第3話

私には、この世界に、私と同じ顔を持つ人がいる。。。そう、お父さんとお母さんから聞かされて。。できるだけ、目立たないように、、K市から出ないように、生きることにした。外に出る時は、キャップに、伊達メガネに、マスク、、感染症も落ち着いたのに、、花粉症の季節でもないのに。。同じ境遇の幼馴染の正人も、同じようにしている。。高校生なのに、、青春真っ只中のはず、、なのに。。


1.


 山田鈴は、K高から自宅に戻ったその足で、K駅駅前に向かっている。肩には、大きな荷物、クラシックギターを抱えている。山田鈴は、このギターを中学に上がったときに、父親に買ってもらった。そして、週5回、ギターのレッスンに通っている。場所は、K駅駅前、K市音楽スクール。K市音楽スクールには、小学校の頃から通っている。。その頃は、バイオリンを習っていた、、正人と一緒に。。中学生になってから、楽器をギターに変えた。ボサノヴァ歌手になるために。。少し前までは、楽しくて仕方がない、ギターのレッスンだったが、今は、、、少し、、複雑な気持ちだ。ギターが嫌いになったわけじゃあない、、むしろ、どんどん、のめり込んでいく。。だからこそ、ふと考えてしまう。。この先の自分のことを、、目立たないって、、K市から出ないって、、、、言われたって。。


「・・・はい、今日のレッスンは、ここまで。。」

「幸代先生、ありがとうございました。」

「どういたしまして。鈴ちゃん、ギター、熱心だから、先生も教えがいがあるわ。鈴ちゃん、ここに通い始めて何年になるんだっけ?」

K市音楽スクールのクラシックギター講師である、飯坂幸代は、自分のギターを片付けながら、鈴に話し掛けた。

「小学1年生のときからだからもう丸9年。クラシックギターは、中学1年のときからだから、丸3年です。」

「そうか、ギター、、3年か、、3年で、これだけ弾ければ、 たいしたもんよ。。で、確か、将来、ボサノヴァ歌手になりたいのよね。」

「はい!」

 鈴は、大きな声で答えた。

「鈴ちゃん、声が独特で、素敵だから、きっと、いいボサノヴァ歌手になれるわよ。そうか、、じゃあ、そろそろ、ボイストレーニングも始めないとね。」

 幸代は、嬉しそうに言った。

「ボイストレーニングって?」

 鈴は、怪訝そうな声で聞いた。

「ボイストレーニングってね、発声や呼吸法、喉の使い方みたいな声を出すための基礎を勉強した上で、歌唱に必要な技術、音程とか、リズムとか、表現とか、よね、そういうのを練習して、歌唱力を上げることよ。歌の筋トレっていう人もいるわ。私の知り合いに、いいボイストレーニングの先生がいるんだけど、今度、行ってみる?」

「・・・場所、どこですか?」

 鈴は、おずおずと聞いた。

「えーと、池袋だったかな。。」

「・・・じゃあ、無理です。」

鈴は、視線を落として呟くように答えた。

「え?何で?」

 幸代は、怪訝そうに聞いた。

「・・・私、K市の外には、、行けないんです。。」

「え?何で?ご両親、そんなに厳しいの?」

幸代は、聞き返した。

「・・・厳しいってことじゃあなくて、、うーん、、何ていったらいいかな、、うちの家の決まり、、みたいなもん、、かな。。」

 鈴は、眉間に皺を寄せ、うつむき加減になりながら、答えた。

「・・・先生、鈴ちゃんが言っていることの意味が分からないけど、、うーん、、じゃあ、K市内でならいいってことなのね。」

幸代が思案気に聞いた。

「えぇ、、まぁ。。。」

「先生、知り合いの人に、今度、聞いておくわね。K市内でできるボイストレーニング。」

「あ、ありがとうございます。。」


2.


