第8話 正反対な姉と妹
*
旅行の開催が決定し、細かい日程だったり予定だったりを、僕らは詰めていったところ、八月二九・三〇日に実施することになった。
つまり、明日奈の誕生日に、僕らは旅行に行く。
さすがに誕生日に何もプレゼントを用意しないのは、彼氏としてあるまじき行為なので、何か買わないといけないだろう。
前に誕生日に欲しいものあると聞いたときに、「裕典が欲しい」と言われたけど、それを真に受けて「プレゼントはわ・た・し」をするのはあまりにも痛いものがあるし。
ましてや僕がやったところで需要なんざないし。
というわけで、僕は今年もある人の手を借りるべく、電話をかけてみた。
「──はい、知奈です。裕典さん、どうかされましたか?」
「あ、なんか話すの久しぶりな気がするね、知奈。えーっと、そろそろ明日奈の誕生日じゃないですか。……それで、今年も例によって、知奈の意見を聞きたいと思って……」
電話の相手は、明日奈の妹の知奈。これまでの何回か明日奈に渡すプレゼントを決めるときに相談に乗ってもらってきた。やっぱり、こういうものは同性の意見があると参考になるし。
「…………。裕典さんが選んだものだったら、お姉ちゃんは何でも喜ぶと思いますけど」
「そうかもしれないけど」
「……それに、お姉ちゃんから聞きましたよ? 神戸に旅行するんですよね? それだけでも、十分お姉ちゃんへのプレゼントになると思いますけど」
さすが姉妹。この手の情報が伝達するのはかなり早い。もう僕らの予定を把握している。
「……いや、もしそれで行くとさ、『プレゼントは神戸で僕と過ごす時間だよ』みたいな痛いナルシストになる……よね? 知奈的にはどうなの」
「…………。恋は盲目って言いますし」
「答えだよねそれ。知奈のなかで答え出てるようなものだよねそれ」
「わかりました。……予定空いてる日、見つけておくので」
「ありがとう。めちゃくちゃ助かる」
そうして、僕は知奈の助言を得るあてをつけた。
知奈が指定した日は、たまたま明日奈とのデートには被らない日だったので、後ろめたいことは何もなく僕は待ち合わせ場所に向かっていた。
集合場所は、いつかの明日奈とのデートと同じ小田急多摩センター駅。約束の十五分前と、ある程度余裕を持って来たつもりだったけど、改札前にはすでに見知った顔が文庫本片手に立っていた。
「もしかして待たせた? 誘っておいて遅くなってごめんね」
真っ白な半袖のワイシャツにジーパンという、可愛らしい服装をチョイスすることが多い明日奈とは反対に、中性的な、落ち着いた雰囲気の服を選んだ知奈。
「あ、おはようございます裕典さん。いえ、全然です。私もちょうど今来たところでした」
明日奈だったらほぼ間違いなく僕より後に来て、後ろから「だーれだっ」をするのがお約束だ。やっぱり服装だったりこういう待ち合わせのひとつでも、姉妹の性格って出るなあ……。
僕の到着を見て、パタンと文庫本を閉じた知奈はトートバックに本をしまい、僕に尋ねる。
「では、早速適当にお店を練り歩く感じでもいいですか?」
「うん、それで」
「わかりました。行きましょうか」
とことん真面目な性格の知奈は、明日奈ならひとネタもふたネタも挟んできそうなスタートポジションもスッと締めにかかる。
……ああ、なんて精神衛生的に素晴らしい時間なんだ。こんなにメンタルを削られないのも久しぶりかもしれない。
僕らが向かったのは、多摩センター駅から徒歩五分程度の距離にある大型商業施設。多種多様なお店が揃っており、明日奈のプレゼントを探すにはおあつらえ向きだろうということで、ここを選んだ。
去年と一昨年の明日奈の誕生日は、ともに入院中ということもあって、選ぶプレゼントも難しかったりした。
結局のところ、グラスだったりブックカバーだったり、栞だったりとそういった無難なところに落ち着いてしまったわけで。
ただ、今年に関してはもう明日奈は退院している。
それなら、今まではなんとなく選ぶのを諦めていたアクセサリーにしてもいいんじゃないかと事前に考えてはいた。
だから、訪れるお店も自然とそういう雑貨屋さん系に偏る。
「……つかぬことを聞くけど、明日奈ってネックレスとかブレスレットとか、そういう類のものって好んでつけたりするのかな……?」
