明けぬ獄夜に縋る糸～少女の愛が届かない 異世界繋がる現代暗躍復讐譚～

霊園山(3)

　竜子（たつこ）の住まう屋敷に呼ばれた墨谷七郎は、本日呼び出された理由を、ついに直接伺（うかがう）うことにした。

　「それで…。今日此処（ここ）に呼んだのは、いったいどうして？」

　「そんなもん決まっとる。おまえがまったく顔を見せんからだ」

　　憮然（ぶぜん）と竜子はそう言ってのける。長い付き合いになる男が、ただ、心配で呼んだだけだったのだ。

　――これだからこのひとは。

　憎めない。本当に優しい人だ。

　竜子らしい不器用な優しさを感じつつ、七郎は若干の不満を伝える。

　「ええぇ…？結構これでもいそがしいんだよ」

　「そうみたいだな。お前の話も多少は耳に入る」

　「多少て」

　「どうもおかしな話がな。朝昼晩ずっと霊園山のどこかしらで、お前を見るっていう怪談じみた話だ」

　「そりゃあ霊園山（ここ）で働いてるんだから、霊園山（ここ）でいろいろな人とも話す。怪談というのは大げさすぎるよ」

　「何人かの口からアタシの耳に入った話をまとめるとな…。朝昼晩から夜中、そのまま次の朝昼晩と続いて絶え間なくお前は…この山のどこかしらで動いているように思えてな。……お前いまどこに住んどる？　最後に休んだのは？　そもそも寝とるのか？」

　竜子は、今はこの華瓶街（けびょうがい）の取締役と呼んでもよい立場である。

　しかも、ふんぞり返っているだけの立場というのは、働き者の彼女の性（しょう）に合わず、頻繁（ひんぱん）に華瓶街（けびょうがい）の店や、義瑠土支部に顔を出していたりする。

　その生活の中で竜子は、顔なじみである墨谷七郎の様子をそれとなく聞いていたのだ。

　「………」

　休息。

　そんなものは必要ない。

　これからも戦って、蒐集（しゅうしゅう）して、開発して、立証して、検証して、修正して、実証して、また戦って、必要なモノ全てを積み上げていくしかないのだ。

　走り続けなければ。走り続けなければ。

　そうでなければ。

　朝は来ない。

　「七郎なら大丈夫ですよ」

　竜子と七郎の間に、シルヴィアが割って入った。

　シルヴィアの他人事のような言葉に、竜子の表情が曇る。

　「大丈夫っておまえ…休みもなく動き続けるってのは、どう考えても無理がある」

　「この人にはまだまだ働いてもらわないと♪　霊園山はいつでも、人手不足ですからぁ」

　「人手不足だからと言っても、限度があるわい」

　　未だ憮然とした竜子はシルヴィアを諫（いさ）めるが、

　「問題ないよ。それに夜間巡回は義瑠土からの人員に任せることも多い。若手にも実力のある人達がいる」

　　シルヴィアの無慈悲な言葉に同調したのは、当の七郎であった。

　　七郎の言葉に、笑顔のままのシルヴィアが続く。

　「その若手の方々から‘墨谷さんが夜警中にどこか行ってサボってる’なんて苦情が来てるくらいですから。むしろ力を抜きすぎているのでは？」

　「あれ？」

　「ふん。サボっとるくらいならちょうどええか」

　シルヴィアに同意したはずだが、責められてしまった。どうして？

　七郎は納得できない気持ちになったが、それ以上は何も言わないことにした。

　そこからシルヴィアによって新たな話題が話される。

　「それよりも近く監査が、霊園山（ここ）に入ることはご存じですか？」

　「ああ、聞いとるよ。義瑠土からお目付け役が来るっちゅう話だろ」

　「正確には義瑠土と“向こうの世界のギルド”…。まあ、日本の義瑠土というシステムは本家本元の異世界ギルドの支部みたいな存在ですので、同じようなものですけれど。それぞれの組織から人員が派遣されてきます」

　異世界の専門職仲介組織（ギルド）の支部という形で日本に設置され組織が、現在の‘義（・）瑠（・）土（・）’として日本で定着している。

　異世界では採集、探索、討伐といった多方面（あるいはその複合）にわたる依頼を受領し、その依頼の内容や難易度に合わせ、適切な人材へ仲介する。

　ギルドという組織は、すべてのヒト種の生活に深く関わっているのだ。

　探索や討伐依頼を専門に受けるギルドの登録者は‘冒険者’と呼称される。

　日本では、魔獣の駆除やアンデットの対応は、厳密には行政の管轄となる。

　それでも散発的な魔法的相談事例に素早く対処するため、現場レベルの判断で即投入できる人材を把握し、連絡する機関として義瑠土は重要視された。

　……ちなみに、異世界ギルドでは、ギルドに登録されている個人に対し依頼達成実績によるランク分けを行っている。

　登録して間もない見習いとしての意味合いが強い「黒石級（こくせききゅう）」。

　教導（きょうどう）や手助けを必要とせず、個人で活動が可能であり、パーティーを組むなどしても組織内で役割を全うできる「鉄貨級（てっかきゅう）」。

　鉄貨級相当の依頼を達成した実績を積み重ね、なおかつ一定数の討伐や捜索救助実績があり、ギルド組織に認められた実力を持つ「銀飾級（ぎんしょくきゅう）」。

　指定討伐種の魔物や、銀飾級クラス以上の実力を持つ重犯罪者を捕縛・討伐が可能な「金冠級（きんかんきゅう）」。

　ヒト種（しゅ）の天敵、魔王種と成った存在を退ける武力を持つ「白星級（はくせいきゅう）」。

　上記のように依頼達成実績や、登録者の素行（そこう）をギルドが調査判定し、受注可能な依頼を位（ランク）ごとに制限するなどして管理するのだ。

　特に、国力及び軍事力に直結する人材を把握するため、討伐依頼を達成した場合ランクが上がりやすい。

　また、ギルドへの登録の有無に関わらず、異世界人類史に刻まれる功績を残した個人へ、異世界ウィレミニア三国同盟から与えられる‘星譚至天（せいたんしてん）’という位もある。

　異世界の魔法史を１００年進歩させる研究成果を挙げた者。

　連隊規模の軍でも討伐不可能であった魔物を、個人で打倒した者。

　お伽噺（とぎばなし）の類の活躍を見せた個人たちであり、文字通り星座神話の如く、語り継がれる偉業を成した者に贈（おく）られる位だ。

　だが日本義瑠土では、異世界ギルドの等級制度は定着しなかった。

　特質すべき人材に、その特質性を現す二つ名を決定し共有している。

　つまり、その程度の適当なランク分けで問題ない程度の頻度や脅威度にしか、日本は直面したことがないのだ。

　「いつもどおり、どっしり構えて仕事をすりゃあいい。やましいことなんぞ、なんにもない」

　「そおですねぇ。七郎が目を付けられなければいいですけどぉ」

　ここでシルヴィアの視線が再び七郎に向けられるが、七郎は何とも言えない顔をしてお茶を啜（すす）る。

　――まあいつも通りやるよ

　――お願いしますねぇ

　そんな七郎とシルヴィアのあっさりとしたやり取りの後、女性2人の話題は変わり、また場に姦しさが戻る。

　２人を眺めながら七郎は、先ほど話題に上がった監査のことを少しだけ考えようとして……やめた。

　いつも通り繰り返すだけだ。

　狩りも。蒐集も。いつも通りに積み上げる。

　それが自分の願いに続くものだと信じて。