第26話  憎しみの芽生え

 ――西園寺が散り、数十分が経過した頃……


 神邏はある部屋に連れ込まれていた。

 毒薬を飲まされ、しびれまともに動くことすらできないようにしたうえで、体の自由を奪うため、手錠などで縛りつけられていた。


 そこには見知らぬ奴らが神邏を囲み、暴行、拷問の数々を加えていた。

 

 ナイフを何回も刺したり、鞭で叩く。それ以外にも、考えられない苦痛を彼に与え続けていた。


 痛みで苦しむ神邏を、奴らは笑いながら……


 知ってることを吐け。言わなければ拷問を続けると言っていた。


 神邏は無実だ。何も知りはしない。

 そもそもここの連中は密則の手の者。つまり、神邏が無実なのは知ってるのだ。


 密則は連中に命じていた。


『おいらが魔族を引き入れたことの、全ての罪を美波になすりつけ殺すんだぞ。できるだけ痛めつけ、吐かせようとしたら死んじゃいました! テヘっ! みたいな感じで頼むぞ』


 そう、最初から神邏をはめて殺す目論見なのだ。吐くも吐かないもない。

 神邏を悪人として処理する。それが密則の算段だった。


 普通の天界軍なら、こんな非人道的な事はしない。したら罰せられる事間違いない。

 

 だが連中は密則の手の者。おそらくもみ消すから好きにやれとでも言っていたのだろう。

 奴にそれだけの力があるのかは疑問ではあるのだが。


 神邏は、すでに普通の精神状態ではいられなかった。

 

 身に覚えのない罪をなすりつけられ、何も悪いことをしていないのに、暴言と暴行の数々を受けているのだ。

 子供でなくても、おかしくなる。


 こんなとき、人によっては泣き叫び、助けを懇願するものも多いだろう。


 ――だが神邏は……そうではなく……


 強い憎しみを、生み出そうとしていた。


 自分をはめた奴が憎い。自分を笑いながら拷問するこいつらが憎い。自分が彼らに何をした? 何もしていないのに、何故こんな目に?


 そんな憎しみにとらわれつつある神邏は、いつしか痛みというものを忘れていた。


 痛みで叫ぶと奴らは喜ぶ。誰が喜ばせてなるものか。そう神邏は思い、自ら痛みというものを感じなくなるよう精神を高めた。


 そんな事くらいで痛みをシャットアウトなど、普通できない。

 だが、彼はやってのけた。

 強い憎しみゆえか、それともまた別の力のせいか……


 拷問してくる連中もいつしか違和感に気づく。

 血まみれになりながらも、神邏は平然としだしたからだ。

 暴行を加えても、全く意に返さない態度……


 そして気づく。

 少しずつ、神邏の傷が治り始めてる事に。


 治癒回復能力が早いなんてものではない。現在進行形で治り始めてるのだから……


『神邏、奴らが憎いかい?』


 神邏の心の中から声が聞こえる。


『殺してしまえよ。こんな連中、生かしておく価値はない』

(俺は……あんたとは違う)


 神邏は声に反論する。


『なぜ拒否をする。ろくでもない連中だというのに。憎いだろ? こいつらが』

(……)


 否定はできない。だが生来の彼の優しさゆえか、殺しまではしようと思えなかった。


『所詮信用できるのは自分だけだ。俺がそう理解したのは少し遅かったがな』

(そんな事は……ない)

『誰もお前なんて助けにこないぞ。みんな我が身がかわいいんだ』

(……)

『それにお前が守りたいと願った幼なじみ……ルミアちゃん、だったか。あの娘だって、お前がいなくなってもなんとも思ってないかもしれないぞ』


 神邏が天界に来て、力をつけようとした理由の一つ……大事な幼なじみ、神条ルミア。

 彼女を守りたい一心でここにやってきたのに……


 もし、彼女が自分を忘れていたら……

 仕方ないことかもしれない。

 そうは思っても……やはり寂しく感じるのが人間というもの。


 そこに心の声はつけこむ。


『誰も、お前が死んでも悲しまない。そんな薄情な連中のために戦ってどうする。自分のために戦い、自分の欲望を果たせ。力で全てを手に入れるんだよ……俺のように!』

(修邏……! 黙れ!)


 兄の劣化コピーとして恐れていた事……

 兄の人格に乗っ取られる可能性。それは力をコピーさせてくれた人物からも示唆しさされていた。


 こうして兄、修邏が表にでかかってるのがその証拠……


 神邏は憎しみによって、兄に乗っ取られそうになってきていたのだ。


(目の前の奴らを殺せと、あいつが俺を突き動かす……)


 魔力が神邏から溢れ出る……今までの彼からは想像できないほどの……


 拷問していた連中は、その魔力に恐れおののく。恐怖のあまり、部屋から逃げようとするが、ドアが開かない。神邏の魔力が、ドアが開く事を邪魔しているのだ。


 もう神邏は、憎しみにとらわれかけていた。目の前の連中が、密則が憎い。

 凄まじい憎悪が、怒りが、神邏を支配したいた。


        【怒】


 自分を痛めつけた連中が、今は恐怖に支配されている。

 今までやられた分をやり返す……それはとても楽しい事になるに違いない。


        【楽】


『殺せ。殺せ殺せ殺せ殺せ』


 神邏は、寸前で耐えている。だが、修邏が出てくれば……


「シン!」


 そんな時だった。

 外から扉が開かれたのだ。神邏の魔力は内側からだけだったため、外からは容易に開けられたのだ。


 開けたのは周防。そこから水無瀬と葉隠が続く。

 どうやら周防に事情を話し、神邏が入れられた部屋を見つけてもらったようだ。


「貴様ら! こんな子供に!」


 周防はぶちギレて、拷問した連中を殴り飛ばす!


「絶対に許せん! 貴様ら覚悟しろ!」


 周防は全員に容赦しなかった。葉隠と水無瀬は神邏の手当てをしようとした瞬間、何者かが後ろから現れ、神邏に抱きついた。


 驚く二人。


 抱きついた人物は、顔を仮面で隠した女性。

 前に試合を見に来てた女性だった。

 ※17話参照。


 神邏は、彼女が誰か察する。


「ありがとう……ルミ」


       【喜】



 ――つづく。


「次回 帝王軍襲撃」

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