新しい夜が来た(後)


 さん番駅から番駅へ最も短時間でたどり着くには、徒歩の場合、線路沿いの道を進めばよい。

 しかし、巡回において主な仕事は墓地区画で発生する。

 今夜の巡回路は水影山墓地区画の半分程度の範囲であり、朝方の規定時間に弐番駅にて交代要員と落ち合う予定だ。

 半分程度といったが、常人が半分の区画を徒歩で巡れば、2時間以上の時間が必要となる。

 

 そこはそれ、京弥と桜の移動速度は、常人のそれではない。


 魔力運用の基礎である身体強化により迅速に移動、また五感も強化され、いち早く異常に気付くことができるのだ。


 「だから何度も言ってるだろ。常に気を配って警戒しろ。巡回前だって山にいることは変わらないんだからよ」

 京弥からいつもの小言が飛んでくる。


 「わかってるッスよ。何かあればイチ早く気付くっス。大体、最近は私の方が反応が早いことがあるっスよ」

 桜は不満顔で答えながらも、指示通りあたりに気を配っていた。


 墓地区画内の整備された通路を2人並んで巡回するが、整備されているとはいえ、墓地区画内では街灯が極端に少なくなる。

 しかし、2人の頭上には辺りを照らす為の照明がおり光源には困らない。

 これは霊園山で夜間巡回用に支給される魔道具の一種で、魔力を燃料とし自動で浮遊し追従する。

 手をふさがずに使用できるため重宝されているのだ。


 桜が‘気を配ってまス‘と体全体でアピールするため、辺りを見渡す仕草をしている。

 その仕草が、小柄な外見と相まって妙にかわいらしい。

 京弥はそんな桜の様子をしっかりと眺めつつ、広大な墓地区画を見渡すと、自分たち以外の浮遊照明の光が見えた。


 「他の巡回も今のところ問題無さそうだな」


 広い墓地区画には、一晩中数チームの巡回者が見回りを行っている。

 その浮遊照明の光と街灯が点々と輝き、やや寂しくあるが夜景のような美しさも感じた。



 カシャリ…―――。



 「!」


 京弥は小さな…かわいた音が前の暗闇の奥で鳴ったのを聞いた。

 相方の緊張を感じ、桜の意識も張り詰める。


 カ…シャ―――。


 照明が照らすその先は闇。


 生暖かい風が2人の髪を揺らす。

 先の見えない道の先に、何者かが居ることを感じた。


 そうして、音のあるじはゆっくりと2人の前に姿を現す。


 浮かび上がるのは白い人型。

 おぼつかない足取りで、徐々に近づいてくる。

 人型は悲しむように両手で顔を覆っていた。

 否。覆えてはいない。

 肌があるはずの手指は白く異常に細い。

 肉があるはずの胸は、さく状の骨がきしむばかり。

 涙を流すはずのひとみはがらんどう。


 「…あちゃ―。今夜は出ちゃったッスね…」


 うめのども持たぬまま、未練にあえかえり立つ。


 ‘ 歩く白骨はっこつ ‘


 霊園山ここではそう呼称される。

 アンデッドに分類され、‘スケルトン’とも呼ばれる存在。


 肉体を失った魂が、未練や執念、妄執もうしゅうに囚われ、魔力をまがい物のイノチにして死からよみがえるのだ。


 「今月何度目でしたっけ。4件だったッスかね?」

 「一昨日おとといにもう1件で、5件だ」


 …大仰に紹介したが霊園山ここでは、まあ、やや珍しい程度の認識なのである。


 「じゃ、手順通りにいくぞ」

 「うッス」


 京弥と桜は呪符をそれぞれ取り出し、歩く白骨へ飛び道具のように投げ飛ばした。

 見事!呪符により白骨は清らかに浄化……ではなく、呪符は白骨のそばの地面へ。

 辺りに青白い炎が広がり、揺らめき始める。


 その炎が歩く白骨スケルトンを青く照らし始めた時、白骨は力なく膝を着き……バラバラに崩れ落ちた。

 頭蓋ずがいく、がらんどうの眼孔がんこうが恨めし気に2人を見つめる。

 そして2人は、

 「アーッ! いま一本骨が下の段に落ちたッス!」

 「げぇ! さがせさがせ!」


 転がっていったと思われる骨を、必死に探すハメになっていた。


 緊張感は無いが、これが霊園山での理想的なアンデットへの対処法である。

 装備した呪符で、歩く白骨の持つ魔力を散らし、再び現世げんせに立ち上がるだけの力を失わせたのだ。

 歩く白骨の体を構成する骨は、そのすべてが生前の体を支えていた骨ではない。

 火葬後、骨は焼け崩れ形を保つことは難しく、全身完璧な骨格をたもったまま埋葬されることは、まずありえない。

 しかし、足りない骨は魔力でつむぎ、少しでも生前の自分に、カタチを近づけようとするのだ。

 

