霊園山(2)
「相変わらずどこに目がついてるんだ。
耳ざとく
「
「いやそういうことじゃなくてだね…」
――あんたもあんたでちょっとズレてるね。
――あらぁ、ありがとうございます。
――これが
「あらあらあらぁ、お
…シスターと言えば清貧を重んじるイメージを持つ人もいるのではないか。
しかし、この場にいる年若い修道女は、甘味の存在を察知するや一瞬ではむはむした。
「客に茶を出す前に、その客の土産にかぶりつくんじゃないよ」
竜子もあきれ顔だが、知らない仲では無いので目をつむる。
何より竜子は、火傷により不自由になった体を引きずり、過去を語らないこの怪しい修道女を
――まあ、過去を語らないっていうんなら
「(この男も
竜子にとっては、シスター・シルヴィアだけでなく、墨谷七郎とも長い付き合いとなる。
10年ほど前、自身が所有する双山は、小さな霊園と、閉館し廃墟となった数
その白捨山の
夫は大きな旅館を経営する一族の息子であったが、恋仲になったやくざ者の親を持つ竜子との結婚に、夫の一族は反対した。
結局最後には、多少まとまった金を持たされ夫は家を勘当、放逐されたのである。
竜子は、夫の家族に
夫に申し訳なさを感じながらも、家より‘私’を選んでくれたあの感動と言ったら。
止まらない私の涙で、縋りつかれた自身の服の
夫と共にたどり着いた新天地であるこの双山。
この山に細々とした温泉の源泉があることを知った私達は、有り金すべてと借金で、山と小さな宿を買った。
そこから温泉と景色を売りに切り盛りさせた小旅館。
評判を聞きつけた客足も悪くなく、一時期は周辺にいくつか他の旅館も立ち、
しかし、いつからか温泉が枯れ、客足が途絶え、あっけなく私たち夫婦の夢の時間が立ち消えた。
不便な山中の生活を捨て、町に
しかし、
捨てられなかった。
‘いつかまた君と宿を開けたら’という病に
離れられなかった。
そんな生活を続けている中、12年程前に原色の流星が夜空を
日本中が激しい変化の荒波のなかにあるとき、この山や麓の町にも少なからず事件があった。
とてつもなく凶暴な動物に人が襲われたり、‘幽霊を見た!’なんて話が異常に増えたりする。
そして原色の流星から始まる魔法元年から、混乱が収まらないまま2年が過ぎたある深夜。
突如、山の頂上付近で爆発のような激しい光が起こった。
この光については未だに原因がわかっていない。激しい光であったのだが深夜の為、直接の目撃者は少なかった。
少ない目撃談をまとめても「炎のようだった」「大きな鳥のような形が見えた気がする」と要領を得ない。
この発光とほとんど同時期に、世間を騒がせた異世界の
その発光事件から数週間後である。山の
その男は、
その男は山でひとり暮らす竜子を見ると、
「こんばんは。一晩宿を貸してくれませんか?」
と、真昼間にのたまったのである。
・
・
・
―この目の前に座る男…七郎とはじめて会ったのも、もうずいぶん前になるかい…。
竜子は、もう長い付き合いになった客人達と共にテーブルを囲みながら、そんな2人と出会った当初の記憶を無意識に
「どうかなさいました?」
シスターの声に、竜子は我に返る。
「なんでもないよ」
「よかったです。ついに老人性
「ボケとらんわ!」
「ふふふ」
シスター・シルヴィアが嬉しそうにほほ笑む。
少々距離感がつかみきれない冗談に、竜子も
「ボケて死ぬにはまだ早い。生憎とまだ旦那が迎えに来んでな。あの
皮肉顔で笑いながら竜子はそんなことを言ったが、その言葉を聞いたシスターは笑顔のまま目に涙を浮かべ始めた。
そのまま魔法で宙を滑り、すごい速さで距離を詰め、竜子を抱きしめ頭を撫で始める。
先ほど冗談を言っていたシスターの声は震え、笑顔を浮かべながら泣いていた。
「いいえ。いいえ。死んではだめです。いなくならないでください。ずっと此処で笑っていてください。此処で
―情緒が少しおかしいのは昔からだが、だんだん抑えが効かなくなってる気もするねぇ。
そう思いながら、約10年前からの付き合いのシルヴィアの頭を撫でる。
このシスターは、墨谷があたしんとこに居ついてからしばらくして…、どのくらいだったか。
物々しい全身鎧を纏った騎士なんて、とんでもないヤツらを引き連れてウチに現れたんだよ。
車椅子に乗りながらさ。
―‘夢の時間を、取り戻したくはありませんか?’
―‘
‘ですからこの山を
「そういえばあんたら2人が
なんとなしにそう竜子はつぶやきながら、若干
経験上、彼女は誰かを
まあ、さすがに
「ああん」
残念そうな声をあげて、落ち着きを取り戻したシスターは’にゅるん’とした動きで宙を滑り席に戻る。
竜子は、無意識に思い出した自身の過去と、今日の客人たちとの出会いの記憶から、
当事者でもある客人たちに、聞かせるように語る。
「あたしもあの頃はいろいろ投げやりになってた。シルヴィアの話の
そこまで語り、最後に
「最後には山の中に、線路まで引いちまったのには驚くばかりさね」
と締めた。
「
「かかか」
「ふふふ」
2人が思い出したように笑っている。
そんな女2人の密月を
なぜ自分はここに呼ばれたのか。
来訪してからも全く解消されない疑問を、日課となっている脳内での魔術式の構築研究と並行しながら思ったのだった。
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