いつもの夜(2)


「ハァ――ハァ――――…。やってやったぜ…。取り戻したぞ。」


 数時間後。明け方近くなり、空は白み始めている。


 思いのほか俊敏に逃げ回る魔犬を追い回すハメになり、やっとの思いで魔犬を仕留めたと思いきや、さらに魔犬の小さな群れが現れたのである。

 その群れに鎖骨さこつを奪われ、鬼ごっこ第2ラウンドが開始され心がくじけそうにもなった。


 しかし! この手に取り戻した宝モノをもう離すまい…と京弥は息を切らしながら、どこの誰のものかも判らない人骨を大切に胸にく。


 「ハ…。ハハッ。ははははははは! 俺の…勝ちだぁぁぁぁ!」

 

  桜はドン引きであった。


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 夜間巡回の規定時間も、そろそろ終わりを迎えようとする頃。

 京弥と桜の2人が立つのは、ある墓石の前。


 「ここだな。」

 「そうッスね。間違いないッス。」

 

 しっかりと回収した‘歩く白骨‘の遺骨を、墓石に埋葬し直す為である。

 無念の想いを孕みながらも再び永い眠りについた白骨は、今は何も語らない。


 巡回者には、不死者を無力化する呪符のほかに、その不死者の帰り道を示す術式が仕込まれた呪符も支給されている。

 遺骨へこの呪符をえると、魔力の光がの者が眠る墓所を示す。


 2人は無言で墓石下の納骨室のうこつしつを開ける。

 納骨室内の骨壺の1つが空となっていた。

 

 …此処ここだ。


 この世界での不死者アンデットの出現直後、遺体・遺骨の取り扱いについての法も、改変が求められた。

 そして現在は、不死者への対処について必要に迫られた場合に、倫理に反せず良識的な範囲であれば、墓所の管理者又は管理者が認める人間に、対処を一任することが出来るのだ。


 空の骨壺へ丁寧に遺骨を戻し封をほどこす。

 2人は墓石に線香をき、名も知らぬ誰かのために手を合わせる。

 

 …いったい、この人の心残りはなんだったのか。


 何も語れぬ白骨を見るたびに、そんな事を思う。

 それを知るすべは無いが、どうか心安らかに眠ってほしい。

 2人は同じ思いを、合わせた手に込めるのであった。


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 供養を終え、京弥と桜は、交代人員が待つ弐番駅へとたどり着く。

 昇った朝日が山を照らし、その温かさ故か、思い出したように若い男女を疲労がさいなむ。


 「はあ~あ。疲れたッスねー」

 「そぉーだな。魔犬の数が多くてしんどかった」

 「センパイこの後どーするんスか?…センパイのことだから寝るだけでしょうけど」

 「うっせぇ余計なお世話だ。…まあ寝るだけなんだがな」


 しかし、自分たちの仕事もこれで終わり。あとは駅で交代と合流するだけ。

 京弥はこの、朝日に照らされながら想い人と歩く時間が終わってしまうことを、名残惜しく感じていた。

 だからだろうか。

 普段なら羞恥心しゅうちしんに邪魔をされ、なかなか口に出せない言葉がすべり出たのは。


 「なあ…良かったら次の休み……俺と」


  「 お疲れ様 」


 そんな、男にとっての一大イベントを不意にさえぎる声。

 弐番駅で2人を出迎えたのは、巡回が始まった直後に別れ、合流が無かった墨谷七郎すみたにしちろうであった。

 本来は3人で行うはずであった巡回を2人で行い、それなりの負担もあったことから、桜は不満げだ。


 「……七郎さん。どこ行ってたんスか? 大変だったんスよー。……センパイどしたんスか?」

 「なんでもねぇ…。なんでもねぇよ…」


 京弥は朝日の方へ顔をそむけ、泣いた。

 桜は、そんな京弥の姿を不思議そうに見た後、合流しなかった七郎を再び責める。


 「参番駅で捕まえた幽霊は、支部に戻って浄霊処理したんスよね? ってゆうか駅で処理しちゃえば良かったじゃないスか。支部での浄霊と簡略浄霊に、そんなに変わりは無いッスよ」

 

 「正規の手順を踏んだ本職の浄霊の方が都合がいいんだ。でも浄霊が済んだ後にちょっと立て込んで…。申し訳ない」


 「国と義瑠土ギルドの監査が近々来るって噂もあるんス。霊園山の偉い人達とかに目を付けられても知らないッスよ。…この山に人が安全に入れるようにして、線路引いたり、観光業を成功させたりしたすごい人達らしいッスから。まあ、会ったこと無いッスけど」


 「まあ…、ずいぶん人が集まる場所にはなったね…」

 「‘なったね…。‘じゃないッスよ。センパイも何か言ってあげてくださいッス」


 桜は京弥へ、どうも意欲と危機感が感じられない七郎への忠告に同意を得ようとするが、当の京弥は駅から少し離れた墓地への入り口付近で、どうしてか黄昏たそがれている。 

 桜は溜息をつき、一旦矛を収めるのであった。


 「ハァ、もお…。(ホントこの人いつも何してるんスかね?センパイもビシッと言ってくれなきゃ)」

 

 桜の呼びかけが聞こえ、多少気分が持ち直したのか、京弥が戻ってくる。

 

 「すんませんシた。それで交代の人は何処どこに?」

 予定通りであれば弐番駅で交代人員と落ち合うはずになっているのだが、その姿は見えない。


 「ああ。ここから朝の巡回は引き継ぐよ。交代が来れなくなってね」

 

 と、予定の変更について伝えた後、

 

「報告書を作成したら、帰って良く休んでね。お疲れ様。今晩の見回りもよろしく」

 

労いの言葉を掛け、七郎はその足で巡回を開始する。


 どうやら交代人員は、ずっと目の前にいたようだ。


 2人は、夜間の簡単な報告を七郎へ行い、管理本部へ戻る。

 

 管理本部では登録者の帰還確認と、簡単な報告書の提出をパスすればいいだけであるので、仕事は終わったも同然である。 

 義瑠土支部の受付に、事の次第を報告し、京弥と桜は帰路につく。


 京弥と桜の報告を受けた受付女性は、2人を見送りながら首をかしげた。


 「(墨谷って人とあんまり話したこと無いけど…。たしか記録上では一昨日から、ずっと朝晩朝晩って巡回しっぱなし…?)」


 霊園山は夜が明けてなおブラックなのかもしれない。


 「(転職しようかしら…?)」


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