カジュアルプレイ

ヒーローになりたい

 次の日から、桃山里香知と相川猛は一緒に『リーグオブヒーローズ』をやり始めた。

 里香知のリハビリも兼ねて、二人は「カジュアルプレイ」と呼ばれる練習用の対人モードでプレイすることにした。


 里香知が選ぶヒーローは「ラッキーストライク」ではなく、「アース」。

 相川猛がお勧めした初心者向けマークスマンだ。

 「ラッキーストライク」は少々癖があるから、ということで、相川が新しく薦めたのだ。


 「アース」というヒーローは、通常の攻撃にスロー効果が付与されている。

 なので、相手にスローを与えながら、上手く相手に近づかせず、距離を取りながら、その射程距離の優位を生かしてダメージを与え続けることが重要になる。

 距離を取りながらダメージを与えるのはマークスマンの基本であり、それが学べるということでお薦めしたのだ。


 一方で、相川のヒーローは「ヴァンパイアウルフ」。

 ジャングルと呼ばれる、レーンサイドで沸く中立モンスターを狩るロールのヒーローだ。

 このヒーローは、吸血のスキルで体力回復をしながらダメージを出すファイターだ。


 ◇◆◇


 試合が始まった。

 里香知は緊張した。

 またランクのように、味方に文句を言われるんじゃないかと怯えた。


 しかし、相川はボイスチャットで穏やかに言う。


「これはカジュアルプレイだから思う存分チャレンジすると良いさ。新人なんて迷惑かけてナンボだ。

 それは会社も、リーグオブヒーローズも同じことだ」


 里香知はその穏やかな声を聞き、少しリラックスすることができた。


 里香知はレーンに出た。

 ランクのトラウマもあってか、最初は死なないこと、ダメージをあまり食らわないようにプレイした。

 あの時のヴォイスのように、自分がデスを繰り返して相手を育ててしまうのが怖かったからだ。


 そんな中、里香知の弱気で消極的なプレイを尻目に、味方のサポートヒーロー・ザクロは積極的に戦っていた。


 ザクロというのは、メイジの特徴を備えたサポートで、ダメージを出すタイプのサポートだ。

 植物が人間化したような女性の格好をしており、ファンタジーの世界なら「ドライアド」と呼ばれるヒーローだ。

 彼女はメイジという職種のヒーローというのもあって、序盤はアースよりもダメージを出せる。

 なので、里香知よりも果敢にダメージ交換を繰り返していた。


 今回は、相手も里香知と同じくらいの初心者で、対人戦に慣れていなかったせいもあったのだろう。

 何度もザクロの繰り出す「植物の根」に絡みつき、スタンさせられ、そしてダメージをくらっていた。

 その結果、もはや相手のサポートとマークスマンは、もう体力が半分になっていた。


 その体力の減り方を見て、里香知は気が付いた。


「あ、これはもしかしたらやれるかもしれない……!」


 そう思うと、勇気を振り絞って前に出た。

 消極的だったアースが急に前に出て、積極的に攻撃してきたのに驚き、何かあるのではないかと怯え、相手のサポートとマークスマンは撤退を始めた。

 しかし、アースの通常攻撃はスローが乗るため、相手が引こうとしても引ききれない。

 その様子を見計らって、ザクロがスキルを放つ。


「植物の根!」


 ザクロの手から植物の根が飛び出し、避けそびれた相手のサポートに絡みつく。

 サポートは、その根から逃げ出そうとするが、その根は固く、執拗で、その場で動けなくなってしまう。


「いまだ!」


 里香知は踏み込むと、「アース」のスキルを使う。


「凍てつく矢の嵐!」


 すると、相手のサポートに、まるで猛吹雪のように、矢が降り注ぐ。

 サポートに次々と突き刺さる矢。

 そして、相手のサポートは残りの体力を失い、里香知は相手のサポートをキルすることに成功したのだ。


「やった……!」


 里香知は思わずガッツポーズをした。

 対人戦で初めてのキルに喜ぶ里香知。


 ――しかし、その喜びも束の間だった。

 茂みから相手のジャングルである「ベータ―・グル」が飛び出してきたのだ。

 「ベーター・グル」は、二人の戦いを見ており、いつ奇襲を仕掛けるか見ていたのだ。

 そして、機が熟したと見るや、ボットレーンの戦いに介入してきたのだ!


「アース!逃げて!」


 ベーター・グルはザクロへと襲い掛かる。

 そして、そのまま体力の少なくなったザクロをキルする。


「そ、そんな……!」


 ベーター・グルは、ザクロをキルし終わったあと、そのままアースのほうへ振り返り、二つ目のキルを狙うべく向かってくる。


「光速の歩行!」


 ベーター・グルは、スキルを使い、アースのほうへ距離を詰めてくる。

 アースは遠距離ヒーローだから距離を詰められると弱く、接近戦に強いベーター・グルのほうが有利だ。


「怖い……!」

「里香知、焦るな!そのまま攻撃を続けろ!」


 里香知は、ベーター・グルに通常攻撃を放つが、「光速の歩行」というスキルのためか、スローが利かなくなってしまう。

 どんどん距離を詰めるベーター・グル!

