第15話  剣と拳

「おもろいやん自分。名前は?」

「対戦相手の名前くらい覚えてほしいものだな……美波神邏だ」

「美波!?」


 アゼルは観覧席を見る。

 その目線の先には、天界の英雄たる美波火人の姿が見える。


「英雄さんの息子かい。それなら黄木さんのためにも、ぶちのめさなきゃならんな」

「黄木さん?」

「なんや知らんのか? 天界軍最高司令官の黄木善。あんさんの父親のとなりに座っとる人や」


 つい、視線をそちらにそらす神邏。


「アホ! 敵から目を離すバカがどこにおんねん!」


 そのスキをつき、アゼルは拳を振るうが、またも鳴り響くのは金属音。

 視線は完全に観覧席に向いているというのにだ。


「どないなっとんねん……草食動物かい」

「……」

「そこはどういう意味か聞くとこやろがい! なに黙っとんねん!」


 戦闘中によくしゃべる奴だなと、感心する神邏。自分はそんなペチャクチャしゃべる余裕ないからだ。

 

「草食動物はな、天敵の肉食動物から逃げるために、視界が広いんや。敵の方が速いからな。いち早く察して逃げる必要あるんや」

「……」

「なんか言えや!」


 アゼルは拳を連打していく。さながら弾幕のようだ。しかし、神邏はそれを剣で全弾さばいていく。


「防戦一方やないかい。攻めなきゃ勝つことなんかできへんで」


 道理だ。防御だけではらちがあかない。


 神邏はアゼルの両拳に注目する。黒い魔力が、拳に集中しているとわかる。

 魔力を拳に集中することで、ただのパンチとは比較にならない威力を発する。

 

 神邏はチラリと自らの握る剣を見る。これに魔力を集中できれば、さらに強力なのではないかと思う。

 体の一部である拳ではなく、他の物質に魔力を集中するのは、一朝一夕でできることではない。

 だが神邏は試す。できると思ったから。自分というより、修邏あにの力がそれを可能にすると思っているから。


 魔力が剣へとあっさり集中すると、剣から凄まじい風圧が発生する。突風、いや、台風でも起きたのかと勘違いしかねないほど強烈な烈風。

 アゼルはその風圧に吹き飛ばされ、無理やり距離をとらされてしまう。


「ちぃ! 木属性かいな!」


 樹木や、風へと変換される魔力の属性である。神邏の魔力属性がはっきりした瞬間だった。


 ――さらに。


「な、なんや……?」


 神邏の持つ剣に、周囲の大気が集まっていく。神邏自身が台風の中心のように、辺りに渦がまく。

 あまりの風圧に、今度は引き寄せられそうになるアゼル。


 離れた観覧席の人たちにまで、その風圧の影響が出始める。観客の持っていた缶や食べ物などが神邏に引き寄せられるように飛んでいく。そして、神邏に近寄る前に、それらの物は風圧でバラバラに散っていく。

 そんな光景を見たアゼルは冷や汗をかく。


「おいおい。わいも引き寄せられたら切り刻まれるってことかいな……」


 人さえも、缶や食べ物みたいにバラバラになると思えば、恐怖を感じるのも無理はない。


 この状況、神邏が好きで起こしたものではない。魔力を集中したら、魔力が暴走するかのように、こんな動きをしだしたのだ。


 ――つまり、神邏自身コントロールできてはいないのだ。

 

 神邏本人もマズイと思い、抑えようとするが……止まらない!

 これではアゼルを切り刻みかねない……そう思ったとき、周囲の大気が突然止む。


 大気は、剣の刀身に全て集中しつくしたからだ。

 剣には凄まじい魔力が集中されている……

 これを一振りでもすれば……どうなるか、想像に容易い。


 神邏は、自ら起こした魔力の大きさに恐怖する。おそらくこの剣の魔力を解放すれば、アゼルを殺すどころか、この試合会場を吹き飛ばしてしまう。


 だから魔力を消したい。だが、どうやって……?


 そう思ったときだった。


 神邏の目の前に、一人の人物が飛び出し、彼の右手を優しく握る。人物は父、火人だった。


 まず火人はアゼルを見て一言。


「もう勝負はついたよな?」


 そう言うと、アゼルは首を縦にブンブン振る。


「わ、ワイの負けですわ……そんなもん飛ばされたら……死んでしまう」


 アゼルの降参発言を聞くと、火人は自らの魔力で、剣の魔力を抑え込む。


「落ち着け神邏。ゆっくり、ゆっくりな」

「あ、ああ……」


 父の言うことを素直に聞き、少しずつ魔力を抑えていく……

 剣は刀身全てが消滅し、持ち手の部分だけが残った。魔力は自然と消え去っていった。


(……修の光牙こうが一閃いっせんみたいだな)


 火人は亡きもう一人の子、修邏の得意技を思い出す。

 劣化コピー故に、神邏は知らないはずのその技を、体が勝手に使おうとしてしまったのかもしれない。


「すごい……すごいじゃあないか! 火人殿の子!」


 試合を見ていた周防が、興奮した様子で立ち上がる。


「まさに朱雛……朱雀の器だあの子は! 決めたぞ! おれはあの子の師匠になる! おれが育てる!」

「は!? マジで言ってるんスか周防さん!」


 その発言に、信じられないと言いたげな態度を見せる葉隠。だが周防は、子供のように目をキラキラさせる。

 

「大マジよ! 才能もそうだが、対戦相手を気にして抑えようとした優しさ! それが一番気に入った!」

「優しさ……? どうだか」


 葉隠は気分を害したかのように、その場を離れていく。

 そんな様子を、首をかしげながら見つめる神咲。そして彼女も久しぶりに見た実弟の姿に、感激と同時に不信感を見せていた。


(弟くん……なんなのその力は? なにか危ない事でもしてるんじゃ……)


 才能とかより、彼の身になにかあったのか……それが気になって仕方なかった。



 ――一方、その場を離れた葉隠に近寄る影があった。


 小太りの、どことなく憎たらしそうな笑顔で、ペロペロキャンディーを舐めてる少年。その両脇にはボディーガードらしき、グラサンをかけた黒服の二人の男がいた。


 葉隠はため息をつく。


「殿下、なにか御用で?」


 殿下……この少年は天界の王たる光帝の息子、五竜院ごりゅういん蜜則みつのりである。

 典型的なドラ息子で、金と権力で遊びまわってる、ろくでなしだ。


「さっきのガキ、修邏の弟なんだろー?」

「みてえですね」

「危険じゃね? そういうのはさ、早めに排除するべきっしょ」


 ペロペロと、キャンディーを汚ならしく舐め、唾液がそこらに飛び散る。

 不快そうな顔をした後、葉隠は問う。


「……というと?」

「殺すんだよ。協力する気ねえか?」


 はあ……っと、呆れるようにため息をつく。


「なんもしてない奴を、危険だから殺すとか、ふざけんのも大概にしといた方がいいっすよ。陛下にどやされます」


 葉隠は相手にせず、その場を後にする。

 ――その後、奴は小声で呟く。


「じゃあ、なんか罪でっち上げりゃ協力してくれんのかもね。美波神邏……気に入らないから始末する方法考えなきゃ」


 醜い、薄気味悪い笑みを蜜則は浮かべていた……



 ――つづく。



「次回 水無瀬の家柄」

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