新しい夜が来た(2)

水影山と白捨山のふもとには広大な墓地が広がっており、昼夜共に巡回人が職務に当たっている。


 霊園山専任の人間が墓地と商業施設の管理及び巡回を行う。

 専任で無い義瑠土の登録員が、契約のもと墓地のみ巡回業務を行っていたりと、様々な立場の人間が霊園山に関わっているのである。


 特に夜間の巡回は‘魔獣の駆除やアンデッドへの対応‘など戦闘力が求められる場面も多い。

 荒事に慣れた人材が必要なのだ。

 そんな荒事もこなす若い男女2人が墓地区画に向かう道を歩き始めたのだが、京弥のどこか考え込むような表情に桜がいぶかしんだ。


 「センパイ顔色悪いっすよ?イケメンが台無しっス」

 「いや……」


 「(どおしたんスかね?)」


 煮え切らない返事だ。

 こっちまで不安になってしまう。

 そう思った桜は、少しセンパイをおちょくってみることにした。


 「セェンパァイ。さっき駅に着く前に走ってる私のどこ見てたんスか?なんだかお尻のほうに目線がいってたような…。センパイのエッチ」

 「いぃいいやぁ?ミテネェヨ」

 「……不問にしまスけど。で? どしたんスか」


 ひど動揺どうようしているセンパイに冷たい目を向けつつ、桜は再び京弥に問う。


 「……お前も義瑠土ぎるど教導きょうどうで習ったろうが、魔法元年まほうがんねん以降の‘ゴースト‘ってのは--」


 京弥は、先ほど登場から怒涛の速度で退場するに至った‘ゴーストという魔物‘について語った。


 ーー人間の魂がもととなる霊は、魔法元年以前と同じく、霊感の才能や魔術行使がなければ視認できないことが多い。


 霊園山ここは、まあ、特別だけどな。


 ただ、魔法元年以前よりは魔力の影響で、物理世界への干渉や他者からの視認が比較的カンタンになってる。

 …視認できないのに有害性がある場合は魔獣より厄介だ。


 逆に霊感や魔術行使がなくとも視認できる程、未練や怨念を糧に存在強度が高まったゴーストは厄介とかそうゆう次元じゃない。

 無理だ。ホントいろんな意味で。

 

んでそこから怪異って呼ばれるものに変化して、語り継がれて、さらに力が強力につよくなっちまう場合もある。


 「さっきのゴーストは七郎さんのせいで珍妙なナリにっちまってたが…、冷静になるとヤバかったな。俺らにあそこまで接近してたってのに、存在に気付かなかった。七郎さんが居なかったら…」

 と、京弥は自身の心情を吐露とろするが、


 「う~ん…。ゴーストは実態があやふやで、イマイチ危険度とか対処法が固定しきれないところがあるんスよねぇ。まあ、‘物理が効きにくい’のと‘魔法が効きやすい’って覚えとけば問題ないっスよ」

 

 桜のいかにも直感的な意見に京弥は毒気を抜かれ、深く考えないことにしたのだった。


 ・

 ・

 ・


 京弥と桜の2人と別れ、七郎は亀甲縛りのゴーストを連れたまま山林の中にいた。


 「あなたは死んだ」


 七郎がゴーストに対しハッキリと伝える声が、山林の騒めきの中で確かに響いた。


 ―――??????


 「もう死んでるんだ」


 ―――??k@??

 七郎の一言を切っ掛けに、黒縄で捕縛した直後とは比較できない程、ゴーストの存在が不安定に揺らぐ。


 「死を認め、安らかに眠りたい意思が残っているなら、霊園山ここ自慢のシスターが優しく眠らせてくれる」

 

 ―――dhんd女f憎iiい:@:p;*-憎憎


 自身の死の実感。その実感が無いことにより苦痛を忘却し、自身を生者と思い込んでいた彼の在りようにごっていく。

 ゴーストの凶暴性と悪意が膨らんでいくのが理解わかる。

 本来、ただのゴーストが人間に物理的に危害を加えることは難しい。


 しかし、霊園山ここは日本で数少ない大規模な魔力の力場りきば


 この日本と、十数年前にゲートによって繋がった異世界風に表現するならば‘迷宮ダンジョン’と呼ばれる場所。



 周囲の魔力を得て、異常な速度で存在強度を上げていくゴースト

 その至近距離に立っている墨谷七郎という男の眼は、何処も見てはいない。

 

 ―――はytsgbんm吊は首ィiiィィィィ!!!


 次の瞬間には膨らみ切った悪意を巨大な爪に変化させ、ゴーストは間近まじかの男に襲い掛かる。

 しかし、この展開を当然の如く予想していた墨谷七郎の手には、いつの間にか得物えものが握られていた。

 

 それは殺意できたえられ、数え切れぬほどほふった魔物の血により、荒く研ぎ澄まされた黒剣こっけんだ。

 その重厚じゅうこうさから剣ではなくなたと表現しても差し支えは無い。


 その黒剣を片手で振るい、またたききの間に変異した霊体は切り捨てられたのであった。

 

 ――構っているほどひまも余裕もない。


 黒剣をに預け収納する。

 

 七郎は視線を一瞬だけ、消滅していく悪霊に向ける。

 そして再び歩き出した。


 「今度こそ守るんだ。嗚呼ああ、だから、まだ止まれない。皆《みんな》の分も俺が…」


 脳髄のうずいと、まだきっと何処かにある自分の魂の間で、後悔を吐瀉物としゃぶつのように反芻はんすうする。

 

 失意と後悔を抱えながら、男は未だ明けない夜のなか、一筋の救いの光を求めはしり続けるのだった。


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