『指先で酔う』(ある眷属)


 『ある眷属』シリーズ、SSショートストーリー


 アルラズ目線で語られる、

 双子ととあるラピットのお話。


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『指先で酔う』



 シェールグレイ神聖王国、聖都。

 聖域を構成する建造物のひとつ、大聖殿。


 ある眷属の私室、そのベランダへ。短い空の旅を共にした俺たちは、ふわりと降り立った。


 流石、気づくのが早い。慌てて硝子扉を開け、任務から帰還した兄を出迎えてくれた弟は、随分と珍しい表情を浮かべていた。


 呆れ2割、驚き3割、動揺が残り半分ってとこか。こういう表情カオを見られたってだけで、ゲストをお連れした甲斐がある。


 ゲストから降りた俺は、ひらりと片手をあげ、


「や。ただいま、ヴィー」


「お、おかえり。無事でよかった、けど兄さん、この方は……?」


「だーいじょうぶ、トエニカの許可は取ってあるからー。早速ご紹介いたしましょう。こちら、聖騎士団にご所属の由緒正しいラピットさんです」


 そう。ゲストとは一羽のラピットのこと。


 うさぎに似て、うさぎに非ず。純白のまんまるボディと丸っこい翼を持ち、その翼……ではなく風属性魔法で、人を乗せてすいすい飛ぶ。馬のように装着された鞍は、聖騎士団を示す漆黒だ。


 色眼鏡を外した裸の瞳で、ラピットに見惚れていたアルヴィンだったけど。はっと我に返ったらしく、眼差しを鋭くして俺を見た。


「それは分かってる。俺が訊きたいのは、」


「兄さんも分かってる。単純な理由だってー、ヴィー、ずっとラピットに会いたがってただろ?」


「会いたがってはいた。認める。だけど、こんな唐突に、聖殿こんなところまでわざわざお連れするなんて、心の準備が全然……っ、モフフ殿のご都合は? ご理解とご同意の上なのか? 聖殿の『機密事項』と関わり合うことについて、しっかりと、」


「? 説教ちょい待って。もふふ?」


「? モフフ殿。その方のお名前」


「あ、そーいう」


「お名前すら存じなかったのか……!?」


『めぇ〜』


 ラピットが鳴いた。


 美形が多い眷属のなかでも、俺たちはとりわけ美形だと言われてる。俺自身、任務のときは外見を武器として扱うこともある。


 そんなふたりから同時に視線を向けられても、黒々としたつぶらな瞳はまるで動じない。


 動じたのはアルヴィンの方だった。


「……! そう、だったのですか。

 その……ごめん、兄さん。俺の望みを叶えてくれたのに。ほんの少しだけ、動揺してしまって」


「? や、しょんぼりしなくても全然いーけど。モフフどのの心読んだ?」


「? いや、そんな失礼なことは……お名前だけは、引き出させていただいたけど。ただ、こうなった経緯については、ご自分からご説明くださったから」


「え、マジ? めぇ〜って言っただけなのに?」


『ゔぇ〜』


 再び、ラピットが鳴いた。


 つぶらな瞳も表情も、さっきから変わんねーように見える。けど確か、モフフどのを貸してくれた騎士団員の話じゃ、ラピットが濁った鳴き声を出すときは不機嫌になったときだとか。


「え、なんか怒った?」


「申し訳ありません、兄が失礼を。……、承知しております。ご冗談を仰ったのですよね?」


 あ。


 どんな冗談かは知らねーけど。

 アルヴィンが、笑ってる。久しぶりに。


 いや、アルヴィンはよく笑う。家族といるときも、仕事で人間と会うときも、笑っていないことの方が少ない。


 だけど、そういうときのアルヴィンの笑顔は、同じ顔をしてる俺でもゾクっとくるほどに綺麗なんだ。こんなふうに、豊かな感情のままにキラキラ笑う、って感じじゃあない。


 アルヴィンは、キラキラを殺して笑う。


 生まれたばかりの頃はもう、キラキラ全開でそれはそれは可愛かったのになー。近頃は兄さんが部屋に訪ねていくと、何故かムスッとして開口一番に要件を尋ねてきてさー。


 ま、今でも可愛いけど。それに心底嫌がってるわけじゃねーのは分かりますし。双子ですし。


 ……と。


『めぇ〜』


「お?」


 モフフどのが何事かのたまいながら、俺の隣からのっちりと進み出た。


 アルヴィンはかすかに目を見開いて、手袋を嵌めた両手をさっと後ろに庇う。そして、無意識にしてしまったらしいその仕草に対して、申し訳なさそうに視線を伏せ、綺麗に笑った。


 なるほど、俺にも分かった。俺には先程とまるで変わらないように聞こえる「めぇ〜」で、モフフどのが一体何を提案してきたのかが。


「……重ね重ね、申し訳ありません。折角のご厚意を無碍にするようですが、貴方のお姿はあまりにもかわ、いえ、眩しすぎて、」


「いーじゃん。触らせてもらえば?」


 綺麗な声で断ろうとしていたアルヴィンが、おずおずと俺を見る。


 紅に結えられていない、風に揺れる銀髪。夕焼けに染まると、俺とお揃いになる。


一撫ひとなでくらい、大丈夫だってー。『折角のご厚意』なんだし、『わざわざ』連れてきたんだし。兄さんも一緒だし。だから、大丈夫だよ。

 ほらほら、もふもふだぜ、もっふもふ」


「…………」


 アルヴィンが黙り込んでいるうちに、積極的なモフフどのは短い4本足でのちのちと距離を縮め、手を伸ばせば届く位置で止まった。お相手がどうして躊躇っているのか分かっていて、


『めぇ〜』


 その上で「どうぞ」と促すみたいに。


「くぅ、鳴き声だけで、もう……でも!」


 兄とモフフどの、ふたりに背中を押されたからか。それとも、間近に迫ったモフフどのの可愛さに抗えなかったのか。アルヴィンは凛々と顎を上げ、紅色の双眸に決意を灯し、


「……モフフ殿。兄さんも、ありがとう。

一触ひとふれ、だけ。させて、いただきます……」


 手袋を嵌めた右手を、伸ばす。


 ふるる、とふるえる人差し指の先が、純白の体毛に触れる。文字通り、一触れだけ。




 そしてアルヴィンはぶっ倒れた。




 ……全然、大丈夫じゃなかった。


 夜更けに目覚めたアルヴィン曰く、原因は「可愛さともふもふの過剰摂取」だそうだ。


 もふもふの「も」の段階で気絶したように見えましたけど。この聖殿で絶対的に正しいアルヴィンが、真っ赤な顔を片手で覆った上、俺から思いっ切り逸らしながら言うんだから、間違いはねーんだろう。


 弟という眷属の、難儀なる敏感体質を、兄として改めて理解した一件。それ以来アルヴィンは、ラピットという生物をますます深く愛するようになったのだった。


【指先で酔う、了】

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