計画通り…」


「そうか、なら…」


と、一人でぶつぶつ言っていたが、途端にハッと気づいて


「ごめん、ごめん。とりあえず自己紹介がまだだったね。」


と言って、彼は一口コーヒーなのか紅茶なのか判らない飲み物を飲むと


「僕は、蟹座の守護者と呼ばれている。主にここ星海と現実の見張りと案内が仕事なんだ。古より蟹座のプレーセペ星団は人間の霊魂が宇宙に上がる時に必ず通るとされているんだよ。」


と言って、蟹座の守護者は、僕に目の前の飲み物を飲むようにと手を振って促してきた。僕は、恐る恐る目の前の灰色の飲み物に口をつけると、コーヒーや紅茶でもなく、意外なことにホットミルクだった。その事実に驚きながらも、僕は蟹座の守護者に向かって切実に


「ここは、どこなんですか?そして、どうしてここには色がないんですか?」


とりあえず、今思い浮かんだ疑問を捲し立てるように口にすると、蟹座の守護者は、落ち着くようにゆっくりとジェスチャーをした後


「そもそも、君は誰なんだい?」


– 僕は…僕は…一体何なんだ? −


僕は、いくら考えても思い出せず、かえって頭痛が始まった。苦痛に顔を歪んだのを蟹座の守護者が認めると、ミルクを飲むように勧めてきた。僕は、一気に飲み干すと、痛みが嘘の様に消えた。


蟹座の守護者は、手を前に組むとおもむろに


「君は、君自身が誰だか分からないのは当然だよ。だって君は影なのだから。」


– 影? 僕が? −


混乱した僕に畳み掛けるように、蟹座の守護者は


「そして、ここは星海(せいかい)。君たちで言う、この世とあの世の境界線だね。そして、君は影であるが故に色が持てないんだよ。だから君の目には色が映らないんだよ。」


そして、蟹座の守護者は、指を一本立てると


「例外は一個だけある。」


と、言って窓の外の星々を指すと


「星だけは、例外。星は、人の魂だからね。」


と、慎重にゆっくりと語った。


僕は、状況を完全には飲み込めなかったけど、蟹座の守護者に


「僕は行かなくてはならないんです。それだけは、はっきりしているんです。」


と訴えると、蟹座の守護者はゆっくりと深く頷きながら


「急いだほうがいいね。影は、本能的に自分を求めるんだ。そして、影と自分が別れて13日経つと、あそこへ行くことになる…」


と言って、蟹座の守護者は、輝く星々を指した。


「そして、星になるともう、二度と現世へと戻れない…」


と、僕の目には更に蟹座の守護者は暗く映った。僕は、椅子から立って急いで外へ行こうとすると、蟹座の守護者は、僕の背に


「君は、どこへ行くの?」


「どこへって、自分を探しにですよ!時間がないんですよ!」


蟹座の守護者は、次の瞬間には玄関のドアノブに手をかけた僕の手を抑えて、重みのある言葉で


「いいから、落ちつくんだ。このままだと、君は自分を見つけられない。星海は、無限に近いくらい広いのだから、闇雲に探しても見つからない。いいかい、そこに座って少し待って。」


と、落ち着いた言葉と違って、力強く僕を引っ張って、また無理やり椅子に座らせて蟹座の守護者は、リビングにある戸棚をしばらく何かを探しているみたいだった。そして、蟹座の守護者は、ペンケースの様な箱を取り出して、僕に差し出した。


「これは、星見の眼鏡。この眼鏡を付けると、君が探している所に色が映るんだ、これをかけて、自分を追うといい。」


僕は、箱からごく普通に見える丸渕眼鏡…星見の眼鏡を取り出し、眼鏡をかけて蟹座の守護者の家から出てみた、すると緑色に淡く輝く軌跡がまっすぐ灰色の大地の彼方に映っていた。


蟹座の守護者は、僕が遠くを見つめているの様子を見守りながら


「いいかい、君は昨日、ここに降り立った。君はあと12日で自分を見つけなくてはならない。それだけは、忘れないで、幸運を祈るよ。」


そして、僕は蟹座の守護者に礼を言うと、


―僕の自分を探す旅が始まった―

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