新しい夜が来た(1)


 尻込みするような暗い夜道は、ここで働く人間にとっては通い慣れた道だ。


 道のはた、乱雑に生える木々の葉が‘ざわざわ‘と音を鳴らす。

 それがまるで人間の声のように聞こえる。


 心もとなく道を照らす街灯が、風もないのに揺れる枝を照らす。

 それが、おいで、おいでと…誘う腕のように見えた。


 「いやー、今夜もお勤めがはかどりそうっス」


 そう明るい調子で、独り言なのか判断に困るトーンで話しているのは、小柄な女性だ。

 肩の上で切り揃えた髪とハッキリとした顔立ちが特徴の、この場所一番の元気印。

 こんな暗がりの仕事は、似つかわしくないように感じる。


 「いつもどおり、何事も無くが一番なんだけどな」


 女性と隣り合わせに歩く男は、ややぶっきらぼうに返答を返す。

 しかし、油断なく辺りを見回すフリをして、チラチラと女性に視線を送っていた。


 ‘――しまった。素っ気なく思われたか!?しっかし今日もかわいいなおいぃぃ――‘


 と、心の中で気になる女子からの印象を心配する茶髪の男は、女性より頭2つ分背が高い。

 そして、腰から下げる‘剣と呪符じゅふ‘が、男を物騒な印象にさせる。

 対して女性の腰には剣はなく、呪符のみが束になり下げられていた。


 「今夜の集合地点は墓地区画直行の番駅じゃなくて、ちょっと離れたさん番駅前だからこのままじゃ遅れるかもな。急ぐぞ」


 「そッスね。じゃあ、駅前まで競争っス!」

 「あッおい、待てよ!」


―――もうどうせ‘あの人‘は、参番駅に先に着いて待っているのだろう。


 もうちょっと2人きりと洒落しゃれこみたかったが、仕方がない。

 多少残念がりながらも男は、走る女性の後ろ姿に鼻の下を伸ばしつつ、駆け足で目的地に向かうのであった。


 ・

 ・

 ・


 先に参番駅に到着した女性が少し息を切らしながらも、後ろから追ってくる男にピースサインを贈る。


 「イッチバーン! 私の勝ちっスね。ハァー…やったやったぁ。ブイ!」

 「はいはいワカッタワカッタ。お前の勝ちだよ、まったく(天使だ)」


 電灯が駅を照らす。

 大きなが数匹、電灯の周りを飛び回るたびに影が揺れ動いた。


 参番駅は、隣り合う水影山みかげやま白捨山しろすてやまの双山からなる霊園山の……ちょうど合間あいまの位置にある駅である。


 広大な霊園内。

 その立ち入り可能区域を線路がつなぎ、訪れる人々の移動手段となっている。

 ただし、日没から日出ひのでまでは乗客を乗せ運行しない。


 日が沈めば、安全区域は非常に限られた場所のみとなる為だ。



 「 こんばんは 」


 今しがた駅に到着した男女に声がかけられ、茶髪の男が安心したように表情を緩める。

 その見知った人物の名を呼んだ。


 「七郎さん!遅くなりました」

 「遅れてはいないよ。ここに来る途中なにか変わりは?辻くん、櫻井さん」


 茶髪の男の名は つじ 京弥きょうや

 2年程前に【義瑠土ギルド】の登録員となった日本人である。


 櫻井さくらい さくら は【義瑠土ギルド】への登録のために、ごく最近に実地研修の一環としてこの霊園山に派遣され、辻京弥が指導を行うこととなった。


 そして駅の入り口に立つ男。

 駅名が照らし出される電灯掲示板の下で、柔和な表情のまま2人へ声をかけたのは 墨谷すみたに 七郎しちろうである。



 柔らかな雰囲気をまとう若い見た目の男だ。

 だが、眼下がんかくまが目立つ。

 なにより夜に塗りつぶされたような真っ暗な瞳が、櫻井さくらいの背筋をたびたび寒からしめるのだった。


 (この人優しいんだけどちょっと不気味で苦手なんスよねぇ…)、と内心で思いながら彼女は七郎しちろうへ答える。


