第2話「先輩は強かった」
第二話「先輩は強かった」
『わかった。すぐ行く』
蜜柑先輩がそう言った。俺は、それを聞いて、安心した。
「よし。この場をやり過ごしましょう。えっと……」
「ああ。自己紹介がまだだったね。俺はテラ。そういうハンドルネームだ。君は?」
この状況で、自己紹介?
「俺は、葛原。よろしく」
「本名?」
「決められなくて」
「おい! 誰だ、喋ってるの!」
まずいな。早く来てくれ、蜜柑先輩。
「ていていてーい! 待ちたまえ、そこの強盗!」
うわ……。まじで、蜜柑先輩まんまだ。
「何だお前! あ、ちょっと!」
「大人しくお縄に〜。あれ、葛原く〜んどこ〜」
「何やってやがる! 離せぇっ!」
「あん? てめぇ、誰に口を利いてるんだ!」
蜜柑先輩がきれた。
「ここでデスペナルティを受けたくなかったら、失せな!」
「は、はいぃい」
だっせえ。そんなふうに逃げるなら、最初から強盗なんてするなよな。
「おやおや。こんなところにおったとは」
「ありがとうございます。蜜柑先輩」
「君のアバター、普通だね」
「はは……」
うるさい! 俺が望んでこうなったんじゃないやい!
「こちらのおっさんは?」
「俺は、テラ。君とその、葛原君は一体どういう……?」
「ああ。リアルで、先輩、後輩なんですよ」
「私はミリア。そう呼んでね」
蜜柑先輩が助けてくれたおかげで、俺たちは、生きることができた。
「そっか。初めて同士で喋ってたってわけ」
「まあ、テラさんの方が、早く始めてるんですけどね」
「ふーん。じゃあ、三人でモンスターでも狩ろうか」
「え? いきなり、戦闘プレイですか?」
「嫌なのかね? 葛原くん」
「え、いや、まあ、俺の職業、冒険者ですけど」
「冒険者って、めっちゃアバウト笑笑」
おのれ、あの猿が何ちゃらってやつめ!
「この草原には、凶悪なモンスター、三つ頭の怪鳥がいるの」
「へえ。そんなやつが」
「君は、結構図太い神経をしているね?」
「え? そうでしょうか」
「怪鳥と聞いたら、普通は、恐れ慄くところだぞ!」
「そうだ。俺も、それにやられてしまったんだ」
「へえ。そんなやつが」
俺は鼻をほじりながら、実際にはほじってないが、いや、画面の前ではほじっているが、そんな蜜柑先輩たちの話を聞いていた。
「蜜柑先輩。その、モンスターってどのくらい強いんですか?」
「レベルツーだね」
「へえ」
鼻をほじった。
「お前、鼻ほじってるだろ」
「テラさん。何でわかったんすか」
「いや。お前のアバターも鼻をほじってるから笑」
「何だそれ! おい、ゲームマスター、それはおかしいことじゃないか! 鼻はほじるのを隠すためにある!」
俺は、自分で何を言ってるのか、よくわからなかった。
「でも、君、よく鼻をほじるよね。学校でも」
くっ。そんなことが!
「ち、違いますよ汗 そんなことないですって」
「じゃあ、鼻ほじってないの?」
「いや、ほじってますとも!」
「そこ、自慢するところなんだ!」
蜜柑先輩は、あんぐりと口を開けている。
「で、その怪鳥とやらは、どこから現れるんです?」
「もうすぐさ……。まあ、待ちたまえよ」
その言葉を放った瞬間に、上から何かが落ちてきた。
ドスン、という音が響く。
「うわ〜来たっ! 逃げろ〜」
テラさんは、すぐに逃げてしまった。
「まあ、見たまえよ。この剣技を」
ブンブンと、細剣を振るう。
「え? あれ、倒すんですか?」
「そうに決まってからに〜」
「へえ。じゃあ、俺、街に戻って、お茶飲んできますわ」
「待て」
「何ですか?」
「なぜ、お茶を飲む必要がある」
「え? だって、先輩はモンスター狩りに忙しくて、俺は興味なくて、じゃあ、お茶でも飲んでるしかないじゃないですか!」
「私のかっこいいとこ見ててよ!」
「え〜。だって、ズバーンって、やっつけるだけでしょ〜。俺、そういうの、だるいんで」
「おいおいおい。君ってやつは、だるいっていう言葉だけで、片付けるのかね!」
「そうですよ! だから何ですか!」
「一緒に戦おうよ! それで、きゃー蜜柑先輩ってばかっこいい〜! ってなるの!」
「承認欲求を満たしたいのはわかりますけどね。そういうの、どうでもいいんで」
「グスッ、グスッ」
「泣かないでくださいよ。あとで奢りますから」
「この世界で、料理を振る舞われても、ステータスの足しにしかならないじゃないか〜!」
「だから、現実世界で奢りますから」
「本当かにゃ?」
キラキラと、めを輝かせている。
いや、騙されてんのかな、俺。
「はい。バイト代がもうすぐ入るんで」
「よっしゃ! やってやろうじゃないの!」
そして、その怪鳥とやらに突っ込んでいった。
「まさかね〜。二発で倒せるとはね〜。流石だね〜ミリア先輩さいこ〜」
そう言いながら、コーヒーを飲む蜜柑先輩。
「コーヒーがさぞ美味しいでしょうよ」
「え〜何かな〜。ちょっとヤキモチ?」
「ちく」
しょう……。きっと、蜜柑先輩はすごいところを見せたくて、このゲームやらせたな?
しかも、事前にやらないように、そういうゲームは選ばなかったということだ!
「はあ〜。いいですよ。先輩の好きなもの食べに行きましょ、リアルで」
「二言はないな!」
「ああ。ない。素っ裸になっても、二言はない!」
「ん?」
「ん?」
何言ってんの、俺。
「ま、まあ、テラさん。そういうわけだから、落ちるわ。じゃあ、また一緒になったら、よろしく」
「あ、じゃあ、フレンド登録してくれないかな」
「あ、いいですよ。じゃあ、これ、俺の名刺」
名刺を交換することで、この世界ではフレンドに登録できる。
「じゃあ、またね。明日の夜七時なんかどう?」
「そうですね。その時間なら大丈夫っす」
「よし。じゃ」
「じゃ」
「じゃの」
そうして、ゲームを宿屋でログアウトした。
「ふう。疲れた……。すげえ、のめり込んじゃった」
それから、蜜柑先輩に連絡を取って、お好み焼き屋に行った。
「お好み焼きとは、随分と洒落てますな〜」
「ミリア先輩、高いのはだめですからね」
「もんじゃ、もんじゃ、もっじゃっじゃ〜」
聞いてないよ、この人。
「あの、高いのは……」
「わかってるよ。そんなものは頼まないから」
ドリンクバーと明太子チーズもんじゃを頼んだ。
「うまいのう」
「先輩、勉強教えてくださいよ」
「え? え!? 君、何て、今、何て?」
「勉強やってみようかなって。二から変えたいんです」
「そっか。じゃあ、明日、部室に来なさい」
「部室?」
「うん。物理学同好会の」
「はい」
そうして、俺は、あるゲームの繋がりで、勉強をすることとなった。
そのゲームの名は……「フィジックス」。
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