03『魔術とヤギ』

『ウリ・バルデン』と呼ばれる小国の南部に位置する、片田舎『ルカノロ』の街にある、『ガムラ魔術学園』に在籍していることを…キシルは図書室にある数冊の本から理解する。


「(なるほど…この国の南側には、『イタロス帝国』…北側から東側にかけて、『プロイラント連邦』…西側には、『ラインクラヒ』と呼ばれる大国たちに囲まれている訳か…)」

キシルは、周辺国の地図も合わせて見る。


「(そして、この世界で普及している魔術の類いは…星をすべ『クシストロス術式』と呼ばれていて…宇宙の惑星などの星々が放つエネルギーや座標を解析することで、各術式を行使出来るみたい…)」

自分を取り巻く新たな世界に関する知識をあらかた得られたキシルは、図書室を後にしようと席を立つが…


「キシルさん…サイフォン様と何を話していたか、ちょっと聞かしてくれない?トイレでさ…」

セーラー服のリボンが青色の女子生徒数人が、キシルの前に立ち塞がる。


「それに、バール様とも、なに気安く話し掛けてるの?」

別の女子生徒が、更にいちゃもんを付けてくる。


いつの間にか、背後に回っていたもう一人の女子生徒が、さっさと歩けと言わんばかりに…キシルの背中を押す。


ーーー


学園の校舎の最上階の最奥にある、人気のない女子トイレまで連行されたキシルは…個室に無理やり入らされる。


「(っう…別世界に来ても、こんな思いをするなんてね。)」

個室の壁に背中を打ち付けられた痛みに、キシルの表情が僅かに歪む。


「勘違いしないで欲しいのだけど…シナモンさんの方から話し掛けられた訳で、私からじゃないからね。」

キシルは、真正面にいる女子生徒に対して弁解する。


「シナモンさん?…D級術式師のアンタが、なに気安く名前で呼んでの?」

その弁解に対して、返ってきたのは苛つきを表す言葉だった。


「そうだ...さっきの授業も居眠りしていた、不真面目な生徒にはおしおきが必要だよね?」

左の女子生徒が、他の2人に対して問い掛ける。


「確かに、そうだよね~」

そうニヤケながら答えた右の女子生徒の右目のみに、海王星を彷彿とさせる色合いの片眼鏡がどころかともなく、急に現れる。


「調子に乗った落ちこぼれさんは、ちゃんと頭を冷やしなさい。」

次の瞬間…片眼鏡が光ったかと思いきや…その片眼鏡に対してレイヤーの様に、小さな天体観測器アストロラーベが3つ重なり…時計回りに回転する。


すると、拳銃の様に付き出した右手の人差し指から、水鉄砲が勢い良く放たれ…キシルを襲う。


「っう!…」

顔面が濡れたことで怯んだキシルが、再度、水鉄砲を放った女子生徒の方を見ると…

右手を振り上げており、その先には、バケツの形を模した水その物が浮遊している。


難癖を付けてきた3人全員がにやける…

その直後、キシルは頭から冷たさの固まりを被る。


そして、昼休みの終わる間際を報せる予鈴が、トイレの中にも響く…


「そろそろ、授業始まるし行こっか…あはは…」

「ぷふっ、キシルさんも遅れないようにね。」

「ぷっ…火星の術式を上手いこと使えれば、直ぐに乾かせるんじゃない?」

3人は嘲笑しながら去っていく…


「火星の術式…さっき、読んだよね…」

長い黒髪に水が滴るキシルは、うつ向きながら右手に意識を集中させる。


すると、キシルの右目にも火星を彷彿させる色合いの片眼鏡が現れ…天体観測器アストロラーベが一つだけ現れて、時計回りに回転し始めるが…途中で回転は止まり、霧散し失敗する。


「あっ!?、あつ!」

失敗に終わった術式が暴走し、キシルは右手に軽く火傷を追ってしまう。


そして、片眼鏡も霧散し、次の始業を報せる本鈴が鳴り響く…


ーーー


「…まだ生きてる…」

標高1200メートルを越える『アイフラウ』の山中で遭難し…数日前の出来事を悪夢として見ていたキシルが目を覚ます。


「助けも来ない…術式をもう一度展開させるだけの集中力もない…」

キシルは、濃霧が立ち込める中…改めて絶望する。


その濃い霧の向こうから、鈴が鳴る音が徐々に大きくなって来る…


「この音…誰か近付いて来てる?」

キシルは残された力を四肢に込めて、立ち上がり…音の方へと歩み寄る。


また一歩…また一歩…っと音の正体へと、ヘトヘトのキシルは目指す。


「これは…ヤギかな?」

キシルの目の前に、鈴を首に付けた2匹のヤギが現れる。


ヤギ達は、近くに成る赤い木の実をムシャムシャっと食べており…

そのヤギ達は、酸素が薄い高地であるにも関わらず、元気良く跳び跳ねている。


「うん?あのサクランボみたいな果実が関係しているの?」

キシルは、好奇心に誘われるかのように、赤い木の実を一粒食べてみる。


その赤い果実を食べたキシルは記憶を刺激される…


「このフルーツのような酸味と甘味…そして、微かなこの苦み…コーヒーに似てる…」

一つの記憶に辿り着いたキシルの耳元に、ヤギ達とは異なる存在が足音と共に、近付いてくる。


「どうして?バールさんがここに?」

キシルの目の前に現れたのは、同じクラスの金髪縦ロールの少女【ブルボン・バール】である。

そして、ブルボンは、歩き疲れたのか呼吸が荒い…

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