 地を踏みしめ、肌で風を感じ、大切な誰かの手を握っていたあの頃の自分を取り戻そうと。


 そして、魔力で紡がれた体の大部分が霧散し、まぎれもなく自身のものであった骨は、再び地に落ち眠る。

 不思議と焼かれてもろいはずの骨は、魔力で強度が修復されていることが多い。

 これはその骨がアンデッドとしての、核のような存在になっていたからだと考えられている。

 その内の一本が最後の抵抗と言わんばかりに、闇夜に消えてしまったのだ。


 「どこッスか? どこッスか!? 暗くてよく見えないッスー!」

 「おお落ち着け。必ずそのあたりにあるハズだ! こういう時こそ視覚を強化してだな」

 「その辺の草の枝と見分けがつかないんスよー。多分アレ鎖骨さこつッス」

 「鎖骨さこつぅ……。イヤ諦めるな!見つけないと報告書の量が増えて反省文も追加になるぞ」

 「いやッスー!」


 落ちたと思われる個所の地面を、手とひざを着き探す。

 無力化したのちの遺体の一部は、専用の魔術式で当該墓所とうがいぼしょを探知し、埋葬し供養し直すまでがお仕事なのだ。


 探し始め少し経った頃、


 「あ!! あったッスーー!」


 桜がお目当てのものを見つけることができた。


 「センパイ!見つけ―――」 そして油断していた。


 桜が京弥へ振り向くと同時に、黒く獰猛どうもうな敵意が、俊敏に桜へ襲い掛かったのである。

 

 「ッ桜!」


 襲い掛かったモノは桜の肩へ噛みつき、鋭い爪を振るい、腹の底から凶暴なうなり声をひびかせた。

 咄嗟とっさに京弥は腰に下げた剣を抜き、距離を測りながら振り下ろす。

 襲い掛かってきたモノは、剣に反応し身をひるがえして桜から離れた。


 ガルルるゥゥウウガAahaaa―――


 鋭い牙をき出しに威嚇いかくする悪意は―――


 「‘魔犬まけん‘か。森から迷い込んだな」



 魔犬まけん

 強靭きょうじんな牙と俊敏しゅんびんな動きで、人を害する魔獣の一種である。

 魔獣とは‘魔法元年‘以降に存在が確認された、魔力の負の遺産。

 以前より生息していた動植物へ、高密度の魔力が浸透しんとうし変異したモノ…または変異したのち繁殖はんしょくしたモノを指す。


 「シッ!」


 短く鋭い呼吸と共に、桜の体から離れた魔犬へ、再び京弥が剣を振るう。

 またたくく間に魔犬へ浅い傷を負わせた。

 魔犬の血が地面へ滴り落ちる。


 GuuUUUU―――!


 魔犬がひるみ、数歩後ずさりしたところで、刃の切っ先を真っ直ぐに魔犬へ向け、京弥は桜をかばう。


 「大丈夫か?」

 「……よくもヤッてくれたっスね。このワンちゃんは」

 京弥の心配に応える前に、桜は京弥の背中から目で追えぬ速さで跳び上り、魔犬のはるか頭上から下を見下ろす。


 手には再び数枚の呪符。

 その手の呪符へ、術式起動に必要なエネルギーとしては多すぎるほどの魔力を注ぎ、呪符が青白く輝いた。


 「痛いんスよこのー!」


 呪符が桜の手から飛び、魔犬へ届いた瞬間爆発するように青い炎がく。


 ギャaaAAAウuuuu―――――!


 炎に包まれた魔犬の皮膚が、焼けるようにただれ始め、爛れたそばから肉が枯れ木のような様相ようそうへと変わる。


 呪符による炎は、呪符内の術式魔力と対象より散らされた魔力が混ざり合い、結果として炎のように見えるだけであり、燃焼のような熱を発するものではない。

 しかし、熱を持たない錯覚の炎が魔物の魔力を奪い、その肉体が崩れていくさまは、はからずしも肉がけるひどさと似た。


 そして身動きが取れなくなった魔犬へ、京弥が深々と剣を切り込みとどめとした。


 「フゥ―…」


 安堵あんどの呼吸を吐き、京弥は数メートル頭上から地面へ降り立った桜へと向き直り、再び言葉を掛ける。


 「おいホントに大丈…?!」


 桜の様子を確認した京弥は、恥ずかしそうに赤面し、胸元を隠す桜を見て硬直した。

 

 それもそのはず。


 桜の、魔術による防御が編み込まれた霊園山からの支給衣装は、柔肌やわはだへ牙を届かせはしなかったが、役割を果たし胸元の部分がけてしまっている。

 支給衣類の下は、更に魔術的な防御を編み込んだインナーが着こまれていたが、このインナーは体の動きを阻害しないよう肌に張り付くようなデザイン。

 桜の身長の割には大きめの、胸の形を隠すことが出来なくなっていた。


 「…コッチ見ないでくだサイ。」

 「……!おあっわっワルイ!」(思ったより…デカい…!)


