再インストール

 「リーグオブヒーローズ」をアンインストールした次の日のこと。

 里香知は仕事をしている最中でも、酷い目にあった筈の『リーグオブヒーローズ』のことが、頭の中で引っかかって離れなない。

 気になって、休憩中に同僚の山田さんにも話を聞いてしまう。


「あの、山田さん、『リーグオブヒーローズ』のこと……」


 山田さんは屈託もなくニッコリと笑いながら返事をした。


「あ、あれね!僕はもう飽きたよ!今はね、エイペックスヒーローズってFPSが面白いんだよ。FPSってのは、ファースト・パーソン・シューティングの略で……」


 例によって、山田さんは早口で新しくハマったゲームについてまくしたてる。

 しかし、里香知は愛想笑いをしながら、その話を上の空で聞いていた。


 会社が終わり家に帰ると、やっぱり「リーグオブヒーローズ」のことが頭に浮かんでくる。

 ――ちゃんとプレイできたら、とっても面白いゲームの筈なんだろうな。

 でも、再びプレイする気力は沸いてこない。


 ◇◆◇


 ある時、Web製作の納期に追われており、里香知もそのお手伝いをしていた。

 社長の知り合いであるエンジニアも応援に駆けつけてくれていた。


 そのエンジニアは、髪の毛がボサボサで、服装もシワシワだった。

 彼は職場に入ると、不愛想に「相川猛です」と自己紹介をして、臨時で拵えられた彼の席に座り、凄い勢いで作業を始めた。


 里香知は解らないことだらけだった。

 一応、簡単な単純作業は出来る。

 でも、少し複雑な内容になると、手づまりになってしまう。


 里香知がWebページがどう頑張ってもグチャグチャに崩れてしまうという不具合に悩んでいると、相川がコーヒーを片手に横切った。

 そして、相川がディスプレイを見るなり、一言呟く。


「それね、プロパティの優先順位が間違っているね。正確にはその値を100ではなく……」


 言われた通りにすると、里香知がどう頑張っても修正できなかった、Webのパーツ達がまるで魔法のように整列したのだ。

 里香知は思わず感激の声をあげる。


「すごいですね!魔法使いみたいです!」


 相川猛は照れくさそうに頭を掻きながら、言った。


「まあね、私はこれしか能がないからねぇ」


 それだけ言うと、そそくさと出て行ってしまった。


 ◇◆◇


 休憩時間になり、里香知は、そのエンジニアの人に話しかけてみた。


「あの、さっきはありがとうございます」


 相川猛は無愛想に振り返る。

 しかし、その目元には優しさがあった。


「ん、当然だろ。困ってたら助ける。当たり前の話」


 里香知はディスプレイに目をやると、そこには『リーグオブヒーローズ』の情報サイトである『リグ兄貴』というページが表示されている。


「あの、この『リグ兄貴』ってなんですか?なんか『リーグオブヒーローズ』のサイトみたいですけど」


 すると相川猛は、少し驚いた様子で言った。


「あ、『リーグオブヒーローズ』知ってるんだ。まあ『リーグオブヒーローズ』の攻略サイトだけど……」


 里香知は、気になっていた『リーグオブヒーローズ』について話せる人が現れたことで、少しテンションが上がる。


「知りませんでした!こんなサイトがあったんですね!私もずっと前に『リーグオブヒーローズ』やってたんですけど、難しくて……」


 その言葉を聞くと相川猛はちょっと険しい顔になる。


「まあ、正直『リーグオブヒーローズ』なんてやらないほうがいいよ。ストレスは溜まるし、性格も悪くなるし……。チャットでは喧嘩は日常茶飯事。皆が口にするのは味方批判。俺もだいぶやってるけど……」


 そうけだるそうに言いながら、相川猛は我に返った。


「あ、ごめん。君が『リーグオブヒーローズ』をやっているんだったら余計なお世話だったね。俺も実は好きなんだけどさ、どうしてもつい愛憎が混じっちゃうんだよ。いいゲームなんだよ。本当は……」

「わかります!私もランクマッチってのが開放?されたから、やってみたらボロボロにされちゃって……おまけに味方から『お前はもう二度とやるな』みたいなことを言われちゃって!」


 里香知は思わず、相川猛の言葉に被せ気味に話してしまった。


「あ、そうなんだ。まあ、このゲームって最初は面白いんだけどね……。ただランクマッチは」


 と相川猛は言っていたが、里香知はそんなことはお構いなしに続けた。


「でも、なんかこのまま『リーグオブヒーローズ』をやめたままなのも、何か癪なので、ちゃんと教えて欲しいんです!」


 すると相川猛は驚いたように言った。


「いいけど……俺は相当に下手だぞ?」

「構いません!私よりも絶対上手いんで!お願いします」


 相川猛は、腕を組んで暫く考えたのちに弱く「自分でいいなら……」と承諾した。

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