第25話  悲劇

「よく、頑張るねえ」


 パンドラは、配下の魔族と戦う西園寺を観客のように見物していた。


 西園寺の圧倒的戦闘力をもってすれば、そこらの魔族など相手にならない。


 ……ならないはずだが……


(ちい……目が、霞む。手足がしびれる……)


 パンドラに刺されたナイフ。

 あれは毒にしびれの効力が付与された特別製ナイフだった。


 それを何本も刺されたのだ。西園寺の全身に毒がまわりきっていた。


 常人ならすでに死んでいる。

 西園寺の高い魔力が毒を抑え、なんとか耐えてる状況……


 しかし、そんな状況では……


 配下にすらてこずる事に……


(いつまでも遊んでいられねえ。血まみれで死にかけてる南城をあのままほっておいたら……)


 自分だけでなく、南城の命も危ない。


 そう理解してる西園寺は、全身全霊をかけ、魔力を全開に放出する。


「ほおお。やるね。魔力ランク、A相当はあるんじゃないの? 学生でこんな魔力あるとは、天界も油断ならんヨ」


 拍手喝采のパンドラ。これほどの魔力を見せてもなお、奴には余裕が感じられている……


 西園寺は両手に斧を精製し、配下の魔族達に切りかかる!


大駒大回転斧アックスローラー!」


 西園寺は、斧を振り回しながら大回転する。まさに駒が回るように。


 その回転力と破壊力により、配下の魔族達は一瞬で細切れになっていく。


 配下を全員切り裂いた後は、パンドラだ。

 西園寺は回転したまま、パンドラに襲いかかる。


「おっかないヨ。でもさ、駒ってのは軸足が大事だヨな」


 パンドラは指先から、魔力の糸を精製し……飛ばす。

 糸は西園寺の両足にくるまり……縛る。

 

「何!」


 さらに進行方向に糸をはる事で足を引っかけられ……体勢を崩し倒れてしまう。


「ぐっ! くそ!」

「ようやったヨ。ガキにしてはな」

「黙れ!」


 西園寺は斧を振るが、パンドラの手刀で軽く砕かれてしまう。


「な、に……?」

「おわかりかい? 実力差を」


 パンドラの手刀が西園寺の胸を切り裂く。

 十字に裂かれた胸部からは大量の出血が。


「まだ終わらんヨ」


 毒入りナイフを精製、西園寺の両足に差し貫く。


「――!?」


 声にならない声をあげる。

 苦痛で叫び散らしたい。そんな気分になる。

 だが、西園寺は折れない。

 ここで負けたらどうなる? 南城も死ぬ。先に行った葉隠や水無瀬も危ない。そうなると神邏の救出もできない……と。


(修……さん)


 西園寺は、神邏の兄、修邏を思い出す。

 圧倒的才能、圧倒的実力、そして圧倒的カリスマ……

 世間では裏切り者だと揶揄やゆされてるが、西園寺から言わせれば、あの人を狂わせたのは天界軍にも責任がある。そう思っていた。


 修邏を光帝にしたくないもの達が、修邏を事故死に見せかけて殺そうと企んだ。

 あの人はそれに失望したんだ。だからクーデターを起こした。自分が天界を支配し、正しい世界に変えようとしたんだと。


 ……だがこれも憶測だ。

 当時幼い西園寺には、美波修邏が起こした戦争の詳しい事情はわからない。


 当時天界の貴族達に暗殺されそうになったというのは修邏が口に出したこと。事実かどうかはわからない。

 それに修邏を暗殺など、天界軍の誰にも出来やしない。父親である、英雄の美波火人ですら。

 でっち上げの可能性もある。


 でも西園寺は、修邏に憧れていた。ゆえに、信じているのだ。

 美波修邏の正義を。


(修さん……あなたの弟は……救って、見せる!)


「うああああああ!!」


 もう片方の斧で、パンドラに切りかかる!


「無駄だヨ」


 あっけなく砕かれる――が、


「――!?」


 西園寺はパンドラの体に抱きつく。


「なんだヨ。そんな趣味があるのか?」

「んなわけ……ねえだろ」


 西園寺の全身が発光する。

 パンドラは察する。


「お前……自爆する気か!?」


 今ある魔力の全てをかけ、西園寺は自らの体もろとも爆発させるつもりなのだ。


 もう体もまともに動けず戦えない西園寺にとって、残された最後の攻撃だった。


(南城も巻き込むわけにはいかねえ!)


 西園寺はそのままパンドラを押し込み、窓ガラスを破壊して、外に二人で飛び込む……そして。


「バカかヨ! 死にたいのか!」

「どうせ死ぬだろ。ならせめて、てめえも道ずれだ」


 西園寺は目をつむる。


(水無瀬、葉隠、美波の事……助けてやってくれ。あいつは……おれが見込んだ男だ。奴は英雄でもなれなかった……四聖獣の朱雀になれる。そんな気が……するから)


 太陽の輝きのように、目も開けていられないほど、西園寺は発光。……そして……


 ――ドガアアアアン!!


 耳を貫くかのような凄まじい爆発音が、学園の周囲に鳴り響いた……


 西園寺は、自らの命を犠牲に……散った。



「な、なんや今の爆発音は!」


 たまたまこの学園にやってきていたのは、先日の試合で神邏と戦ったアゼルだった。


「なんかやけに騒がし……」


 アゼルの目に止まったのは、細切れの魔族と、血にまみれた南城の姿。


「南城!? どないなっとんねん! 今手当てを……」


 出血量が酷い……輸血せねば。

 だが……


「血液型とかの問題とちゃう。ワイは魔族……異種族の血なんて……」


 だが、このままでは南城は死ぬ。そう思ったアゼルは意を決する。


 保険室に南城を運び、手当てをしつつ……輸血を試みる事に……


「耐えろよ……南城」



 ――つづく。


「次回 憎しみの芽生え」


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