ギターのレッスンを終えた、山田鈴が自宅への帰路についている。その足取りは、重い。同じ顔の人間がいる話を両親から聞いてから、幼馴染の正人とも話して、できるだけ目立たないように、K市から出ないように生きるって決めたものの、大好きなギターの練習をすると、夢見てきたこと、、将来、ボサノヴァの歌手になるって夢がどんどん近付いてくるような気分になる。そう思えば思うほどに、できるだけ目立たないように、K市から出ないように生きるってことが足枷になるような気になる。私は、どうしたらいいのかしら?答えの出せない自問を繰り返す日々。。


「・・・ただいま。。」

 鈴が小さな声で呟いた。

「ああ、お帰り、鈴。」

「・・・ねぇ、お母さん、、、」

「何?」

「少し、話してもいい?」

 鈴が深刻そうな顔で言った。

「いいわよ、何?改まって。。」

「・・・この前の話、、この世界に自分と同じ顔をもつもう一人の自分がいるって、、」

 鈴が俯きながら話し始めた。

「・・・・あぁ。。」

「お母さんも15歳のときに、その話を聞いたの?」

「・・・そうよ。。お母さんのお父さんとお母さんから、、鈴と同じように、、で、お母さんが18のときに、お父さんとお母さんは、、消えた。。」

 母、良江は、目を閉じて答えた。そのときのことを思い浮かべながら。。

「・・・そう、、、なんだ。。これまでは、早くに亡くなったって聞いてたけど。。消えたんだ。」

 良江は、意を決して、しかし、小さな声で、話を始めた。2人以外の誰にも聞かれないように。。

「・・・そう、、お父さんとお母さんは、K市で中学の先生をしていたの。で、その日、2人は、教職員連絡会議のために、U市に出掛けた。。。そこで、会っちゃたらしいの。自分と同じ顔をもつもう一人の自分に。。で、3日後に、消えた。私の目の前で、ね。それから起こったことは、ほんと、不思議なこと、、私の中には、両親の記憶があるのに、周りの人たちの記憶からは、完全に、両親の記憶が消えていた。戸籍とかの記録も、ね。私は、孤児院で育ったことになっていた。両親の記憶が残っているのは、あの本崎地区出身の人たちの中だけ、、今じゃあ、田中さんご一家だけだけど。。」

 良江は、寂しそうに、淡々と話した。

「で、お母さん、どうしたの?」

「預金通帳の名義もお母さんの名前に変わっていたんで、当座の生活には困らなかったけど、、この先、どうしたらいいか、分からなかったんで、、、同じ境遇の人たちを頼ることにした。そのうちの1人が3歳年上の山田陽平さん、前の名前は、孝輔、、、お父さんよ。お父さんは、K市役所に勤めていた。で、お母さんも同じところに就職することにした。その10年後に、お父さんと結婚して、5年後に、鈴、あなたが生まれた。」

「・・・その間、K市を出たことはないの?」

 鈴は、おずおずと聞いた。

「・・・ないわ。」

 良江は、きっぱりと答えた。

「・・・ねぇ、お母さん、、楽しかった?幸せだった?」

 鈴が母を問い詰めた。

「・・・他の生き方を考えたことがないから、比較はできないけど、、お父さんがいて、、鈴がいて、、そういう意味では、、幸せだったわね。。」

 良江は、静かに答えた。

「・・・そう、、、なんだ。。」

 鈴は、寂しそうに言った。

「・・・鈴、、将来の夢があるのよね。。歌手、、だっけ?」

「・・・うん。。」

 鈴は、寂しそうに頷いた。

「・・・できるだけ目立たないようにしよう、K市から出ないようにしようって言いだしたのは、隣の誠也さん、、お母さん、今度、お父さんに相談してみるわね。。」

 良江が鈴の肩に手を掛けながら話した。

「・・・うん、、ありがとう。。」

 鈴が視線を母に力なく向けながら答えた。

「・・・ごめんね、鈴。。」

 良江が鈴を抱きしめながら話した。

「・・・お母さんのせいじゃあ、、ないし。。」

 鈴が母の腕の中で小さく呟いた。


3.


