第4話

 海外に行っていた兄が帰って来る飛行機で、事故が遭った。乗客の殆どが死ぬか行方不明になって、その中に兄の名前を見付けた時は私はわああと泣いた。母に抱きしめられても止まず、父に窘められても止まらず、私の手をぎゅっと握ってくれたのは青海だった。

 近所に住む青海は数年前に妹さんを亡くしていたから、気持ちが解るのだろう。そう両親は納得して、私達を部屋にそっとしておいてくれた。


「きっとあいつが乗ってたんだ」

「あいつ?」

「『ツバサ』だよ。朱熹も名前は知っているでしょ。必要悪法の提示の原型になったって言われてる」


 その頃は知らなかったけれど、今は知っている。千条目の法律――一度大災害に遭ってから、国の法律は爆発的に増えた――別名『必要悪法』。その裏には誰かたった一人の影があるのではないかとは、テレビのニュースでも囁かれている事だった。本当にそんなものがいるのか。やがて日本出身の殺し屋が有名になるのは、更にその数年後だった。『ツバサ』と言うコードネームしか知られていない。しかし百発千中の大規模な災害を起こす、奇跡のような必要悪。

 実際エスパーか何かなんじゃないかと騒ぎ出したのは、海外メディアの方だった。それは前世紀最大の科学者であり物理学者であり天文学者でもあるドクトル・A8と言う人の提唱した、『不謹慎な恋』と言う論文によるものらしい。


 多数の精子と卵子を集めてその中から特色のある物同士を掛け合わせる。実際今の日本は激減した日本人を再生するために、児増局――人工授精を斡旋する機関がある。そこから悪用が始まったのではないか。それは納得できない訳じゃない、でもそんな最悪の能力を持つエスパーなんか生み出したなんて国の恥だろう。だから『必要悪法』で取り締まりを図った。


 だけど私達庶民には、その情報は届けられない。いつか全滅させた頃にしれっとそんなものはいませんでしたよ、なんて言うのかもしれない。でもそんなことはどうでも良かった。一番大切なのは、お兄ちゃんが死んだこと。そしてそれにクラスメートが関わっているかもしれないと言うこと。

 悲しみは怒りに代わり、私は青海の言うとおりに奴への復讐を誓った。最初は些細なことから、筆箱を隠したり教科書をゴミ箱に捨てたり。やがて机や椅子を窓から投げ捨てることもした。ちょっとだけ困った顔で面倒くさそうにそれを取りに行く姿を見て笑ったりもした。


 死んでしまえば良い。お前たちなんかいらないんだ。世界中で誰にも必要とされていないんだ。思い知らせるために、心を折るために、何度も何度も繰り返した。だけど彼女は、それに対して全く動じなかった。それが余計に苛立ちに代わり、暴力は加速度的に激しくなった。椅子を投げつける。腕の青い痣を見て留飲を下げる。そんなことばかりして。でもあいつは『必要悪』だから良いんだと思っていた。


 だからなの? その復讐で、青海は死んじゃったの?

 だったらあたしもあたしが要らない。

 青海と一緒に、死んじゃった方が良い。

 それがあいつの目論見通りでも。

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