第5話
朱熹ちゃんの脳漿が炸裂するのに、驚くほど私は何も感じなかった。その細い腕からまた吹っ飛んだ銃は、今度こそ暴発せずに、私の足元に落ちる。青海くんも珊瑚ちゃんも朱熹ちゃんも死んでしまった。何が起こっているのか分からない。がたがた怯えている翡翠君に向けて、私は銃を取る。
え、と彼がポカンとするのに、私はにっこりと笑って見せた。
「死ね、人殺し」
頭や手足じゃ滑ったりはずれたりするだろう、私はその腹部を狙って銃を撃った。硝煙臭いと言うのか独特の匂いが漂って、反動で転んだ私はそれを肺に吸い込む。
私が『それ』に出会ったのは、小学二年の時だった。一緒に通学していた親友と通学路をぽてぽて歩いていた、ある意味牧歌的な風景。稲刈りの終わった田んぼに沿うように歩きながら、私達は歩いていた。
途中で黒ずくめのコートにサングラスを掛けた人とすれ違いになった時、ドン、と音がした。きょとんっとして私が振り返ると、そこでは背中から血を流し死んでいる親友がいた。そしてそいつは、『ツバサ』は、ああ、と落とし物を拾う全く自然の仕種で落ちていた拳銃を拾った。
『ツバサ』。真っ黒なコートの背中に白く描かれた翼はまるで天使のようだったけれど、どちらかと言うとそれは堕天使と言った様相だった。口をパクパクさせて叫ぶことも出来ないでいる私の事なんて気にした風情もなく、彼はすたすたと歩いて行った。そして私は実感したのだ。『必要悪法』の必要性。でも必要悪の必要性は解らなかった。
人殺しは死ぬべきだ。人を殺しているんだから死ぬべきだ。私はいつからかそんな事を考えるようになっていた。だって人を殺したんだから、誰かにとってかけがえのない人を殺したんだから。『愛するものが死んだ時には、自殺しなけあなりません』、とは中学の教科書に有った言葉だ。朱熹ちゃんはそうした。私はその切っ掛けになった翡翠君を殺した。殺した? 私がこの手で殺した? まだ突っ張った手はぶるぶると震えている。
だって朱熹ちゃんが死んだから。青海君を殺したのは翡翠君だったから。だから死ななきゃいけないのは翡翠君で。じゃあ珊瑚ちゃんを殺したのは誰? それは偶然? だとしたら翡翠君が青海君を撃っちゃったのも偶然?
でも朱熹ちゃんを殺したのは翡翠君が切っ掛けだ。切っ掛け程度で殺して良いのか。私には分からない、分からないけれど私は間違ってないはずだ。ああ、頭がグルグルする。一気にあんな破裂音立て続けに聞かされて、痛くて死んじゃいそうだ。死んじゃう? 私も死んじゃう?
目の前には死体が四つ、珊瑚ちゃん、青海君、朱熹ちゃん、翡翠君。こんな中で生き残ったところで何がどうなるって言うんだろう。何もどうにもならない。みんな死んでしまった。だったら私も。翡翠君を殺した私も、死ななきゃならない?
私は吹っ飛んでいた銃を拾い、失敗しないように口の中に銃口を入れる。仰向くとビルの屋上に影が見えた。そうか。そう言う事か。ちくしょう。
私は私を殺すために、トリガーを弾いた。
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