第18話 臆病者の向日葵から
〇
裕典へ
この手紙を裕典が読んでいるということは、今頃私は三途の川を渡り終えている頃合いでしょうか。もし、まだ渡る前や渡っている途中なら、渡し賃の六文銭を持ってきてくれると嬉しいなあ、なんて。
こんなふうに、最後に想いを手紙に綴るのも、人生で一度はやってみたかったんだよね。やったね、これで私のバケツリストがひとつ叶ったってわけだよ。ありがとう裕典。
……っていう冗談はここまでにしておいて。
きっと今頃裕典は真実を知って、怒っているでしょうか。呆れているでしょうか。それとも、泣いてくれているでしょうか。泣いてくれているなら、私としても、頑張って生きてきてよかったなあと思えるんだけど。
知奈から、どんな形で真実を伝えられたか、この手紙を書いているときの私はわかりません。でも、真面目で優しい知奈のことだから、私のバケツリストできるだけ叶えようとして、それで、私の誕生日が過ぎたくらいで良心の呵責に耐え切れなくなるんじゃないかなあって、なんとなく想像してます。
知奈のことは、責めないであげてください。
知奈は、決して裕典を騙そうとしたり、傷つけようとしたり、ましてや自分の都合のために私のふりをしたわけじゃありません。
全部、私が無理やり知奈に頼んだことだから。
知奈ははじめ、断わりました。これもあらかじめ言っておきます。知奈は真面目で賢い子だから、私が頼んだ嘘が裕典を最終的にどんな気持ちにさせるか想像がついたから。
「そんな嘘良くないよ」
と、私を叱ってさえくれました。
知奈は、裕典を苦しめようなんて、これっぽっちも考えてません。
私の、自慢の妹だから。
それでも、知奈に反対されたとしても、どうしても、私は裕典に「思い出」をあげたかったんだ。
それが仮初めのものでも、嘘のものであっても、一瞬で崩れる脆いものだとしても、
明日奈じゃなくて知奈と紡いだものだとしても。
ほんの少しでも、裕典に私を選んでくれたことを後悔しないように、裕典に「思い出」をあげたかった。
だって、裕典は、嫌いだった私の「明日奈」っていう名前に、意味をくれた人だったから。
明日を待つことさえ嫌になっていた私の人生に、君と会える明日を楽しみにさせてくれる、希望とか、願いとか、勇気とか、そういったものを私にくれたんだ。
きっと裕典のことだから、
「僕はそんな大したことしてない」とか「むしろ僕のほうが明日奈に貰ってばっかり」って言うんだと思う。
大事なことだから何回でも書くね。
君のおかげで、私は「明日を生きたい」と願うようになったんだ。
明日はどんな話をしよう。明日は何の本をおすすめしよう。君はどんな感想を私に話してくれるだろう。
明日も、会いに来てくれるかな。
その感情が、恋だって気づくのに時間はかからなかったよ。だって、一体何冊、何本の恋愛小説恋愛漫画、ドラマにアニメを見てきたのかって話だよね。
そう、きっかけはそれでした。
重すぎるかな? 重すぎたかな?
……でも、裕典が思っている以上に、私は裕典のことが好きだったんだよね。
だから、私が高校を卒業する日に、あんな捻くれた方法で告白をしたわけで。
あれも、保険をかけていたんだ。
もし、私のことをわかってくれていて、あの仕掛けにも気づいてくれたなら、高い確率で告白は上手くいくって。
逆に、気づかなかったのなら、元々縁なんて無かったんだって、諦めるつもりだった。
臆病って思ったでしょ? ね、ずるいって思ったでしょ? そんな保険のかけかた。
それも、裕典のせいだよ。
希望なんて持たなければ、何かに臆病になることなんてありえなかった。そうやって、私は自分のことを守ろうとしていた。
けど、私は裕典と出会って、明日を希うようになった。
そうなるとね? 今度は何が起きるかって言うと。
怖いんだ。
裕典と会えなくなるかもしれない、っていう可能性が、常に頭のどこかにチラつくようになってね? それがもう、怖くて怖くて仕方がないんだ。
別れるかもしれない、離れ離れになるかもしれない。……私の身体がもたないかもしれない。可能性をあげたらきりがないね。
私が倒れて長期入院することになったとき。真っ先にこみあげてきたのはその恐怖だった。
だから、裕典が毎日のように私に会いに来てくれたことが、ほんとのほんとのほんとに嬉しかった。
嬉しかったんだ。間違いなく。でもね、それと同時に、パタリと思ったんだ。
裕典の人生を、私みたいなところで浪費させていいのかなって。
私がこんなにならなければ、裕典は普通に大学生活を満喫できて、こんな薬品の香りしかしない病室じゃなくて、色々なところに行けて、たくさんのことが経験できたはずで。
私のエゴで、裕典を縛りつけて、裕典は果たして幸せなんだろうか、って。
そんな矢先だったよ。
私の残り時間が、あとちょっとって告げられたのは。
今回ついた嘘を思いついたのも、そのときでした。
ごめんね。ごめんね。
怖いよ。自分の残り時間が刻々と減っていくのがわかるのは、とても怖い。でも、そこに裕典がいると、もっと怖くなっちゃうんだ。
だって、君と会えなくなることが、私は怖かったのだから。君と会えない明日が来てしまうのが、たまらなく怖かったから。
それなら、私が私じゃなくなればいい。
だから、知奈に私のふりをしてもらって、裕典には私は元気になったと思い込んでもらって、そうしている間に、私はひとりで、そっと静かに川を渡れたら、なんて自分勝手で。
この嘘が知奈を苦しめるだろうなってことも、裕典を傷つけるであろうことも、想像はつきました。
最後の最後まで、自分の都合でしかなくて、ごめんなさい。
裕典は、私にとってなくてはならない太陽みたいな存在だったよ。
私は。私は裕典にとって、太陽を向いて咲く向日葵になれていたでしょうか。
君の優しさをまとった光を、きちんと正面から受け取ることができていたでしょうか。
……いや、きっとできてないか。それができるなら、知奈にこんな辛い嘘背負わせたりなんかしないよね。
私は太陽に背を向ける、臆病な向日葵だったかもしれないけど、それでも、君が目いっぱいの優しさを私に注いでくれたことは、決して忘れません。
私と、出会ってくれて、一緒に恋をしてくれて、ありがとう。
どうか、私のことは気にしないで、裕典は裕典の望む幸せを見つけてください。
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