02 衝動

 三年が経ち、あの日の顛末を理解したぼくは、姉と同じ年齢となり、性への興味関心はずば抜けていた。もはや生涯最高だったのではないかと今では苦笑を漏らす。それほどまでに「えっち」が観たかったのだ。


「おい、それ……」

「マジマジ、マジもんのやつ」

「それ、観れるのかよ」

「明日なら親、いないから。六時までは帰ってこない。部活は腹が痛いとかで抜け出せ。したら三人でうち集合な」


 かくして同級生の家に馳せ参じることになったぼくは、通された和室に正座して、小さなテレビ画面を食い入るように見つめていた。


「じゃあ、ビデオ再生するからな」

「……何なんこれ、インタビュー番組? ただのバラエティじゃね?」

「黙って観てなって!」


 何の脈絡もなく現れた男優が、無言で女優に激しくキスをしはじめ、ぼくたち三人は固唾をのんで見守った。もはや誰も喋る余裕も失せ、画面の肌色に全てをかっさらわれていた。


「なあ、ここ、観えるようにはならんのん?」

「うっさいなぁ、無茶言うなよ。そ、そんなの実物に頼めよ。か、彼女作れればだけど」

「お、おれ、ちょっとトイレ借りる」

「俺も……後でトイレ行きたい」


 精通は経験していたので、精液がどのような性状で、どのように射精されるかの知識も、自らをもって一通り理解はしていただろうか。栗の木もそこら中に生えているわけもなく、強いて言えばプールの塩素の薬剤がそれに近かった。

 つまり、ぼくがトイレを借りた時すでに、その匂いがしていたということになる。


 ――うっ、くっせえ。


 自分のことは棚に上げて、友人の匂いに不満を覚えた。


 その当時の姉は十七歳。華の女子高生ではなく、ひたすらガリ勉の集まる塾の中でも特に秀でたガリ勉として名を馳せていた。たかだかAV一本で人生が目覚めるかのような体験をしたぼくとはまるで違った。

 深夜、確か二時か三時だった。何やら玄関の方で話し声がした。のっぴきならない気配を感じたぼくは、見つからないように、そおっと会話にそば耳立てた。

 母が眠そうな声で質した。


「こんな時間にどこ行ってたの」


 答えたのは姉だった。


「最近、模試の順位が上がらなくて、イライラしてて、ちょっと散歩に行ってただけだよ」


 父が言った。


「四時間もか?」


 すると、姉がまくしたて始めた。


「ま、待ち伏せしてたの? もしかして、あたしの日記帳見た? じゃあ、あたしの半ヘルも見たんでしょ。信じらんない。最低の親のとこに生まれたわ。ええそうですよ。好きな人に会いに行ってましたよ。で? それで? 日記帳を盗み見て、待ち伏せするような親だからこんな娘になるんじゃないの?」


 乾いた音がした。母が怒鳴りだした。


「それはないんじゃないの! お母さんたちも完璧じゃないけどさ、あなたまだ高校生でしょ、高校生らしいふるまいってのがあるでしょ!」

「……最高ね。出かけるところを叱るんじゃなくて泳がせて、わざわざ逃げられなくしてから捕らえるのね。あんたら、人の親に向いてないわよ。刑事にでもなったら? あたし、出てくるから捕まえてみなよ」


 ドアの閉まる音、ついで母の泣き声と父の深いため息だけがしばらく続き、ぼくは自室に音もなく戻った。ベッドにうつ伏せになり、枕に顔を押し当て、ぼくはぼそぼそと独り言を言った。


「……気持ち悪い」


「親もだったけど、ダチもだったけど、姉ちゃんもかよ」


「もう、みんなそればっか」


「世の中にセックスが存在するからこうなるんだ」


「アダムとイブさえ……クソっ」

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