第6話 謎の少女の目覚め

「んん……朝か」


まだ外が薄暗い早朝、俺は目を覚ます。いつも通りだ。顔を洗い服を着替え、外に出る。ティアさんを起こすまでは鍛錬の時間だ。


「素振り……いや違うな」


俺はダンジョンで、古代魔鳥の首を自力で落としきれなかったことを思い出す。あれほど完璧な条件で剣を阻まれたのは、初めての経験だった。

結局ティアさんの強化付与ありきで倒せたのだ。俺も魔力操作をもっと上達させる必要があるのかもしれない。


「今やってるのはこうだろ……」


剣を握り、魔力を流し込む。魔力は剣全体に広がっていった。これでは攻撃の際に無駄がある。攻撃対象に接する部分だけに魔力を偏らせることができれば、攻撃力はもっと増すだろうが……


「思ったより難しいな」


試しに切っ先にのみ魔力を集めようとしてみたが、どうしても途中で止まってしまう。俺に魔力操作の才能は無いのかもしれない。


「……いや、才能のなさを言い訳にしてるようじゃまだまだだな」


もう一度、もう一度と魔力を剣の切っ先に集めようとする。あの力に頼らずとも、俺はもっと強くならなければいけないのだ。

──ティアさんに、俺の立場がバレないように。縛りを課した身でも、全部守り切れるように。


◇◇◇


随分空が明るくなり、ティアさんを起こしに行こうかという頃。家の中から慌ただしい足音が聞こえてくる。目の前に飛び出してきたのは、やはりティアさんだった。


「アヨくん!あの子が目を覚ました!」

「本当ですか!」


ティアさんの手の中にある輝石がこれ以上ないほど光っている。どうやら本当にあの子が起きたようだ。


「行きましょう、俺もついていきます」


つい最悪の事態を想定してしまう。あの子が俺たちに攻撃してきたら。また俺一人でやりきれなかったら。


「アヨくん、また眉間にシワだ」

「いたっ、デコピンしないでくださいよ」

「相手は子供だぞ、急にしかめっ面の男が来たら怖がるかもだろ」

「……確かに。なるべく笑顔でいきます」


そんなやり取りをしつつ、客室に入る。

そこでは女の子が朝日を浴びながら、俺たちの方を振り向いていた。鮮やかな赤い髪が光に照らされキラキラと輝き、白いワンピースが開いた窓から入る風にたなびいている。美しい少女という形容が何よりも似合いそうな光景だ。


「……あなたたち、だれ?」

「私は錬成術士のミクロサフティア、ティアと呼んでくれ。こっちは……」

「ティアさんに雇われてる、冒険者のアヨ・スローンです」

「……?ティア、アヨ?」


少女がそれぞれ指をさして確認する。その仕草はどこかたどたどしい。


「そう、私たちは君をダンジョンから連れ出したんだ。大怪我を負ってた」

「ダン……ジョン……?」


少女は首を傾げる。まさか、何も分かっていないのか?俺はティアさんを小突き、共に部屋の外に出るよう合図する。


「一旦席を外させてもらいます」


女の子に目線を合わせて話しかける。少女は相も変わらず、首を傾げたままだった。

ティアさんと二人で客室を出て、後ろ手に扉を閉める。


「記憶がないみたいですね」

「それも厄介だが……元気な姿を見て確信した。あの子は古代魔鳥だ」

「やっぱり……でもそしたら、記憶が無いのは好都合ですね」

「あの可愛い顔で凶暴性を秘めてたりするのか?考えたくないね」

「とりあえず、覚えていることを聞き出しましょう。異常解決の糸口になるかも」


顔を見合わせ、また客室に入る。少女は先程と変わらぬ位置に佇んでいた。


「ね、私たちはさっき自己紹介したけど、君に聞くのがまだだった。君の名前を聞いてもいいかな?」

「なまえ、わたしの?」


少女は不思議そうに聞き返す。


「わ、わからない……」

「じゃあ、ここで目覚める前何をしていたか、とかは覚えてますか」

「あ!それはわかるよ、かたくてくらいばしょにまよいこんで……きづいたらここにいた」


恐らくダンジョンでの記憶だろうが、どうやら俺たちに危害を加えられた記憶はないらしい。自分勝手だが、少し安心した。


「その前は?」

「うーん……わかんない。ぴかってして、びっくりしておきたよ。すごくこわかった。びっくりしすぎて、かたくてくらいばしょにきちゃった」

「そうですか、話してくれてありがとうございます」


俺はしゃがみ込み、彼女の頭を撫でた。彼女は嬉しそうに俺の手にすり寄る。


「まだ起きたばかりだし、もう少し安静にした方がいいだろう。あとで軽い朝食を持ってくるから、食べたらまた寝ていていいよ」

「うん!わたし、たべるのすきだよ。ねるのもすき」

「ふふ、じゃあきっとすぐ背が伸びるな」


ティアさんと少女が仲良くじゃれ合う。いかんせん二人共見た目がいいので、目の保養になるなぁと思いながら眺める。


「そうだ、名前が分からないなら、私たちで名付けしてもいいかい?」

「なまえ、ティアとアヨが、わたしに?ほしい!ほしい、なまえ!」

「だってさ、二人で相談して決めるからアヨくんも考えておくんだぞ」


ビシッと指をさされ、お前も名付け親になれという旨の宣告を受ける。


「いいですけど、センスに期待しないでくださいよ」

「わたし、ふたりがくれるのならなんでもいいよ!」

「おや、可愛いことを言うじゃないか?」


近くにあった椅子を引き、仲睦まじげな二人の様子をじっと見る。

日常は急速に変化しつつあるけど、きっと悪くはならないと感じた。



────────────────────

【ひとくちメモ】

古代魔鳥ちゃんが急に懐いたのは元々人懐っこい性格なのもそうですが、鳥特有の刷り込みな部分もあります。

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