第3話「レベル上げ」


 第三話「レベル上げ」


 目覚まし時計の音が響く。俺は、それを叩いて、起き上がる。

「ふあ〜あ。今何時? 八時か……」

 八時でも俺は慌てない。なぜなら、遅刻の常習犯であり、遅刻の申し子であるからだ。

「何、ばかなこと言ってるのよ。遅刻よ。起きなさい」

 母親が、俺の頭を叩いてきた。

「いって! 何すんだてめえ!」

「母親に向かって、てめえはないでしょ? てめえって、お前の骨、ボッキボキに折ってやろうか?」

 骨がボキボキ……。

「最近、肩凝っててさ……。揉んであげるから、揉んでよ」

 母親に半ばブラフとも取れるタメ口を仕掛ける。

「あのねえ。それって、自分だけやってもらって逃げようとしてるでしょ。さ、早く用意しなさい。ま〜た先生にいろいろ言われるんだから。その尻拭いするの、結局私なんだからねえ?」

「すまん。今度のバイト代が入ったら、うなぎでも食いに行こうや」

「え! 本当?」

「うん。五千円くらいだろ、一人」

「安ければね」

「いいじゃん。行こうよ」

「じゃあ、肩揉んであげる」

 ふっふっふ。釣れたぜ。

 いや〜肩は自分では揉めないからなあ。いやはや……。

「さ。早く準備しなさい。予習はやってあるの?」

「え? そんなのあるの?」

「やってないの? はあ、呆れた」

 そんなものをやらなくても、俺には何かがある!

