オムライス

クライングフリーマン

オムライスの味

 実家は、八百屋を営んでいた。

 母は、兼業主婦だった。年に何回か、店が繁忙で、家のことに構っていられない時があった。

 母は、そんな時、町外れの食堂から出前を取ってくれた。

 オムライスである。タマゴを何個使っているかは分からないが、大盛りだった。

 育ち盛りの人間には、丁度いい量だった。

 とても、美味しかった。

 友人に、そのことを話すと、「そんなの、「おふくろの味」じゃない。」と言った。

 小学校の時の話である。店はもうない。

 おばちゃんは、私を呼び捨てにする。

 近所のお兄ちゃんも私を呼び捨てにする。

 他の、近所の人や親戚の人は、下の名前に「さん」づけするが、何だか「特別感」があった気がする。

 食堂は、「〇〇〇〇食堂」という名前だったが、最初は店の主人の名前だったが、あまりにもお客から、〇〇〇〇と呼ばれるので、ニックネームを正式名にした。

 〇〇〇〇とは、食堂の一家の前に、食堂とは無関係の経営者の「カフエ」があったのだ。

 いにしえの「カフエ」は、今の喫茶店とは違う。

 今で言えば、キャバクラ的な「風俗」の店だった。

 多分、食堂のおじさんは抵抗があったと思う。

 でも、客が望むなら、と店名を変更したら、流行った。

 その食堂一家には、確か女の子がいたと思う。

 まだ生きていたら、60代か。大人しい、おさげの女の子だった。

 今にして思えば、イジメに遭ったと思う。女の子は成人する前に、死んだ。

 死の原因は、言うまでも無い。

 おじさんは、大きな病気をして亡くなった。

 おばさんは、暫くずっと一人で店を切り盛りしていた。

 おばさんと再会したのは、10年くらい前だろうか?おばさんはもうバイクに乗っていなかった。

 私が結婚していないと答えたら。眉をひそめた。

 おばさんには、「一家没落」が見えたのかも知れない。

 おばさんや、店の客は、私が店を継ぐと信じていた。

 私は継がなかった。白状すると、自信が無かった。

 それで、良かったのかも知れない。父母が作った「信用と実績」を壊す可能性が高かったから。それは、私が「世間知らず」だったから。

 おじさんが亡くなった後も、その食堂のオムライスの味は変わらなかった。

 おばさんが作っていたからだ。あのオムライスに匹敵するオムライスには、2度と遭遇しなかった。

「2番目の、おふくろの味」を、あの女の子は、どう思っていたのかな?

 ―完―


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

オムライス クライングフリーマン @dansan01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る