いつもの夜(1)


 さん番駅から番駅へ最も短時間でたどり着くには、徒歩の場合、線路沿いの道を進めばよい。

 

しかし、巡回において主な仕事は墓地区画で発生する。

 

今夜の巡回路は水影山墓地区画の半分程度の範囲であり、朝方の規定時間に弐番駅にて交代要員と落ち合う予定だ。

 半分程度といったが、常人が半分の区画を徒歩で巡れば、2時間以上の時間が必要となる。

 

 そこはそれ、京弥と桜の移動速度は、常人のそれではない。


 魔力運用の基礎である身体強化により迅速に移動、また五感も強化され、いち早く異常に気付くことができるのだ。


 「だから何度も言ってるだろ。常に気を配って警戒しろ。巡回前だって山にいることは変わらないんだからよ」

 京弥からいつもの小言が飛んでくる。


 「わかってるッスよ。何かあればイチ早く気付くっス。大体、最近は私の方が反応が早いことがあるっスよ」

 桜は不満顔で答えながらも、指示通りあたりに気を配っていた。


 墓地区画内の整備された通路を2人並んで巡回するが、整備されているとはいえ、墓地区画内では街灯が極端に少なくなる。

 しかし、2人の頭上には辺りを照らす為の照明がおり光源には困らない。

 これは霊園山で夜間巡回用に支給される魔道具の一種で、魔力を燃料とし自動で浮遊し追従する。

 手をふさがずに使用できるため重宝されているのだ。


 桜が‘気を配ってまス‘と体全体でアピールするため、辺りを見渡す仕草をしている。

 その仕草が、小柄な外見と相まって妙にかわいらしい。

 京弥はそんな桜の様子をしっかりと眺めつつ、広大な墓地区画を見渡すと、自分たち以外の浮遊照明の光が見えた。


 「他の巡回も今のところ問題無さそうだな」


 広い墓地区画には、一晩中数チームの巡回者が見回りを行っている。

 その浮遊照明の光と街灯が点々と輝き、やや寂しくあるが夜景のような美しさも感じた。



 カシャリ…―――。



 「!」


 京弥は小さな…かわいた音が前の暗闇の奥で鳴ったのを聞いた。

 相方の緊張を感じ、桜の意識も張り詰める。


 カ…シャ―――。


 照明が照らすその先は闇。


 生暖かい風が2人の髪を揺らす。

 先の見えない道の先に、何者かが居ることを感じた。


 そうして、音のあるじはゆっくりと2人の前に姿を現す。


 浮かび上がるのは白い人型。

 おぼつかない足取りで、徐々に近づいてくる。

 人型は悲しむように両手で顔を覆っていた。

 否。覆えてはいない。

 肌があるはずの手指は白く異常に細い。

 肉があるはずの胸は、さく状の骨がきしむばかり。

 涙を流すはずのひとみはがらんどう。


 「…あちゃ―。今夜は出ちゃったッスね…」


 うめのども持たぬまま、未練にあえかえり立つ。


 ‘ 歩く白骨はっこつ ‘


 霊園山ここではそう呼称される。

 アンデッドに分類され、‘スケルトン’とも呼ばれる存在。


 肉体を失った魂が、未練や執念、妄執もうしゅうに囚われ、魔力をまがい物のイノチにして死からよみがえるのだ。


 「今月何度目でしたっけ。4件だったッスかね?」

 「一昨日おとといにもう1件で、5件だ」


 …大仰に紹介したが霊園山ここでは、まあ、やや珍しい程度の認識なのである。


 「じゃ、手順通りにいくぞ」

 「うッス」


 京弥と桜は呪符をそれぞれ取り出し、歩く白骨へ飛び道具のように投げ飛ばした。

 見事!呪符により白骨は清らかに浄化……ではなく、呪符は白骨のそばの地面へ。

 辺りに青白い炎が広がり、揺らめき始める。


 その炎が歩く白骨スケルトンを青く照らし始めた時、白骨は力なく膝を着き……バラバラに崩れ落ちた。

 頭蓋ずがいく、がらんどうの眼孔がんこうが恨めし気に2人を見つめる。

 そして2人は、

 「アーッ! いま一本骨が下の段に落ちたッス!」

 「げぇ! さがせさがせ!」


 転がっていったと思われる骨を、必死に探すハメになっていた。


 緊張感は無いが、これが霊園山での理想的なアンデットへの対処法である。

 装備した呪符で、歩く白骨の持つ魔力を散らし、再び現世げんせに立ち上がるだけの力を失わせたのだ。

 

歩く白骨の体を構成する骨は、そのすべてが生前の体を支えていた骨ではない。

 火葬後、骨は焼け崩れ形を保つことは難しく、全身完璧な骨格をたもったまま埋葬されることは、まずありえない。

 しかし、足りない骨は魔力でつむぎ、少しでも生前の自分に、カタチを近づけようとするのだ。

 

 

地を踏みしめ、肌で風を感じ、大切な誰かの手を握っていたあの頃の自分を取り戻そうと。


 