「やってあるよ。昨日の夜急いでやっておいたんだ。うるさいからな、あの人が特に」

 頭にとある先輩の顔が思い浮かぶ。

「ご飯冷めるから、なるたけ早く降りてきなさい」

「あいよ」

 そして、朝飯を食べた俺は、ゆっくりと家を出て、学校へ向かった。

「おっはよーい」

「蜜柑先輩。何してるんですか? とっくに始業時間過ぎてますよ」

「ばかかね? 君は」

「何ですか?」

「今、七時二十分だぞ」

「え? だって……」

 母親が、時計を進めていたことに、今気づいた。

 はあ……。すごい真面目に登校しちゃってるじゃん、俺。

「君もすごいね。あのゲームを始めてから、真面目になっちゃうなんて」

「先輩が俺にでかい顔したいだけでしょ」

「ぐ。そんなことはないぞよ汗」

「いや、そうだ。だからわざわざ新発売のオンラインゲームなんかにしたんだ」

「なんかって……。いいじゃないか! 君に百利あって一害になしだよ?」

「それ、ことわざを悪用してませんか?」

「なんの、なんの」

「そういえば、今日は七時でしたっけ、夜の」

「そうそう。酒場で集合ってことで」

「テラさん、最近出会い系始めたみたいっすよ」

「あのおっさん、ませてるのう」

「さあ。年齢何歳か知ってます?」

「いいや。知らなんだ」

「二十七歳だそうです」

「ま、まじで言ってる? 葛原くん」

「ええ。僕も耳を疑いましたよ。あのボイスで二十七はないですよね」

「うん。某ゲームの蛇のキャラみたいなボイスなのに」

「これからいじり倒しましょうね、蜜柑先輩」

「ふっふっふ。そうだね。よからぬことをいっぱいしようね。ふっふっふ」

 悪巧みを考えながら、学校に着いた。

「じゃあ、昼飯で会おーう!」

 蜜柑先輩は嵐のごとく、去っていった。

 俺は教室へ向かう。あのゲームをやってから、いろいろと変わってきたところがある。

 まず、生活習慣が改善された。

 予習はするようになったし、交流も増えた。

 と言っても、交流するのは蜜柑先輩とテラさんくらいだが。

 蜜柑先輩は、ああ見えて、意外に成績がよかったりする。

 だから、勉強についても、面倒を見てくれるし、情報もくれる。

 テラさんは、職業はインフラエンジニアだとか言ってた。まあ、エンジニアさんだ。

 そして、二十七歳。

 そのテラさんからもいろいろな話を聞く。世間の厳しさとか、勉強のこととか。毎日、喫茶店で駄弁っている。

 次に、シミュレーションゲームという面もあるから、いろいろな体験になっている。

 買い物も滅多にしなかったが、ウィンドウショッピングをして、買って、実際にあとで家に届くということをしている。

 ゾンナマと連携してて、そういうことができるのだ。ゾンナマとは、物流サービスのことである。

「では、葛原。この問題解けるか?」

「はい。主語は何かと問われていますが、ゼアが主語ではなく、イズ以降の名詞のことです」

「よくできた。すごいな。ちゃんと予習してきてるじゃないか。次のテストは百点かな?」

「やめてくださいよ。予習ができたところで、テストの点が一気に上がったりしませんよ」

「予習をちゃんとやるやつが伸びるんだ。頑張れよ」

「はーい」

 まあ、蜜柑先輩に助けていただいたんだけどね。笑

 昼になり、俺は食堂に向かった。そこでは、蜜柑先輩がうどんを食べていた。

「よっす」

「どうも。蜜柑先輩って、友達いるんですか?」

「!? グホッ、ゲホッ、うへっ、おほ、ゴホッ。何を言ってるかね。私は超陽キャだぞ?」

「そんな人が後輩と二人で昼飯を食うとは思えません」

「いるにはいるけど、君とはゲームのはなしもできるゆえ」

「そうですね。俺も他に友達いませんから、いい話し相手っす」

「そうかそうか。それより、最近小耳に挟んだんだけども、触手竜の討伐クエストが、経験値を稼げるらしくてね……」

「触手? 気持ち悪」

「そう。あのゲーム、今のうちに経験値を上げておけば置いてけぼりにならないから、みんな躍起になって、やってるのさ」

「へえ。でも、俺ら装備くそっすよ」

「そうじゃろ。そこが問題なのよな」

「蜜柑先輩って、意外と、弱い?」

「弱いかどうかでいえば、強い」

「あ。弱いんですね」

「何でそうなるー!」

 ゲラゲラと俺たちは笑い合いながら、昼飯を食べた。

「じゃあ、酒場で」

「はい。酒場で会いましょう」

 俺たちが何の話をしているのか、わからない人も多いだろう。

 ただのゲームの話をしているとは、思わないだろう。

「ねえ。葛原くん」

 俺が教室に戻ると、女子が話しかけてきた。

「え? 何?」

「いや、その。葛原くんって、蜜柑先輩と仲いいよね」

「はあ、まあ、いろいろあるんだけど……」

「ううん。何でもない」

 そう言って、どこかに去っていった。

 あの子、誰だっけなあ。蜜柑先輩を知ってるから、俺も知ってるんだと思うが……。

 一日を終え、家に帰る。

 そして、すぐにヘッドセットを装着し、部屋を暗くして、ゲームを起動する。

「よーし。今日は暴れるぞ〜」

 いつもの酒場に顔を出した。

「ちわーす」

「おう。今日も愚痴を聞いてくれ、葛原君」

「いいですよ。今日は何があったんです?」

「今日はさ、上司がさ、俺にパソコンが壊れたのは、お前のせいだって言ってきてさ」

 こうやって、愚痴を毎回聞いているのだ。

「そうですか。じゃあ、今日はココアでも飲んで寝てください」

「うん。そうするよ……。それより、メッセージもらったけど、ミリア君が触手竜に挑むってね」

「ああ。そうみたいですね。その、触手ってのがよくわからないですが」

「何でも、動けなくするらしいよ。だから、武器は銃の方がいい」

「銃って高くないですか?」

「たぶん、高いだろうね。でも初心者向けの銃はあるはずだから、それを買えばいいよ」

 そうだよな。まだここにいるプレイヤーは、始めたてホヤホヤだから。

「おうおうおーう。君たち、大丈夫かね? 飲んでるかね?」

 蜜柑先輩がやってきた。

「ミリア先輩。武器を買いに行きましょう」

「大丈夫。私が買ってきておいた」

「え? そうなんですか?」

「そうだよ。これを使いたまえ」

 それは銃だった。

「ちょうど銃を買いに行こうって話をしてたんですよ」

「そうなのかい? よし。行くよ。相手はウニョウニョの敵だ。きっと剣では歯が立たない」

「よし。一気にレベルアップしようぜ!」

 そう、テラさんが言って、俺たちは洞窟へ向かった。

「ふう。ここ、寒いね」

「え? ゲームだから感じないでしょ。エアコンでもつけてるんですか?」

「あ。そうだった。エアコンつけっぱだった。のめり込んでたよ」

「君たち。ここからは無言で行こうね。きっとやつがいる」

「はい……わかりました」

 そして、奥に行くと、グチュグチュした音が聞こえてきた。

「あれが、触手竜……」

 頭がどこにあるのかわからないイソギンチャクみたいな竜だった。

「よし。私は後ろからバズーカ放つから、君たちは、前からその銃で援護してくれたまえ」

「はい。やりましょう」

「よーし。一発行くぞぉ」

 それから触手竜をめったうちにして、クエストまでクリアしてしまった。

 レベルが一気に三も上がった。

「すごいっすね。一気に三!」

「うむ。だから、なかなかお目にかかれない竜なのだよ。しかも、剥ぎ取ったアイテムも高く売れるときた」

「じゃあ、ちょっと眠いんで俺、落ちますわ」

「え? そう? 今日は早いね」

「まあ、寝る子は育つからな」

 そして、俺は早めに落ちて、予習をした。

 俺がこんなふうになるなんてな。少しずつ変わり始めていた……。


「葛原君……。あのキャラクターって、そうだよね」

 その子の名は、水野寧々と言った――。

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