第2話

「ひッ……!?」


 五人のうち、一人がおそらくは肝臓を打ち抜かれて死んでいた。びくんびくんと身体を跳ねさせて、やがてそれも止まる。口元に手を当てていた朱熹しゅきは叫ばないようにするために必死だった。突然の悲劇、突然の友人の死亡。頬を噛んで必死に声を堪えている。僕――青海あおみは、念のためにしゃがみ込んで倒れた子の脈を取った。もうない。死んでいる。完膚なきまでに死んでいる。


 第千条目の法律、必要悪法――人を苛立たせたり傷付けたりした者はどんな虐待も許される。ただし十二歳以上に限り。子供の虐待はこのお陰で大分減ったけれど、かと言って『必要悪』が無くなることはなかった。例えば僕達の通っている高校にも『それ』はいる。

 その少女の隣の席になると一週間以内に自殺か他殺か事故に見舞われ、大概は死ぬ。よって彼女は死をばら撒く『細菌』と呼ばれ、机を捨てられ椅子を捨てられ教科書とノートを捨てられ靴を捨てられ飼い猫を殺されても、何も反応しない。学区が違った中学校の頃は知らなかったけれど、おそらくはそこでも色々やらかして来たんだろう。誰も彼女の味方にはならなかった。噂すらなかった。口にすることすら忌まわしかったからだと思われる。だから彼女はひっそりと僕たちの中に潜んで来た。『そう』――『必要悪』であることを、隠しも語りもせずに。


 醜悪だ。実に醜悪だった、それは。クラスからは人が消えゆき、残った者はなるべく彼女の近くに寄らない。教師さえ彼女の事は見て見ぬふりだ。名簿からも黒く名前を消され、在籍していることがまるでなかったかのようにされて来た。だけど学校にいる間ずっと一緒に居なくてはならない僕達クラスメートには、それはあまりにも儚い対処だったと言えるだろう。


 だったら、と言ったのは僕だ。

 『必要悪』には『必要悪』らしい制裁を。

 ただし殺したら僕達が罰せられるので、そうされない程度の虐待を与えて来た。


 後悔はしていない。恐る恐る拳銃を拾った翡翠ひすいも、吐きそうなのを必死にこらえている朱熹も、がたがたと肩を震わせている萌葱もえぎも、もう動かなくなっている珊瑚さんごも、『必要悪』に大切な人を奪われて来た。或いは親友、或いは兄弟、或いは親。

 僕も十年前の高速道路玉突き事故で妹を亡くしている。その先頭にいてカーチェイスを繰り広げていたのは、『ツバサ』と呼ばれる『必要悪』の中で最も名を知られている殺し屋だった。一人で百人単位の人身事故――事故、『偶然』を起こした、醜悪なる『必要悪』。


 だから僕は言ったんだ、この親友達に。

 『必要悪』は、法にのっとって処分しよう。

 誰もNOとは言わず、過ごしてきた一年間。

 そんな夏の終わりに、こんなことが起こるなんて、誰も思いもしないで。


「なあ、珊瑚の奴……死んでるのか?」


 僕に問いかけて来たのは翡翠だ。こくんっと頷くと、手に持った銃を眺めて、銃口を少し触って。あちっと離す。証明するまでもない凶器に触れている事に、僕は慌てて翡翠に叫んでしまう。


「多分それに指紋が付いてると思う、下手に触らずに――」

「指紋? まさか俺も? う、うわあっ!」


 放り出された銃はまたどんっと音を立て――

 僕の腹に、熱い一撃を食らわせた。

 今度こそ朱熹が、叫んだ。

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