そして、魔力で紡がれた体の大部分が霧散し、まぎれもなく自身のものであった骨は、再び地に落ち眠る。

 不思議と焼かれてもろいはずの骨は、魔力で強度が修復されていることが多い。

 これはその骨がアンデッドとしての、核のような存在になっていたからだと考えられている。

 その内の一本が最後の抵抗と言わんばかりに、闇夜に消えてしまったのだ。


 「どこッスか? どこッスか!? 暗くてよく見えないッスー!」

 「おお落ち着け。必ずそのあたりにあるハズだ! こういう時こそ視覚を強化してだな」

 「その辺の草の枝と見分けがつかないんスよー。多分アレ鎖骨さこつッス」

 「鎖骨さこつぅ……。イヤ諦めるな!見つけないと報告書の量が増えて反省文も追加になるぞ」

 「いやッスー!」


 落ちたと思われる個所の地面を、手とひざを着き探す。

 無力化したのちの遺体の一部は、専用の魔術式で当該墓所とうがいぼしょを探知し、埋葬し供養し直すまでがお仕事なのだ。


 探し始め少し経った頃、


 「あ!! あったッスーー!」


 桜がお目当てのものを見つけることができた。


 「センパイ!見つけ―――」 そして油断していた。


 桜が京弥へ振り向くと同時に、黒く獰猛どうもうな敵意が、俊敏に桜へ襲い掛かったのである。

 

 「ッ桜!」


 襲い掛かったモノは桜の肩へ噛みつき、鋭い爪を振るい、腹の底から凶暴なうなり声をひびかせた。

 咄嗟とっさに京弥は腰に下げた剣を抜き、距離を測りながら振り下ろす。

 襲い掛かってきたモノは、剣に反応し身をひるがえして桜から離れた。


 ガルルるゥゥウウガAahaaa―――


 鋭い牙をき出しに威嚇いかくする悪意は―――


 「‘魔犬まけん‘か。森から迷い込んだな」



 魔犬まけん

 強靭きょうじんな牙と俊敏しゅんびんな動きで、人を害する魔獣の一種である。

 魔獣とは‘魔法元年‘以降に存在が確認された、魔力の負の遺産。

 以前より生息していた動植物へ、高密度の魔力が浸透しんとうし変異したモノ…または変異したのち繁殖はんしょくしたモノを指す。


 「シッ!」


 短く鋭い呼吸と共に、桜の体から離れた魔犬へ、再び京弥が剣を振るう。

 またたくく間に魔犬へ浅い傷を負わせた。

 魔犬の血が地面へ滴り落ちる。


 GuuUUUU―――!


 魔犬がひるみ、数歩後ずさりしたところで、刃の切っ先を真っ直ぐに魔犬へ向け、京弥は桜をかばう。


 「大丈夫か?」

 「……よくもヤッてくれたっスね。このワンちゃんは」

 

京弥の心配に応える前に、桜は京弥の背中から目で追えぬ速さで跳び上り、魔犬のはるか頭上から下を見下ろす。


 手には再び数枚の呪符。

 その手の呪符へ、術式起動に必要なエネルギーとしては多すぎるほどの魔力を注ぎ、呪符が青白く輝いた。


 「痛いんスよこのー!」


 呪符が桜の手から飛び、魔犬へ届いた瞬間爆発するように青い炎がく。


 ギャaaAAAウuuuu―――――!


 炎に包まれた魔犬の皮膚が、焼けるようにただれ始め、爛れたそばから肉が枯れ木のような様相ようそうへと変わる。


 呪符による炎は、呪符内の術式魔力と対象より散らされた魔力が混ざり合い、結果として炎のように見えるだけであり、燃焼のような熱を発するものではない。

 しかし、熱を持たない錯覚の炎が魔物の魔力を奪い、その肉体が崩れていくさまは、はからずしも肉がけるひどさと似た。


 そして身動きが取れなくなった魔犬へ、京弥が深々と剣を切り込みとどめとした。


 「フゥ―…」


 安堵あんどの呼吸を吐き、京弥は数メートル頭上から地面へ降り立った桜へと向き直り、再び言葉を掛ける。


 「おいホントに大丈…?!」


 桜の様子を確認した京弥は、恥ずかしそうに赤面し、胸元を隠す桜を見て硬直した。

 

 それもそのはず。


 桜の、魔術による防御が編み込まれた霊園山からの支給衣装は、柔肌やわはだへ牙を届かせはしなかったが、役割を果たし胸元の部分がけてしまっている。

 支給衣類の下は、更に魔術的な防御を編み込んだインナーが着こまれていたが、このインナーは体の動きを阻害しないよう肌に張り付くようなデザイン。

 桜の身長の割には大きめの、胸の形を隠すことが出来なくなっていた。


 「…コッチ見ないでくだサイ。」

 「……!おあっわっワルイ!」(思ったより…デカい…!)


 桜は、京弥の男性的な視線に、流石さすがに恥じらいを覚え顔が熱くなるのを感じた。

 応急的に衣装の裂けた部分を小さく結び、胸元をかろうじて隠すことにする。


 「あからさまにオッパイを視すぎッスよ。最悪っスね。最低ッス」

 「イヤミテネェヨ。」(天使ではなく、天使と…いうことか…)

 「遺言はそれだけッスね?」

 「アリガトウゴザイマシタ」(我が人生に一片の悔いなし)


 桜が先ほど呪符に込めた以上の魔力をてのひらへ集中させ、京弥の顔面へ叩き込もうとした時。  

 さらに1頭の魔犬が2人から墓石のかげから走り出した。隠れながら様子を伺っていたのだろう。

 しかし、2人にかなわぬと感じ逃走をこころみたのである。


 「! …まだいたのか」


 走り出した魔犬が器用に顔のみを2人に向け、自身を追跡しようとする男を、恐怖におののきながら一瞥いちべつした時であった。

 桜は魔犬の口にくわえられたモノを見た。


 「あっ鎖骨さこつッス」

 「オイ待てコラァァァ返せ―――!」


 桜が先の魔犬に襲われた際、手に持っていた鎖骨さこつを手放してしまっていたのだ。

 それが偶然隠れていたもう1頭の魔犬の傍へと転がり、「これ幸い」とかすめ取っていた。

 忙しい夜は、まだ始まったばかりなのである。


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