第16話  水無瀬の家柄

 水無瀬ゆかり。天界の名門水無瀬家の令嬢。

 兄と姉は魔力が少なく、天界軍での地位は望めない中、末娘だったゆかりは生まれながらにして高い魔力を持ち合わせていた。

 故に両親からは期待されていた。

 彼女もまた、そんな両親の期待に答えたく、鍛練に励んだ。

 励めば励むほど、結果はついてきた。

 魔力の総量にコントロール、実技、座学と全て好成績。

 今では学年二位にまで昇りつめた。


 成績優秀、その上誰もが見惚れる美貌の持ち主。

 そんな彼女に憧れるものは多かった。

 だが高嶺の華のせいか、告白されたりするような事はほとんどなかった。


 当人も色恋なんかに興味はなかった。

 ただ両親の期待に答え、軍に入り出世することのみ目標としていた。

 だがそんな彼女に興味津々なものがあった。……それは、


「美波くん! その使った刀、見せて!」


 水無瀬は試合に勝った神邏の元にかけより、彼の使った刀を取り上げる。

 とはいえ神邏の魔力で刀身は消滅したので、持ち手の部分と鍔くらいしか残ってないのだが。


 水無瀬は目を輝かせながら、刀身のない刀を隅々と観察している。


「この質感に、装飾……シンプルながら惚れ惚れするデザイン……これが魔力で作り上げた物なの!?」


 それは西園寺が金属性の魔力で精製したもの。詳しく聞きたいなら西園寺本人に聞けばいいのにと思う神邏。

 おそらく彼女は西園寺が苦手なのだろう。たまたま西園寺が厠に行き、いないタイミングで神邏に言い出したからそう察せる。


 普段ドライというか、冷めた態度の彼女とはまるで違う。

 おもちゃを持たされた子供のようにウキウキとしてる様は、年齢を勘違いしそうになるほど、幼かった。


 そんな彼女を見て、少し笑みを見せる神邏。


「刀、そんなに好きなのか?」

「もちのろん! 刀も剣も大好き! 見るのも振るうのも!」

「へえ……」

「まず見てみてこの鍔!」

「どれ……」


 二人はまだ次の試合が控えているというのに、そんなことそっちのけで刀について語り合う。

 とはいえ、神邏は穏やかに水無瀬の知識を聞き、相づちしたり、軽い質問するくらいで、しゃべってるのはほぼ水無瀬なのだが。


 人の事は言えないが、神邏は無愛想な水無瀬との接し方をはかりかねていた。

 だが、彼女のこんな一面を見て、本当は親しみやすい子なのかもしれないと思った。


 ――数十分ほど経過する。


「それでね! ワタシのコレクションのレイピアが!」

「そんな性能があるのか……」

「そう! そして……」


「「おい」」


 西園寺が二人に声をかける。


「試合が始まる。休憩は終わりだ。いちゃつくのはまた今度にしな」

「いちゃ……!?」


 茶化され顔を赤くする水無瀬。

 西園寺がここに戻ってきてることにも気づかず、白熱して語ってた自分を今更ながら恥じる。


「美波くん、ごめん。ちょっと、らしくなく興奮してた。剣について語れる事、あまりなかったから」

「いや、いい。興味深い話だったし、勉強になった。それに……」

「それに?」

「あ、なんでもない」


 仲良くなれた気がした。とまでは言えなかった。それは自分だけが感じた事かもと思ったからだ。


「……あ」


 水無瀬は観客席に視線を向けていた。何かに気づいたような様子。


「どうかしたのか?」

「……父が来てるみたい」


 水無瀬の父親が娘の晴れ舞台を見に来ていたようだ。

 この様子だと、来るとは聞いてなかったようだ。

 

「なら、カッコいい所見せてあげないとな……」

「まあ、そうなんだけど」

「……ん?」

「多分あなたの事も見定めに来た気がする」

「……なんで俺を?」

「ワタシの許嫁だから」


 ……

 ……


「え?」


 聞き間違いかと思い、神邏は水無瀬に聞き返す。

 だが帰ってくる言葉は同じく……


「ワタシの許嫁だからよ。あなたが」

「……初耳なんだが」

「え? お父さんから聞いてないの?」


 神邏は観覧席の火人を見る。

 火人は視線を向けてきた息子に首をかしげる。どうした? と、言いたげに。


「うちの父と火人さんが、ワタシ達が赤ん坊の時くらいに決めたことらしいわ」

「……なんか、悪いな」

「え?」

「迷惑だろ。俺などと許嫁だなんて」

「……あなた、ネガティブっていうか、卑屈というか……」

「事実だからな。無力故に、兄の力に頼るような奴だからな」

「ワタシはあなたのこと、評価してるわよ」


 神邏はその発言に驚く。

 あまりに信じられない発言だったからだ。


「劣化コピーだのなんだの言っても、確実に成功する事ではなかったわけでしょ? 賭けに勝った。そして、それからのあなたの努力は生徒会で見てきたわ。充分評価に値すると思う」


 神邏は、その言葉を聞くと……スッと心が楽になった気がした。

 ずっと、心に引っ掛かりがあった。

 インチキで手に入れた才能。他の人に失礼な方法。それで強くなり、生徒会に入った自分。


 幼なじみの神条ルミアのために、魔族と戦える力を欲した。

 後悔はしてない。

 

 でも、どこか他の生徒達に悪い気がしていた。

 生徒会に入りたくても入れない人もいると聞いていたから。

 そんな人たちを差し置いて、自分は生徒会に、そして西園寺に師事してもらっていいのかと……


「劣化コピーは一割、それを努力で越えちゃえば、それはもうあなたの力よ。前にも言ったけど、お兄さん越える気概、見せたらどう? ワタシの評価、無駄にしないでね」

「……ウジウジしてても仕方ないか。確かにそうだな」


 神邏は水無瀬のおかげで吹っ切れた。自分が選んだ力だ。利用するだけ利用して、それを越えて見せればいい。

 そして、理不尽に大事な人たちを傷つけるような連中から、家族やルミアを守れる力……それを手に入れて見せると。


「水無瀬」

「なに?」

「ありがとう……」


 あまりにも美しい笑顔を、神邏は水無瀬に浴びせたのだった。



 ――つづく。


「次回 協力するよ水無瀬」

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