 山田鈴の父親が、K市役所から帰ってくる。鈴の父親、陽平は、正人の父、誠也と同じように、K高を卒業後、K市役所に就職している。それから、32年、一貫して、経理課で働いている。陽平は、身長190センチ、体重100キロの体躯を持ち、深く響く重量感のある声を持っている。職場で、彼は“オペラ歌手”と呼ばれている。陽平の父親は、陽平が4歳のときに消えた。そして、母親もまた、陽平が14歳のときに消えた。陽平は、隣の家に住む、同じ14歳の田中誠也と2人で、自分たちの宿命に対し、どのように対処したら良いのかを相談しながら、これまで生きてきた。


「ただいま。」

「あぁ、あなた、お帰りなさい。食事にする?お風呂?」

「今日は、暑かったからな。先に風呂にするよ。」

「はい、分かりました。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「さ、お父さん、ビールでしょ。」

「あぁ。鈴は?」

「レッスンよ。K市音楽スクール。」

「熱心だな。」

「・・・だから、、困っているのよ。。」

「え?どういう意味だ?」

 陽平が小首をかしげながら呟いた。

「あの子、プロの歌手になりたいんですって。」

 良江が小さな声で言った。

「えぇ!」

 陽平が大きな声で答えた。

「何て言ったかな?ボサ、、ボサ、、」

「ボサノバか?」

「そう、そう、それ!その歌手を目指してるのよ。」

「・・・しかし、、な。。なぁ、、」

 陽平は、その大きな体を丸めて答えた。

「えぇ。。」

 陽平は、少し考え込んだ後に意を決して、言った。

「・・・ちょっと、俺、誠也んとこ、行ってくるわ。」

「お願いね。私たちの時代と違うから、、鈴に、あれやっちゃ駄目、これやっちゃ駄目って言うのも、、ねぇ。。」

「あぁ、でもな。。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(ピンポーン)

「あぁ、誠也、俺だ、」

『・・・どうした?こんな時間に。』

 誠也が困惑気味に尋ねた。

「いやな、、ちょっと、相談事だ。」

『今、開けるよ。』


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「誠也、実はな、、、うちの鈴が、な、、、」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・なるほど、な。まぁ、鈴ちゃん、うちの正人と同い年だから、、16か。。まぁ、皆、それぞれに、夢を持つわ、な。」

 誠也がたんたんと呟いた。

「なぁ、、どうなんだろうな。。例の目立たない、K市を出ないっての、、、俺たちの時代とは違うから、、、なぁ。。」

 陽平が懇願するような目を誠也に向けながら言った。

「・・・陽平、お前の親父さんとお袋さんは何歳のときに消えたんだ?」

「え、あぁ、親父が39の時で、お袋は49の時だ。」

「俺の両親は、親父が40、お袋が48の時だ。」

「俺たち、今、何歳だ?」

「そりゃあ、俺もお前もちょうど50だろ。」

「K市縛りと目立たないこと、、年齢だけで言えば、、効果、、あったってこと、、なんじゃないのか?」

「・・え、、あ、ま、まぁ、、な。」

「なぁ、陽平、、今の時代だ。例えば、覆面シンガーって、のも、逆に、受けたりするんじゃないか?」

 誠也が静かに話した。

「でも、歌は?」

「You Tubeで配信するとか。。」

「まぁ、そういう手もあるか、な、、今は。。」

「鈴ちゃんは、もっと普通に、って思っているのかもしれないけど、、これは、鈴ちゃんが消えないためなんだから。。」

「・・・まぁ、そうだよ、、な。。帰って、鈴に話してみるよ。ありがと、な、誠也。。」

 陽平は、力なく話した。

「・・・気にするな。俺だって、正人の夢を後押しできなくて、歯痒い思いをしているんだ。」

 誠也がいつもの苦しそうな表情で答えた。

「・・・あぁ、そうだったな。。お互い、辛いな。。」


4.


