第4話 ダンジョンからの脱出

一層の最深部に陣取る古代魔鳥を倒した俺たちの目の前に現れたのは、傷だらけの姿で眠る女の子だった。


「…………は?」

「ああ、魔鳥の死骸が消えてるじゃないか!?なんて勿体ないんだ!」

「どう考えても今言うべきはそれじゃないでしょ!?」


女の子が起きる様子は無い。手足に傷を負っているし、首にある切り傷からかなりの流血がある。放っておくと助からないかもしれない。


「とりあえず応急処置をしましょう。ティアさん、首の傷口に浄化を」

「よしきた」


傷口は清潔にしなければならない。呪文使いが居ない場合は薬草やポーションで代用することになるが、うちには魔法の達人がいる。


「包帯は……こんなもんでいいか」

「アヨくん、手際がいいねえ」


たまに、回復魔法に頼り切りで通常の応急処置をおろそかにする冒険者もいる。

しかし回復魔法は人体の自然治癒力を高めるものであり、一瞬で傷が治るわけではない。傷口がふさがるまでは当然血も流れ続ける。

失血を防ぐためにも、回復魔法の前に止血をするのは当たり前のことだ。


(ん、待てよ……?首の切り傷……?)

「……ティアさん、この子、さっきの魔鳥が変化した姿なのでは?」


返事を聞こうとティアさんの方を振り返った振り返ったその時。


「まずいぞアヨくん、魔物が一斉に……!」


古代魔鳥を倒したからだろう、今まで隠れていた魔物が出てきてしまったのか。目の前では、霜狼フロストウルフの群れが興奮した様子で吠えていた。

霜狼……もっと深い層にいるはずの強力な魔物だ。今日は本当に異常づくめだな。


「しんがりは俺がやります、ティアさんはその子を連れて早く逃げて!」


ティアさんは俺の言葉に頷き、合種の核が入った薬瓶を床に投げつけた。


「ニゴくん出番だ、この子を乗せて走るよ!」


ニゴくんと呼ばれた黒い馬は、無数の蛇でできた尻尾を振りながら出口へ駆けていく。ちゃんとあの女の子も回収できたようで、俺は安堵のため息をついた。

さて、とりあえず俺は眼前の敵を倒さなくてはならない。


「これはあの人には見せたくない力だから、かえって好都合だな」


俺は片手で素早く三角の印を切り、短い言葉をボソボソとつぶやく。剣が薄明かりを纏い、薄暗いダンジョン内を明るく照らしていった。


「早く片付けて合流しなきゃいけないんだ、悪いな」


◇◇◇


「おーい!ティアさん!」

「おお、早かったねアヨくん」


霜狼を片付け、道中に湧いた魔物も倒してティアさんと合流する。馬に乗っているのに遅かったのは、乗せている少女を刺激せず、かつ回復魔法も行うための調整だったらしい。不測の事態への対応にも強いのは、俺の雇用主の美点だろう。


「容体は?」

「はっきり言って悪い、帰って寝かせるまでは安心できないね」


あ、一応首の傷は塞がったよ、とティアさんは付け足した。その言葉に俺は安心する。


「今日は本当に異常まみれだね……でも古代魔鳥に他のパーティがやられた痕跡がなかったのは良かった」

「まったくです」


ティアさんは言わずもがなだし、自惚れる訳ではないが俺もギルドによれば一応、上から数えた方がけっこう早いくらいの実力らしい。そんな二人が奇襲をかけて急所を狙ったのに、阻まれて反撃までされかけた。とにかく硬かったのだ。


(当人たちには申し訳ないけど、ダンジョン入口にいた冒険者たちにはあれを破れる火力を持ってそうなのはいなかった……いや、首以外はそこまで硬くなかったりするのかな?)


