れいな

「いいかい、ジャングルってのは、『見る』ロールなんだ。


 いろんなレーンをよく見る。

 何が起こるか推測する。

 何を起こすかを決定する。


 ボットレーンは相手と、やってくるミニオンを見ていればよかったかもしれない。

 しかし、ジャングルは違う。

 全部を見なきゃいけない。

 現在も、未来もだ」


 桃山里香知は、相川猛のその大袈裟に詩的で、哲学者きどりの言葉に少し吹き出しそうになりながらも、話を楽しく聞いていた。


 桃山里香知は、ジャングルを教えてもらっていた。

 里香知は、相川のようなジャングラーになりたいと思ったのだ。


 「リーグオブヒーローズ」において、ジャングルというロールはとても複雑だ。

 外見上は、中立モンスターを狩り、気が向いたら他のヒーローが戦っているレーンへ「ガンク」という奇襲を行い、フィールドで戦っている味方を支援する……。

 言葉にすると気楽かもしれないが、何かミスをするとすぐに相手に出し抜かれてしまう、実はとてもシビアなロールでもある。


 里香知は、ジャングルに挑戦していた。

 最初はあまり慣れておらず、味方が戦えないのに奇襲を仕掛けてそのまま負けてしまったり、あるいはキルが取れる敵を見逃してしまったりした。


「最初は仕方ないさ。何事も経験さ」


 そういって、相川は慰めたが、里香知は悔しさが募るばかりだ。

 相川と里香知は、ゲームのパーティーを解散した。


 ◇◆◇


 里香知はパソコンを消して寝ようとした。

 けれども、自分のジャングルが上手くできない悔しさで眠れなかった。

 それに、なんだかいま眠ったとしたら、相手のヒーローにずっとキルされてしまう悪夢を見てしまう気がした。

 里香知は身体を起こすと、パソコンを起動して「リグ兄貴」という「リーグオブヒーローズ」の情報サイトの記事を読むことにした。

 その日の更新は、ちょうど「ジャングルってどうやったら上手くなるのか?」という記事だった。

 興味津々で里香知は記事を読む。


 記事によれば、ジャングルに限らず、「リーグオブヒーローズ」が上手くなるためには、実際に上手い人のプレイを参考にすると良いと書いてある。


「あっ、そうか……。ゲーム実況ってのがあるんだから、それを見ればいいんだ」


 里香知は、早速パソコンで「トイチ」というゲーム実況サイトを開いた。

 そこには色々なゲーム実況者がいる。

 でも、里香知が知りたいようなジャングルをプレイしている人はなかなか見つからない。


「うーん、いないなあ……」


 とぼやきながらも、トイチのサイトを巡回して探していると……。


「あ!いた!」


 それは一人の女性実況者だった。

 その女性配信者は「れいな」という名前。

 長髪で風になびく黒髪と透き通ったガラスのような白い肌、少し吊り目の気の強そうな顔立ちをした美人だ。

 彼女は、中堅ほどのゲーム実況者で、同時視聴者も20人以上おり、コメントもたびたび流れてくる。


 「れいな」もジャングルというロールをプレイしていた。

 れいなの使っているヒーローは「エリザベス」という名前の、半分蜘蛛と半分人間の形をしたアラクネというモンスターみたいなヒーローだ。

 そのスキルは、巣を作ってトラップにかけるのを得意としており、その狡猾な姿とプレイスタイルは、不思議と「れいな」の雰囲気に似ている気がした。


 『れいなさん、これは味方が弱いですよ、奇襲に合わせられないなんて』

 『れいなさん、今日も運が悪いですね、運が良ければすぐにシルバーに上がれるのに』

 『れいなさん、なかなかキルが取れないですね、でも落ち着いてやればいいですよ、そうすればすぐキャリーできます』


 そんなコメントが配信に流れている。

 そのコメントに返事をしながら「れいな」のプレイは進行していた。

 たびたび「れいな」は味方に文句を言い、そして自分の不運を嘆いていた。


 里香知は彼女のプレイを見ているうちにあることに気が付いた。

 それは、「れいな」のジャングラーとしての上手さだ。

 確かにジャングルというロールは難しいのだが、それでも彼女は上手く立ち回っているように見えた。

 そして、その立ち回りがとても美しかったのだった。まるで蜘蛛の巣のように複雑で美しい動きだった。

 「れいな」は間違いなく、ゲームやヒーローの操作に関しては一流だった。


 しかし、里香知が驚くように上手い「れいな」でも、一番レートが低いと言われる「ブロンズ」のティアなのだ。

 ランクマッチをプレイする人たちはこんなに上手い人ばかりなのだろうか……。

 里香知は、つい気になってコメントをしてしまった。


 『あの、初めまして。れいなさんはそんなに上手いのになんでブロンズなんですか?』


 しかし、このコメントはどうやらその配信では禁句だったようで。


 『れいな初心者かよ。帰れよ』

 『またアンチがコメントか?サブアカ作ってご苦労様』

 『れいなさん、こんな奴無視していいですよ』


 「れいな」も、このコメントに腹を立てたようだ。

 里香知は慌てて自分のコメントを削除した。


 そして、落ち着かせるために深呼吸をして、改めてその配信を見ると、里香知はとあることに気が付いた。


 「れいな」と呼ばれる配信者は、最初のランクの時に、自分に対して悪口を言ってきた「れいな」だったのだ。 


 里香知は、とても驚いた。

 「れいな」は、里香知が一度リーグオブヒーローズを辞めるきっかけになった人物だった。

 れいなは、里香知のことを知らないけれど、里香知はれいなのことを良く知っている。

 プレイを見たら、自分よりも遥かに上手い。

 ――そんな「れいな」ですら、ランクは一番下の「ブロンズ」なのだ。


 里香知は、初めてのランクの経験を思い出した。

 「れいな」のプレイを見ていると、自分が浅はかにランクに挑戦したのを恥ずかしく思い、確かに怒っても仕方ないと思うと同時に、しかし何やら心の奥底から燃えるようなものを感じた。


「れいなさんを追い越してみたい」


 それは、里香知の負けず嫌いなところが出た一面でもある。

 それだけではない。里香知は、「れいな」のような強いプレイヤーですらブロンズにいるランクという環境に魅力を感じたのだ。


「あのときはバカにされたけど、次あったら認めさせるんだから!」


 里香知は、パソコンを閉じ、その日は眠った。

 そして次の日から「れいな」の配信を参考にするようになった。

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