『長姉』(ある眷属)


 『ある眷属』シリーズ、SSショートストーリー

 早くも第二弾。


 眷属たちの「長姉」目線のお話。


ーーーーーーーー


 母が、かつて教えてくださった。


 紅き血より生まれた私の瞳が蒼いのは、

 この国の、この世界の、未来の為だと。


 正義が正義であり続ける為には、

 激情をさます「雨」が必要なのだと。


 ゆえに。

 紅き血の流れる地へと、私は向かう。


 暗雲を穿うがつように得物のきっさきをかかげ、

 理性を宿しながら、巨獣のごとく咆哮する。


「今こそ、我が神の『正義』を示すときだ!

 同胞はらからよ、私に続け!」


 鬨の声は背中に。

 いかなる戦場においても、先陣を切る。


 この身こそ、神の槍。

 貫けぬものなど、何もない。




『長姉』




 大聖殿附属図書館の最奥にある、我が弟・アルヴィンの執務室は、いつ訪れても片付いている。


 そもそも置かれているものが少ない。執務室に付き物の、書物や資料といった嵩張かさばる類のものが、有事に備えての「引き継ぎ」用のみにとどまっているからだ。


「……相変わらず、非の打ち所のない仕事ぶりだ。ありがとう、アルヴィン。誠に助かる」


「これが俺の役割だから。でも、欠けが無いようで安心した。欠かさず『ありがとう』って言ってくれるトエニカ姉さんこそ、相変わらず義理堅くて、素敵だ」


 ふ、と笑い声をこぼし、読み終えローテーブル上に整えた、書類の山を見る。


 会議資料及び「脚本」の作成から、その後の懇親会のセッティング……席次表、ふるまう茶葉の銘柄選択、各種調度品の手配に至るまでが、人、場、機を知り尽くした上で編まれていた。


 「完璧」という言葉を、過去より見た評価と定義するのであれば、紛れもなく「完璧」をも上回る出来だ。下に積まれた他の案件も同様。全ての書類において、四つ角の隅々まで思慮が行き届いている。


「会議には俺も出席させてもらう、いつも通りの方法でね。発言は姉さんの名を借りて、になるけれど、それで構わないか?」


「無論だ。君が共にいてくれると心強い」


 光栄だな、と弟はわずかに首を傾げて微笑んだ。すうと細められた紅色の双眸は、柔らかながらもあでやかだ。


 ローテーブルを隔てて向かいに座った弟は、聖殿の代表たる者として外界へ出ることの多い私より、遥かに見目に気を配っている。


 ただ座っている今も、その手で成す仕事の如く至高。表情、仕草、服装に装飾品……どれをとっても見せる為、魅せる為のものだ。それでいて嫌味がなく、さりげなく、なのが絶妙である。


 私は武人であり、武人たる道を求め、また求められている存在だ。しかし同時に女体に生まれ、女性たる心を持つ存在でもある。この弟の在り方について、私は尊敬の念を抱いている。


 要するに、そう、「おしゃれ」なのだ。


「……それで?」


 角砂糖を2つ溶かした絶品の紅茶を干し、私は視線を右へ。ソファの背面に体重を預けて立っている、もうひとりの弟へ動かす。


「そろそろ、君がこの場にいる理由わけを問うても? アルラズ」


 同じ顔立ちをしていて、片割れとこうも雰囲気が異なるか。つくづくそう思わせる、あらゆる言動に涼風を纏っているかのような男。


 今日も今日とて、その身をだぼついた衣服に緩く包んでいる。だらしがないという印象はとうに過ぎ去った、この格好がこの弟の装備なのだ。


「『確かめても?』だろ、トエニカ。

 勿論、今お手に取ってる『ソレ』ですとも」


 ふ、と再び笑い、リストを双子に向ける。


「では今一度、問おう。

『調査』を要する者は、何枚目の何番目か」


 このリストだけは、アルヴィンが作成したものではない。聖都の北方に存するガルージヴァ監獄に依頼し、定期的に提出させているもの。聖都で罪悪を犯した重罪人どもに書かせた、署名のリストだ。


 この署名に用いられる筆記具は、我が国で開発された魔導具。手に取った者の魔力を自動的に抽出し、専用のインクに混ぜ込ませる、という仕掛けが施されている。即ち、この署名は罪人どもの魔力のリストと同意である。


 抽出する魔力はごく微量で、2文字目を記す頃には尽きる。ゆえに多くの存在にとって、この紙束は無価値だが……強力な情報収集能力を持つアルヴィンの手に渡れば、聖都にいながら罪人どもを尋問できるツールとなる。


 退屈だろ、と笑顔を向けられて以来、その場に立ち合わないようにしているが。人差し指の腹を押し当て、ただ静かに、ひとつひとつの署名を調べていく弟の姿が、目の奥に焼き付いていた。


「ははっ、それも『答え合わせ』のくせにー。

 1枚目の、上から4番目、だよ」


 アルラズの指が順に、しなやかに数を示す。


「だけど。軽ーく転移できるにしろ、トエニカは多忙だろ?

 だから俺が行く。母さんに心配かけるよーな事態にならねーうちに、母さんをこの世で一番愛してる俺が、色々ぱぱっと炙り出してくるよ」


 アルラズは華やかに、楽しげに笑うが、その内に愉悦を感じる心が欠けていることを、私は長姉としてよく理解している。


「ここにいるのは、その意思表示の為か」


「そ。あーでも、それだけじゃあ正しくないな。

 この話し合いに参加してるのはそーいう理由だが、俺がここにいるのに理由なんかない。だってここは、可愛い片割れの仕事場なんだぜ。俺の仕事場みたいなもんだろ?」


 ……む?

 アルヴィンの執務室が、アルラズの執務室?


いや、その理屈は通らんと思うが」


「通せって。俺が不在の間、弟をよろしく」


 成る程、それが真の理由か。


「案ずるな。長姉を信じろ」


「おっ、頼もしー」


 アルラズは軽やかな笑みを浮かべたまま、私たちに背を向けた。顔の横で軽やかに右手を振りながら迷いなく遠ざかっていき、壁に鼻先が触れるかというところで転移し、消えた。


 アルラズとアルヴィンは、眷属の中でも空間操作系統の魔法に秀でている。現れたり消えたり、秘したり暴いたりはお手のものだ。隠密任務ならば、圧倒的な力で以って捩じ伏せ、制圧するタイプの私より、遥かに上手くこなす。


「……ふう」


 二者のみになった執務室で、アルヴィンは目蓋を閉じた。完璧だ、完璧だが……膝上で組んだ指だけが些か堅い。


「ごめん、姉さん。分かりきってると思うけど、兄さんは言い出したら強引で。

 でも……兄さんは勝手だけど、」


「我々の期待を裏切ったことは一度もない。これから先も、一度として、なかろう。

 そしてそれは、君も、私も、同じこと」


 憂いのなかで笑みを作るアルヴィンへ断言し、私は書類を抱えて席を立った。




 蒼き瞳で、行く先をまっすぐ見据える。


 「桜色」の髪を高く結い上げ、

 右手に長槍を携えて。


 果てまでも正しき、我が家族たち。

 正義の治世を信ずる、我が民たち。

 我らが、偉大なる母。


 その全てを守護する、私が在る限り……


 正義執行機関、瞳。序列第一位。

 『将軍』トエニカ・ブルーが在る限り。


「炎の国は、決して、揺るがぬ」


【長姉、了】

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