考えに耽りつつ、後ろから追い立ててくる魔物たちに対処する。やっぱり、今来たのも本来一層に居るはずのない種ばかりだ。この層ってもっと、スライムとかが出る感じじゃないのか。


「ティアさん、脱出したらギルドに今回の報告をしてダンジョンを一時封鎖してもらいましょう。後続に被害が出たら面倒です」

「分かった。あ、でもそれはアヨくんがやって。私はこの子の治療に専念しなきゃ」

「分かりました」


俺は回復魔法が上手くない。治療はティアさんにしかできない仕事だし、俺ならギルドに多少顔が効く。自然な分担だろう。


「というか……」


ティアさんたちが乗っているニゴくんの尻尾に目を移す。


「なんですかこれ?尻尾の先に兜ヤドカリがめちゃくちゃついてるんですけど」


ニゴくんの尻尾は無数の蛇でできている。そしてその蛇たちが、それぞれ兜ヤドカリの体に噛み付いていた。パッと見、兵士の生首が尻尾に沢山ぶら下がっているみたいになっている。ややグロテスクだ。


「ああ、アヨくんと合流する前に襲ってきてね。ニゴくんが迎撃してくれたからそのまま保存魔法をかけてお持ち帰りって感じだ。今日の本来の目的は素材の補充だしね」

(したたかだなあ……)


俺がティアさんの行動に感心していると、ダンジョンの大扉が見えてきた。出入口に戻ってこれたようだ。

大扉を勢いよく開け、ダンジョンの外に飛び出す。新鮮な空気が肺に満ちていく。無事に出られたんだ。


「道を開けて、怪我人が通るよ!アヨくん、後は手筈通りにお願い!」


ティアさんはニゴくんに乗ったまま、家の方角へと急いでいった。俺も仕事をしなければならない。


◇◇◇


最寄りのギルド支部でことの経緯を説明し、一時封鎖の申請が受理されたあと。俺は参考人として、またダンジョン前に戻ってきた。形式的なものらしく、特にすることはないのだが。


「あ、あの……」

「ん、どうかしたか?」


突然女の子に話しかけられる。確かこの子は……俺たちがダンジョンに入る前に、ここで作戦会議をしてたパーティの子だ。


「ダンジョン、封鎖されちゃってますけど……何があったんでしょう?今回わたしのパーティ、魔物が全く出ないのを気味悪がってすぐ退却しちゃって……」

「あぁ、すぐ退却したのか。適切な判断だな、きっと良いパーティなんだろう」

「いっいえ、そんな……」

「そうだ、説明か。絶滅したはずの古代魔鳥が一層に出現した。それと、魔鳥が倒れてダンジョン内の魔力が混乱したのか知らないが……深層にいるはずの魔物が一層にごった返している」


それを聞くと、彼女は青ざめてしまった。多分、もし撤退の判断が遅れていたら……と想像したんだろう。


「そうだ、他に今日ダンジョンに入った奴はいるか?」

「あと2パーティいます。でもどっちも私たちの撤退中に偶然会って、そのまま説得して一緒に脱出しました!」


彼女は胸を張ってそう答えた。実際、本当に誇れる結果だと思う。敵のいないダンジョンなんて、冒険者からしたら目の前にぶら下がったニンジンとそう変わらない。それを疑うのも、疑念の予感を当てるのも、凄いことだ。


「怪我人がいない様で良かった」

「おーい!アヨさーん!封鎖作業終わりましたー!」


ギルド職員が呼ぶ声が聞こえる。どうやらそろそろ帰れるらしい。


「じゃあ、俺はこれで」

「……あ、ありがとうございました!」


女の子が元気よく敬礼をした。長く冒険者をやっているが、こうして感謝されるのは毎度嬉しい。

俺は彼女に手を振り、封鎖の確認を急かす職員の元へ歩いた。


「これ、アヨさんのとこのですよね?封鎖作業中に飛び出してきて」

「……ミラくん!」


ティアさんの視界共有が切られてから行方不明だった、合種ウサギのミラくん。戻ってきてたのか。


「良かったですね、じゃあこれで作業は終わりなので。僕は先に上がりますね」

「ああ、お疲れ様」



家路につき、穏やかな心持ちで歩く。誰も見ていないので、ミラくんのスライムのような肌に顔を埋めてみた。ひんやりして気持ちいい。


「……君にも怪我がなくて良かった」


人工生命だろうが、思考能力が無かろうが、大切なものは大切なのだ。

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