第5話 錬成術士のライフワーク

「おかえり……って、ああ、ミラくん!」


無事家に着いた頃。ティアさんは俺の腕の中にいるミラくんを見るなり、安堵の声をあげた。


「良かった、探してもどこにもいないからダンジョンに一旦戻ろうとしてたんだ」


柔らかく微笑みながら、安心しきった声色で喋る。もちろん、右手はミラくんの頭を撫でていた。

そのままミラくんをティアさんに受け渡す。彼女は簡単にミラくんの体を確認した後、薬瓶の中に入れた。薬瓶の中には核だけが残る。何回見てもこの光景は不思議だ。


「あの子の容体は安定してる、しばらく目覚めないだろうけどね」

「放っておいて大丈夫なんですか」

「峠は越えたから大丈夫、異常があれば私の方に通知が来る仕組みにもなっている」


ティアさんは手の中にある輝石を見せてきた。対応する輝石が置かれている場の魔力に異常があると光って知らせるという、メジャーな通知方法だ。


「それで、あの子についてなんですけど」

「ダンジョン内で言いかけてたやつか、あの子が古代魔鳥の変化した姿なんじゃないかっていう」

「どうでしょう、有り得ますか」

「まだどうにも……魔力の乱れが酷いから確認も取れないしね」


俺は考え込む。もし仮に、あの子があの魔鳥だったとして。俺たちはあれを殺した……かは分からないが、とりあえず首を落としたのだ。報復の対象になってしまうだろう。呑気に我が家で寝かせていていいのか?

……いやでも、怪我人を放ってはおけないし…………。


「まあ、詳しいことは本人が起きてから聞けばいい。今は彼女の回復を待つだけさ」

「いてっ」


ティアさんにデコピンをされる。どうやら眉間にシワが寄っていたようだ。


「私は作業してるよ。色々あったけど、一応素材採集はちゃんとできたしね」

「あの、俺も見てていいですか」


そう言うとティアさんは心底驚いた顔をした。そんなに意外だろうか。


「アヨくんが私の合種創造に興味を持つなんて……鍛錬しか頭にないアヨくんが」

「一言余計です」


確かに、俺はティアさんに雇われてから一年半、彼女の生命創造に立ち会ったことはない。

ただ、なんとなく。今日は雇われて以来初めての非日常づくしだったので、こんなことがあってもいい気がしたのだ。


「良いよ。君の雇用主の凄技をご覧に入れようじゃないか」


◇◇◇


「今日は兜ヤドカリの合種を創る。混ぜるのは霜狼フロストウルフだ」

「いつの間に霜狼の素材を……」

「撤退しているときに襲撃してきたので、ついでに保存しておいた」


周到さに感心していると、ティアさんがコホンと咳払いする。話を戻す合図だ。


「兜ヤドカリはその名の通り兜を殻として被る。それによって堅い防御を得るわけだが、反面弱点もある。はいアヨくん、答えて」

「兜を取ると薄い膜一枚隔ててるだけで、ほぼ内臓が丸出し」

「その通り。衝撃に強い性質を持つため一概に脆弱とは言えないが、間違いなく弱点ではある」

「あ、だから霜狼なんですか」


霜狼は強さの割には体が小さいし、そのうえ四足歩行だ。だから上から攻撃される機会が多い。そのため霜狼は、進化の過程で背中に硬く柔軟な装甲と体毛を得た……と伝えられている。それを知らずに切りかかって反撃を喰らう冒険者が毎年後を絶たないらしい。


「ここからは実践だ、よく見ているといい」


そう言うとティアさんは青緑の輝石を取り出した。核だろうか。


「私は倫理的配慮から、創り出す生命に思考能力は与えない。ただ脳は魔力器官でもあるため、脳をなくすと魔力を持たない生命になる。これでは合種にならない」


そう言われて思い出す。ティアさんが嫌というほど繰り返すので覚えたが、合種の定義は魔力を持つ生命体に現れる先天的な異常を持つ者、他種族の特徴を持つ変異体……魔力のない生命は合種になり得ない。


「そこで、輝石に魔力器官の代わりをさせる」

「そういえば、スライムには脳がないけど思考能力も魔力もありますよね。あれってなんでですか」

「良い質問だ、答えはスライムが特殊だから……アヨくんにも覚えがあると思うけど、他の魔物と違ってスライムは体全体で魔力が均等に流れているだろう。それはスライムの一個体、その体全部が魔力器官としての役割を果たしているからだ」

「なんで思考能力があるかは?」

「まだ明らかになっていない。もっとも基礎的なのに特異な性質を持つのは水と同じようなもんだね」


へー、と相槌を打つ。速攻でティアさんに、よく分かってないだろと突っ込まれてしまった。難しい話は俺の領分じゃないから仕方ない。俺がそんなことを考えている間にもティアさんはテキパキと作業を進める。今は核と素材を魔力炉に入れているところのようだ。


「アヨくんは勉学はしてこなかったって言ってたけど、頭は悪くないんだ。もっと活かしたらいいのに」

「今のままで満足してます」

「確かに今のままでも十分頼りになるけど、人間停滞するのは良くないぞ」

「考えておきます……今は何の手順ですか?」


先程とは違い忙しそうな様子はない。それどころか椅子に座ってお茶の準備までしている。するとティアさんは魔力炉の上に浮かぶ魔法陣を指差した。遠隔操作してるってことか?


「魔力炉に魔力を流してる。魔物には種族で特有の魔力の波長があるから、それを再現して流し込むことで入れた体組織……素材が活性化する、すると体が形作られる。魔物の体の再生が早いのもこんな理屈だね。あと私の場合は合種の創造だから、最低でも二種族の波長を混ぜ合わせる必要がある」

「……とんでもない神業じゃないですか!?」

「ようやく気が付いたかい?まあ神業なのに神には認められてないんだけどね」


彼女は自嘲気味に話すが、前半で喋っていた内容が凄すぎて全く頭に入ってこない。魔力の波長の再現、しかも混ぜ合わせて……そんな緻密な魔力操作が可能なのか?思わずごくりと唾を飲み込む。


「魔力を流す工程はアヨくんが見てても面白くないだろうし、もう戻ってていいよ。色々あって疲れも溜まっているだろうからね」

「……分かりました」


初めての生命創造現場に驚きっぱなしだったが、そういえば俺たちダンジョンから帰った直後なんだった。流石に疲労が溜まっているのが分かる。


「じゃあ、失礼しました。合種の創造、興味深かったです」


ティアさんにひらひらと手を振られつつ、工房を後にする。今日は風呂に入って寝よう。

浴室に行くまでの廊下には客室が面している。俺はこの中で寝かされている、ダンジョンで拾った謎の少女に思いをはせた。


(あの子、明日は目が覚めるといいな……)

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