錬成術士さんは神に認められる生命を創りたいそうです。
三好塵之介
ティアさん宅の疑似家族
第1話 ティア先生のやさしい合種講座
『エルフが神の祝福を受け、比類なき長命を手に入れた種であるというのは、経典にも記されている通り疑いようもない事実である。』
「……しかし、しかしだ、アヨくん!」
「うわ、また始まった」
付き合いの長い錬成術士の彼女が、いつも通り工房の机に突っ伏して決まり文句を言い始める。大声を出した影響で、彼女の周りを這っていた掃除用のスライムが逃げていった。
「そんなエルフだが、合種として生まれると70年そこらの寿命しか持たない」
そう言うと、机と熱烈に対面していた彼女はこちらに視線を向けてきた。続きを言えということだろう。
「合種は通常、元となった種族の二倍生きる。つまり……」
合種というのは、魔力を持つ種族に現れる先天的な異常を持つ者のことだ。スライムなのに手があったり、蛇人なのに只人のように二足歩行だったりと、他種族の特徴を持つ。
「そう、つまりここから推測すると、神の祝福を受ける前のエルフはせいぜい30年と少し生きるのが関の山だったというわけだ!」
「ティアさんってほんとにこの話好きですよね」
口では少し冷たくあしらいつつ、控えめに拍手をしておく。ティアさんのモチベーションを上げるためのささやかな試みだ。
……あ、ティアさんがちょっと誇らしげにしている。どうやら有用な試みだったらしい。
机に寄りかかり、にやにやとした表情で頬杖をついている彼女は、名をティアという。細かく言うと、本名はミクロサフティアというそうだ。ティアさんが言うには、「小さな耳」というような意味を持つらしい。
俺基準で言えば別に、ティアさんの耳は小さくは見えない。標準的な只人の耳だ。ではなぜそんな名前なのかというと……
「私がエルフ、それも只人の特徴を持つ合種だからだ。エルフからしたら只人の耳って小さくて不思議なんだよ」
「人が考えてること読まないでくださいよ……」
そう言うと彼女はにんまりと笑った。外では基本こんなことはしないので、このいたずらっぽい仕草は今のところ俺にのみ披露されていることになる。心臓に悪いので、正直やめてほしい。
「私はこれでもエルフなんだ、合種だけどね。周囲のことには敏感なのさ」
耳の尖っていない錬成術士は、滑らかな銀髪を耳にかけながらそう言った。
「そして、合種だから神の祝福も適応外……寿命も只人より短い始末だ」
「それが非常に腹立たしい、そう、だからね、私は神に認められる合種を創り出すのに生涯を捧げるのさ」
「ティアさん……」
しんみりとした空気が流れる。神を見返すための生命創造、彼女はそれに執着しているのだ。
「かっこつけたこと言ってますけど、合種を創るための素材もう切れそうって忘れてますよね?」
「なっ……」
本当に忘れていたのか、彼女はピシ、と固まってしまった。メデューサの石化を喰らったみたいになっていて、ちょっと面白い。
「……いや、素材採集はアヨくんの仕事じゃないか!何故こちらの非みたいに言うんだ!?」
どうやら流されてはくれなかったらしい。
そう、俺──アヨ・スローンは雇われ冒険者として、ティアさんの下で働いている。冒険者免許を持たない者は、魔物などから直接素材を得ることができない。しかも、市場に出回るころには、鮮度が落ちて価値が下がったり、適正価格を大きく上回ったりと色々面倒がある。
そこで、魔物の素材を日常的に使う職人たちは、それぞれ冒険者を雇うのだ。
……ちなみに、ティアさんは俺を雇う前から日常的に合種の研究をしていた。冒険者免許も持っていない。そして彼女は市場の作法にも詳しくない。つまるところ、無免許採集犯だったということだ。
…………彼女の罪が時効になっていることを祈ろう。
「ああもう、そんな変な目で見るなってば!……はあ、仕方ない、明日一緒にダンジョンに行こうか。二人で行けば素材集めも楽だろ……」
さっきまで機嫌が良かったのに、また机に突っ伏してしまった。なんだか申し訳ない。
「分かりました、じゃあ荷物の準備してきますね」
無表情で返答しながら、擦り寄ってきた羽の生えたウサギを撫でる。これもティアさんが創った合種だ。思考能力はなく魔術の命令式で動いているだけだが、かわいいものはかわいい。
俺はまた机と熱烈に対面し始めたティアさんを横目に見ながら、席を立った。
◇◇◇
「ダンジョン攻略の荷物……薬とかあったかな」
重い扉を押し、丁寧に整理された倉庫に入る。
素材採集のためのダンジョン攻略。それをする冒険者はごまんといる。
でも、採った素材をこんなことに使うのはティアさんくらいなものだろう。俺は棚に並べられた、今までティアさんが創ってきた合種……の一部の瓶詰を見た。
ティアさん曰く、死んでしまったのを全部そのまま保管しようとすると置き場が無くなるので、気に入っているパーツだけこうして保管しているらしい。
「思考能力を持ってるのは創らないって線引きはあるとはいえ、やっぱマッドサイエンティストっぽいよなあ……」
苦笑しつつ、慣れた手つきでダンジョン攻略に必要なものを選び取っていく。
(ポーションと薬草、保存食……あと解体道具も新しいの持ってくか)
ダンジョンにあまり重いものは持ち込めない。何か規則があるわけではないが、戦場では余分な重量が命取りとなる場合もあるからだ。欲の引き際を見極められない者は、この世界では上手くいかない。
……欲望だけに突き動かされてるような人に雇われてる奴が言うことじゃないかもしれないけど。
「ティアさーん、荷物の準備終わりましたよー……って」
書類の束に埋もれて寝てる……。
俺は難しいことは分からないので、彼女のライフワークに関して踏み入った質問はしない。書類を覗き見ても、何のことかあまり分からない。でも、彼女が研究に没頭している様を見るのは好きだ。
明日はダンジョン攻略だし、今日はゆっくりしてもらおう。俺はブランケットをティアさんの肩にかけ、部屋を後にした。
これは俺とティアさんの、「神に認められる合種」を求める日常のお話。
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あとがき欄が無かったので、なろうの方で後書きに書いてある文章はここに載せていきます。
【ひとくちメモ】
無免許採集自体はそこまで重い罪ではありませんが、素人が魔物を解体すると事故を起こしやすく、それに伴った器物損壊などでしょっぴかれることが多いです。特に多いのが炎を扱う魔物の内臓を捌く際に金属が擦れて発火・爆発してしまうという例。ティアは色々上手くやっていたので、事故を起こしたことはないようです。
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