山田鈴は、K市音楽スクールで、ボイストレーニングを始めることにした。元々、涼し気な鈴のような声をプロ仕様にする、それが、鈴の目標だ。プロのボサノヴァ歌手になる、そう誓ってからもう3年になる。目立たないように生きること、K市から出ないことの縛りからその夢を諦めかけたときもあったが、父親から、You Tubeを使って、音楽を配信することや覆面シンガーの話を聞いて、再び、夢に向かって突き進むことにした。今日は、そのボイストレーニングの最初のレッスン日だ。


「さぁ、始めようか!講師の佐伯卓也です。今日から、宜しくお願いします!」

「あ、宜しくお願いします。。山田鈴です。」

「鈴ちゃんって、呼んでもいいかな?」

「あ、はい。。」

「鈴ちゃん、ありがとう、ね。」

 卓也が嬉しそうに話した。

「え?」

「幸代さんから聞いたよ。鈴ちゃんがここでボイストレーニングをしたいって言ってくれたんで、ここの教室にボイストレーニングコースが新設されたって。。」

「あぁ、そのことですか。。いや、ここっていうわけじゃあなくて、K市内で、って思っていたんですけど、幸代先生がいろいろと動いてくれたみたいです。幸代先生には、ほんとに、感謝しています。」

 鈴は、おずおずと答えた。

「よし、じゃあ、始めようか。まずは、基本からだ。ボイストレーニングは、正しい姿勢、呼吸、喉の開き方から始まる。まずは、先生の姿勢を見てくれよ。」

「はい!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「初回にしては、上出来だったよ、鈴ちゃん。ボイストレーニングって、地道な鍛錬だから、、、直ぐに上手になろうとしなくていいからね。じゃあ、また、来週ね。自習も忘れずにね。」

「先生、ありがとうございます!」

鈴は、明るい声で答えた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


K市音楽スクールの前に、1人の少年が佇んでいる。鈴は、帰り支度を終え、K市音楽スクールの出口に向かう。

「・・鈴ちゃん!」

「え!あぁ、、大島君、、どうしたの?」

「・・この後、ちょっと、話、してもいい?」

「あ、えぇ、、少しだけなら、、でも、何?」

鈴は、戸惑ったように、答えた。

「・・あぁ、ちょっと、ね。。あそこにカフェにでも入ろうか。」

「・・あ、えぇ。。」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いらっしゃいませ!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「鈴ちゃん、何にする?」

「・・・あぁ、じゃあ、、ミルクティーをホットで、、」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・で、何?話って?」

「・・・あぁ、ごめん、ごめん、、実はさ、鈴ちゃんに、報告したいことがあって、さ。」

「・・・何?」

「・・・僕、今度、パリに留学することになって、、エコールノルマル音楽院ってとこに、、」

「・・・そ、そうなんだ。。おめでとう。。いつから?」

「半年後、、」

「・・・どのくらい?」

「・・・分からない、、ずっとかもしれない。。」

「・・・ふーん、、そう、、、なんだ。。で、それと私と、、何か、関係あるの?」

「・・・鈴ちゃんも、ギター、頑張っていたから、、いつか、同じところで、また、練習できたらいいなって思ってさ。。ここ、僕の留学先、、ここへの留学手続きとかも書いてある。鈴ちゃんの腕前なら、奨学金も出るだろうし、、」

「・・・私、奨学金の対象になるような大会に出てないし、、」

「だからさ、鈴ちゃんに会いに来たんだ。3か月後、この学校の選考会がU市で開かれる。ここで、認められれば、鈴ちゃんも一緒にこの学校に行くことができる。。」

「・・・少し、考えさせてくれる?私には、無理かもしれないんで。。」

鈴が目を伏せて呟いた。

「・・・無理って?」

「・・・あぁ、こっちの話。。。」


////////////////////


美音がいつものモスで光輝を待っている。

「美音、ごめん、遅くなった。」

「光輝の遅刻はいつものことよ。今日は、私からの報告よ!」

「何だい?」

「私、エコールノルマル音楽院の選考会、受けてみようかと思って。」

美音は、誇らしげに答える。

「エコールノルマル音楽院って?」

「パリにある、音楽の学校なんだけど、、そこが、今度、U市で、選考会を開くらしいのよ。合格すれば、パリに、留学できる!」

「そりゃ、凄いや。俺より先に、美音がパリか!」


////////////////////


<C国ミサイル発射操作室>

「ソンホ君。計画は進んでいる。そちらも準備を怠るなよ。」

「は!閣下。既に、各所に協力者を配置しております!」

「よし!今後の指示を待て!」

「は!」

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