ただ、実物を眺めながらはた、と一度冷静になる。
明日奈にとって要らないものを渡しても意味がないんじゃないかと。
「うーん、あまり見たことないかもしれません。入院前も」
「……じゃあ、渡しても迷惑になるだけかな」
「そんなこと、ないと思いますよ。お姉ちゃんだったら、むしろ喜んで大事に使い続けるんじゃないかって、……思います」
そう言うと知奈は、僕がなんとなく手にしていた指輪を見ては、
「ああ、でもお姉ちゃんはもう少し落ち着いたデザインのほうが気に入るかもしれないです。例えば、これとか」
棚に陳列されている別の指輪を指さして意見をくれる。
「あっ、こんなのとかどうですか? お姉ちゃんが好きそうな花柄ですけど」
そんなふうにして、何店舗か回った末、僕は明日奈に渡す誕生日プレゼントを選んだ。
「ありがとね、付き合ってくれて。おかげでいい買い物ができたよ」
プレゼントも買い終わった後、相談に乗ってくれたお礼に僕は知奈にお昼をご馳走することに。
同じ施設内に入居している焼きたてパンが食べられるレストランに入った僕らは、テーブル席に向かい合い、それぞれ注文したお昼ご飯を口に運んでいた。僕はミックスグリル、知奈はチーズフォンデュ。
「いえいえ、私なんてただ裕典さんが選んだものをああでもないこうでもないって言っただけですから」
「いや、毎年誕生日とクリスマスとお世話になってるので、ほんとに」
「……裕典さんこそ、ありがとうございます。毎年、お姉ちゃんの誕生日を祝ってくださって」
「……へ?」
「プレゼントとか関係なしに、お姉ちゃん喜んでるんですよ? 毎年祝ってくれること。ほら、お姉ちゃんの誕生日って、夏休み期間中なので、クラスメイトに祝われることってほとんどなかったみたいなので」
「あー、なるほど……ね。あ、このデニッシュ美味しいよ、食べてみる?」
「いいんですか? そういうことでしたら」
合間合間に美味しいと思ったパンをふたりでシェアしたりして、僕と知奈は取り留めのない話を続ける。
「なんか、こうして普通に裕典さんとお出かけして、ご飯食べてるの、変な感じがしますね」
「……知奈、出会ったばっかりの頃はめちゃくちゃ僕に冷たかったからね」
「そっ、それはっ、裕典さんの人となりがまだわかってなかったからでっ」
「いやー、妹さんには嫌われたかなーって、当時はめちゃくちゃヒヤヒヤしてたのも、今となってはいい思い出だよね」
「かっ、からかわないでくださいっ、もう……」
今でこそ僕と知奈は「彼女の妹」としていい関係を築けているけど、最初のうちはキンキンに冷え切っていた。
「……お姉ちゃんが、騙されてるんじゃないかって思ってただけなんで」
ただ、それも知奈が姉である明日奈をとてもとても大事に思っていたからこそのもので、誤解が解けてからは、こんなふうにたまに出かけることだってするようになった。
「今は、ちゃんと、裕典さんのこと、信頼してますから」
「……そう言ってもらえて、僕としては何よりだよ」
真面目な知奈が浮かべた、ふにゃりとした柔らかい笑みに、一瞬だけ明日奈の面影を覚え、やっぱりこういうところも姉妹だよな、と口にはしないものの内心僕は考えていた。
ランチを終えると、僕らは多摩センター駅に再び戻る。
「ご飯、ごちそうさまでした。美味しかったです」
「いえいえ、普段からお世話になってるから。これくらい」
「それじゃあ、私はこれで。あまり、お姉ちゃんの彼氏を長いこと借りてると、お姉ちゃんが拗ねちゃうので」
小田急線の改札前、知奈はそう言うとパスケースに入った定期を掲げて見せる。
「……ありそうだなあ。今日知奈と出かけたこと、明日奈には言ってないから、知られたら確かに拗ねるかもしれない」
「ふたりの仲が悪くなるのは、私だって本望じゃないので。今日はありがとうございました。神戸旅行、楽しんでください。……あと」
自動改札機を通過した知奈は、するとくるりと体を改札外の僕に向けると、
「……お姉ちゃんのこと、よろしくお願いします」
そう言って、深々と頭を下げてから、新百合ヶ丘方面のホームへと駆けて行った。
夏らしい、冷たくて涼しい香りが、僕の鼻に残っていた。
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