第2話 ダンジョン前の冒険者

「いやあ、快晴でなにより。絶好のダンジョン攻略日和だね」

「地下に潜るのに晴れも何も関係ないでしょ……」


軽口を叩きながら出立する。最近は鍛錬ばかりで実戦が無かったので、ダンジョン攻略に年甲斐もなくワクワクしていた。


「いやあ、何だかハイになってしまうね。アヨくんも私の魔法の腕前を楽しみにしていたまえよ」

「はいはい、いつでも楽しみにしてますよ」


ダンジョンから近い位置に家兼工房があるとはいえ、それでも結構歩く。俺は日頃から鍛えているので大丈夫だが、ティアさんは……


「ちょ、ちょっとアヨくん、ここらで休憩しないかい?」


完全にバテていた。


「あと20分もかかりません、これくらい我慢してください」

「はー……いつからそんなに鬼畜になっちゃったのさ……」

「元からです、ほら歩いて」

「うっ、デスクワーク漬けに運動が沁みる……」


この人、俺が来る前まで本当にどうしてたんだ……?疑問に思ったが、口には出さないことにした。



◇◇◇


「つ、ついたぁ……」

「お疲れ様です、休憩したらいよいよダンジョン攻略ですよ」


水筒を傾けるティアさんを尻目に、俺は辺りを見渡す。さすがダンジョン、冒険者たちがたくさん集まっている。ここは中堅向けのそこそこな難易度をしたダンジョンなので、攻略しにくる層も悪くない。周りのパーティも、和気あいあいとしたところや簡潔に情報伝達をする息の合ったところが多い。

例外はあるが、協調性のない奴はこのレベルに到達する前に淘汰されてしまうのだ。俺もフリーの冒険者をしていた時に、そういう輩は山ほど見てきた。


「ティアさん、そろそろ行きま……」


ガシャン!

露店の方から、瓶をなぎ倒したような大きな物音が聞こえた。何か問題でもあったのか?


「うわ、アヨくんやばいよあれ」


ティアさんに指差された所を見ると、冒険者の男が露店の店主に詰め寄っていた。


「回復ポーションがこんなに高いなんておかしいだろ!ナメた商売してんじゃねえよ詐欺師!」


うわあ、見るからに協調性のなさが極まってそうな男だ。周囲の冒険者も流石に関わりたくないのか、仲裁に入る様子はない。俺も正直あまり関わりたくない。ところが……


「ちょ、ティアさん!?」

「心配するなアヨくん、私が華麗に解決してこようじゃないか」


俺の心配をよそに、彼女は問題を起こした冒険者に近づく。戦闘を吹っ掛けられても対応できるように、俺は小ぶりなナイフを手に持った。


「やあ、そこのキミ。見ない顔だね、このダンジョンは初めて?」

「あぁ?なんだこの女……」


店主の胸ぐらを掴みつつ、男はティアさんを睨む。対するティアさんはひるむ様子もなく、綺麗な笑顔でそのまま言葉を続けた。


「ああいや、見た感じダンジョン攻略も慣れてなさそうだね。大方、冒険者を始めたのに誰もパーティを組んでくれる人がいなかったから、身の丈に合わないダンジョンに挑戦して武勲を立てて、自分を無視した奴らを見返したい……とかそんなんだろ」


男が反論したそうに口を開けるが、彼女は矢継ぎ早に喋る。


「でも実力も物資も足りない。仕方ないからここで現地調達しようとしたら、自分が知ってるポーションよりずっと高くて買えない。そうだろ?」

「てめえ、言わせておけば……!」


男は激昂した様子で剣の柄に手をかける。これはよろしくない。そう思ったと同時に、ティアさんからのアイコンタクトが来る。来いってことか。


「お前、そこまでだ」

「なっ、いつの間に……!?」


二人の間に割って入り、男の首の付け根にナイフを添える。男は俺の動きが目で追えなかったようで、いつの間にか現れた冒険者の存在に心底驚いていた。


「ひっ……」

「ナイスだアヨくん、そのまま動かないでね」


彼女の視線が男に戻る。男は随分おびえているようだ。


「じゃ、話の続きをしようか。まず、ここの商品は全部適正価格だ。君の知るポーションと比べれば高いだろうが、それは初心者向け商品と比較しているからじゃないかな?初心者向けのものは価格が通常のものを大きく下回る。冒険者見習いの初期投資が安く済むようにという配慮だね」


確かに、昔駆け出しの頃ギルドの受付さんにそんなこと説明された気がするな……。この男が知らなかったってことは、今は説明されないんだろうか。それとも単に忘れてるのかな。


「まあ品質も金額に見合ったものになってるらしいけど……とにかく、ここは中堅向けのダンジョンだから、この店主が初心者向け商品を取り扱ってないのも当たり前だ。彼を責めるいわれはないんじゃないかな」


店主が乱れた襟をなおしつつ、うんうんと頷く。


「そして、君が万が一ここを無事攻略できたとして、パーティを組む人もいないと思うよ。君に必要なのは武力ではなく協調性だ。人が見てるところで問題を起こさないようなね」


二人のやり取りに気を取られて気付かなかったが、周りの冒険者達が声を潜めて話している。男もそれを感じ取ったのか、居心地が悪そうな顔をした。


「とりあえず今日は帰った方がいい。無理にパーティを組めとは言わないけど、ダンジョンは身の丈に合ったレベルが一番だから」


だよね?とこちらに笑いかけてくる。いや、いきなりこっちに振られても……


「……分かった、悪かったよ。俺の知識不足だった」

「こちらこそ、少し言い過ぎた。ごめんね、駆け出しが死にに行くのもここの治安が悪くなるのも見過ごせなくて」


男は完全に戦意を失ったようで、店主と俺たちに深々と頭を下げた。分かればいいのだ。とぼとぼと帰っていく男の背を見ていると、助けた店主に声をかけられる。


「いやあ、お二人共どうもありがとうございやした。男前の冒険者さんも、さっきはかっこよかったですぜ」

「男前だって、良かったねアヨくん」


ティアさんが肘で突っついてくる。いちいちからかわないと気が済まないのか。


「雇用主を守るのも、雇われ冒険者の役目ですから」

「ガハハ、いいですねえ!給料分の仕事をこなす奴は一番信頼できやすぜ」


そう言いながら店主は、ポーションを数本まとめてこちらに差し出してきた。


「礼です、受け取って下せえ」

「そういうことなら、ありがたく頂きます」


その後少しだけ言葉を交わし、俺たちは露店を後にした。

目の前に立ちふさがるのは、ダンジョン入口の大扉。長く冒険者をしているが、この瞬間はいつも新鮮にドキドキする。


「予定より少し遅れてしまったね」

「まあ、予想外のトラブルも冒険者の醍醐味ですから」


俺とティアさんは顔を見合わせ、大扉の中へと足を踏み入れた。



────────────────────

【ひとくちメモ】

冒険者は皆初心者向け商品を使って最序盤を乗り越えますが、効果の薄いポーションを沢山買っても鞄を圧迫するだけだなと気付いて卒業していきます。初心者向けポーションが物足りなくなってきたら駆け出し脱却、というのがこの世界の通説です。

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