 このままだと私はキルされてしまう……!


 そして、ベーター・グルが攻撃範囲のあと一歩のところまで近づいたときだった!

 間一髪、相川のヴァンパイアウルフがその場に間に合ったのだ!


「恐怖の雄たけび!」


 ヴァンパイアウルフの恐ろしい叫び声が、その場所に響き渡る!

 ベーター・グルは恐怖で怯え、その場にへたり込んでしまった。

 ヴァンパイアウルフは動けなくなったベーター・グルに、獰猛に噛みつき、ダメージを与える!

 先ほどまで後ろで様子を伺っていた相手のマークスマンが、ヴァンパイアウルフにダメージを入れようと駆け寄ってきた。


 里香知は直感的に理解した。

 ――あのマークスマンを落とせれば、この戦いは勝てる……!


 勇気を振り絞り、里香知はダッシュという補助スキルを使い、相手のマークスマンに急接近を行う。

 相手のマークスマンは、ヴァンパイアウルフを落とすことに必死で、アースが自分を狙っていることに気が付かない。

 ヴァンパイアウルフは、体力が少ない間、その吸血スキルで体力を回復しながら耐える。

 アースのスキルのクールダウンも終わり、再びスキルが使えるようになる。


 里香知は狙いを定める。

 そして……。


「凍てつく矢の嵐!」

 

 相手のマークスマンは、その矢の嵐にあっけなくやられた。


 その場にはアースとヴァンパイアウルフ、そして敵のベータ・グル。

 つまりは2対1。


 ベーター・グルは、勝ち目がないと思ったのか撤退しようとするも、「光速の歩行」のスキル効果が終わってしまい、アースの通常攻撃のスローでその戦闘から離脱できなくなった。


 その結果……。


「トリプルキル」


 里香知のアースがトリプルキルを取ったのだ。


「すごい!上手いね!」


 味方のザクロが笑顔のスタンプと共にチャットを送ってきてくれた。

 里香知は思わず、相川のヴァンパイアウルフとハイタッチをした。


「やったね!トリプルキルしたよ!」


 今の喜びを誰かに伝えたかったのだ。

 そしてそれはもちろん、味方のザクロにもだ。

 だが、相川は厳しい口調で言った。


「喜ぶのは早いぞ!まだ試合が終わったわけじゃない!」


 そうだ、あくまでもレーンのキルは、試合を有利に運ぶためのものであって、試合そのものに勝ったわけではない。

 最終的に、相手のクリスタルを破壊するまでは気が抜けない。

 里香知は、気を引き締める。


 里香知は先ほどの戦いで自信を取り戻したのか、どんどん前に出るようになった。

 前のランクでは、里香知は狩られる側だった。

 しかし、今回は狩るほうだった。

 しかも、里香知のアースにはスローもついている。里香知のアローから、敵は逃れることが出来ない。

 里香知は、キルを順調に重ねていく。


「やった!すごいよ!」


 味方のザクロも喜んでくれている。

 里香知は、楽しさにすっかり虜になっていた。


「すごい!またキルした!」


 里香知と相川はハイタッチをする。

 その試合は無事、相手のクリスタルを壊し勝利した。

 そして試合結果の画面に、輝かしく「MVP」の文字が浮かんだ。


 ◇◆◇


 その後も、二人は一緒にプレイした。

 ランクマッチで体験したような怖さは全くなかった。

 もちろん、勝ち続けることは出来ず、負けた試合もあった。

 だが、相川は非難もすることはなく「ナイストライ」と励ましてくれた。

 味方も悪い人はおらず、試合後の評価でも「いいね」をつけてくれた。


 里香知は、普通にカジュアルプレイをするには、十分面白く、そして楽しいゲームだということを理解した。


 特に、里香知が目に引いたのは、ジャングルというロールだった。

 里香知がピンチになって死にそうになったとき、いつも彼のヴァンパイアウルフは颯爽と現れて、ピンチを救ってくれたのだ。

 それは里香知にとってヒーローのようだった。


 ◇◆◇


 二人は暫く熱中し、そしてもう夜も更けるころになった。

 里香知は、勇気を振り絞って聞いた。


「あ、あの、相川さん、私もヒーローになれますか?」


 相川は不思議そうに聞き返す。


「ヒーローって、何のこと?」


 里香知はつい熱を入れて喋る。


「その、相川さんみたいな、ヴァンパイアウルフのような、カッコいいヒーローになりたいんです」


 暫くボイスチャットに沈黙が入る。どうやら相川は困っていたようだ。


「俺は、ヒーローじゃないよ。里香知が上手くやっただけだ。じゃ、俺は眠いから寝るよ。お休み」


 明らかに、相川の声は照れくさそうだった。

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