 「特に何も無かったッス。京弥センパイはなんだかキョロキョロしてたッスね。ビビッてるんスかぁ~?」


 「そんなわけないだろ。お前はいい加減落ち着いて、周囲に気を配った方がいいぞ(俺が守ってやりたい)」


 「えー?何も無かったからいいじゃないスかー。…あったらそれはそれで怖いし。それになにかあったら京弥センパイを盾にするッス」


 「いいぞ存分に盾にしてくれよ!(ひでぇ)」

 「え?」


 一瞬の沈黙。 


 「え?……いッッイヤッ!?なんでもねぇよ!?」(やべぇぇぇぇぇぇつい本音と建前が逆にぃぃぃぁぁあぁあ)


 「そうスか?……ふふ」


 男の失言に、女性は目を細めたのし気に顔をほころばせた。


 「……ぅ」(いやぜってぇ聞こえてたし…。そんな楽し気な目で見んなよ。クソッ)


 ――この2人イチャイチャしてる…!。他人の目があることを忘れてっ。うらやましくなんかない。うらやましくなんかなやっぱりうらやましいです。くぅぅおじさん見せつけられてるぅぅぅ。


 「すごいものを見せつけられている気がする。でも彼女、完全に理解わかってもてあそんでるよね」


 ――小悪魔系女子っていいですよね。


 「でもあれで付き合ってないらしいよ」


 ――…ちょっとやらしい雰囲気にしてくる。


 「はいダメ」


 ――むぐうぅぅぅ!?


 七郎は取り出した縛縄しばりなわで、いつの間にか接近していた4~50代と思われる男性を拘束するのだった。

 その突然の展開に京弥は動揺する。


 「うおっビックリした!ぜんぜん感じ取れなかった。…その人が最近噂になってるですか?」

 「そうみたいだね。やっぱり参番駅をフラフラしてた。最近、女性客から参番駅付近で頻繁に目撃談が寄せられていたんだ。‘駅の柱の陰からネットリ見てくる不気味なおじさんがいる‘って」


 ――うぐうぅぅ!むぐうぅぅぅ!


 本日の夜勤巡回は、この霊《ゴースト》を見つけることが目的の1つだった。

 その為に集合場所を参番駅に指定したのである。

 この駅に居なければ他の駅も巡回する予定だったのだが、存外ぞんがい苦労なく見つけることができた。


 「センパイはっきり視えるんスか。私はあんまりよく視えないっス。何もいないような…でも少し‘そこ‘の空間が乱れて見えるような…う~ん?」

 「俺だってそんなにハッキリとは視えねぇよ。かろうじてヒトの形には感じるけどよ」


 ――んほぉぉぉぉ。らめぇぇぇぇ! らめなのぉぉぉ!


 「でもなんで亀甲縛りなんスか…。てか今の一瞬でどうやって亀甲縛りに…」

 「なまじ姿がよく視えねぇから、亀甲縛りが宙に浮いてる光景はシュールだな…」


 ――くいこんじゃうのおおぉぉ!!


 縛り縄は墨谷七郎作の特別製であり、対霊的存在に効果を発揮する魔道具。

 正式名称は黒縄こくじょう

 魔術式を溶かし込んだ薬品に漬けた繊維せんいで編み込んだ一品であり、肉体のない存在でも捕縛することができる。

 黒色くろいろと少しの金色きんいろ繊維せんいみ込まれ、民芸品のような美しい配色となっている。

 

 美しい配色が亀甲縛りで食い込んでいる。


 「じゃあこのヒト?の話を聞きながら一旦戻るから2人は先に巡回に出発してほしい。予定通り今日は参番駅から弐番駅までの通路及び墓地が範囲となっているから。昼間の巡回人からは何も異常は報告されていないよ」


 ーーでは少しの間2人でよろしく。


 そう言い残し、七郎は水影山義瑠土支部の方向へ一旦引き返す。

 無論、一時拘束されている霊と共にである。


 「じゃあ巡回始めます」

 「ハーイ。先に巡回してまスッ」


 そうして今日も夜の巡回が始まったのだった。


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