 桜は、京弥の男性的な視線に、流石さすがに恥じらいを覚え顔が熱くなるのを感じた。

 応急的に衣装の裂けた部分を小さく結び、胸元をかろうじて隠すことにする。


 「あからさまにオッパイを視すぎッスよ。最悪っスね。最低ッス」

 「イヤミテネェヨ。」(天使ではなく、天使と…いうことか…)

 「遺言はそれだけッスね?」

 「アリガトウゴザイマシタ」(我が人生に一片の悔いなし)


 桜が先ほど呪符に込めた以上の魔力をてのひらへ集中させ、京弥の顔面へ叩き込もうとした時。  

 さらに1頭の魔犬が2人から墓石のかげから走り出した。隠れながら様子を伺っていたのだろう。

 しかし、2人にかなわぬと感じ逃走をこころみたのである。


 「! …まだいたのか」


 走り出した魔犬が器用に顔のみを2人に向け、自身を追跡しようとする男を、恐怖におののきながら一瞥いちべつした時であった。

 桜は魔犬の口にくわえられたモノを見た。


 「あっ鎖骨さこつッス」

 「オイ待てコラァァァ返せ―――!」


 桜が先の魔犬に襲われた際、手に持っていた鎖骨さこつを手放してしまっていたのだ。

 それが偶然隠れていたもう1頭の魔犬の傍へと転がり、「これ幸い」とかすめ取っていた。

 忙しい夜は、まだ始まったばかりなのである。


 ・

 ・

 ・


 「ハァ――ハァ――――…。やってやったぜ…。取り戻したぞ。」


 数時間後。明け方近くなり、空は白み始めている。


 思いのほか俊敏に逃げ回る魔犬を追い回すハメになり、やっとの思いで魔犬を仕留めたと思いきや、さらに魔犬の小さな群れが現れたのである。

 その群れに鎖骨さこつを奪われ、鬼ごっこ第2ラウンドが開始され心がくじけそうにもなった。


 しかし! この手に取り戻した宝モノをもう離すまい…と京弥は息を切らしながら、どこの誰のものかも判らない人骨を大切に胸にく。


 「ハ…。ハハッ。ははははははは! 俺の…勝ちだぁぁぁぁ!」

 

  桜はドン引きであった。


 ・

 ・

 ・


 夜間巡回の規定時間も、そろそろ終わりを迎えようとする頃。

 京弥と桜の2人が立つのは、ある墓石の前。


 「ここだな。」

 「そうッスね。間違いないッス。」

 

 しっかりと回収した‘歩く白骨‘の遺骨を、墓石に埋葬し直す為である。

 無念の想いを孕みながらも再び永い眠りについた白骨は、今は何も語らない。


 巡回者には、不死者を無力化する呪符のほかに、その不死者の帰り道を示す術式が仕込まれた呪符も支給されている。

 遺骨へこの呪符をえると、魔力の光がの者が眠る墓所を示す。


 2人は無言で墓石下の納骨室のうこつしつを開ける。

 納骨室内の骨壺の1つが空となっていた。

 

 …此処ここだ。


 この世界での不死者アンデットの出現直後、遺体・遺骨の取り扱いについての法も、改変が求められた。

 そして現在は、不死者への対処について必要に迫られた場合に、倫理に反せず良識的な範囲であれば、墓所の管理者又は管理者が認める人間に、対処を一任することが出来るのだ。


 空の骨壺へ丁寧に遺骨を戻し封をほどこす。

 2人は墓石に線香をき、名も知らぬ誰かのために手を合わせる。

 

 …いったい、この人の心残りはなんだったのか。


 何も語れぬ白骨を見るたびに、そんな事を思う。

 それを知るすべは無いが、どうか心安らかに眠ってほしい。

 2人は同じ思いを、合わせた手に込めるのであった。


 ・

 ・

 ・


 供養を終え、京弥と桜は、交代人員が待つ弐番駅へとたどり着く。

 昇った朝日が山を照らし、その温かさ故か、思い出したように若い男女を疲労がさいなむ。


 「はあ~あ。疲れたッスねー」

 「そぉーだな。魔犬の数が多くてしんどかった」

 「センパイこの後どーするんスか?…センパイのことだから寝るだけでしょうけど」

 「うっせぇ余計なお世話だ。…まあ寝るだけなんだがな」


 しかし、自分たちの仕事もこれで終わり。あとは駅で交代と合流するだけ。

 京弥はこの、朝日に照らされながら想い人と歩く時間が終わってしまうことを、名残惜しく感じていた。

 だからだろうか。

 普段なら羞恥心しゅうちしんに邪魔をされ、なかなか口に出せない言葉がすべり出たのは。


 「なあ…良かったら次の休み……俺と」


  「 お疲れ様 」


 そんな、男にとっての一大イベントを不意にさえぎる声。

 弐番駅で2人を出迎えたのは、巡回が始まった直後に別れ、合流が無かった墨谷七郎すみたにしちろうであった。

 本来は3人で行うはずであった巡回を2人で行い、それなりの負担もあったことから、桜は不満げだ。


 「……七郎さん。どこ行ってたんスか? 大変だったんスよー。……センパイどしたんスか?」

 「なんでもねぇ…。なんでもねぇよ…」


 京弥は朝日の方へ顔をそむけ、泣いた。

 桜は、そんな京弥の姿を不思議そうに見た後、合流しなかった七郎を再び責める。


 「参番駅で捕まえた幽霊は、支部に戻って浄霊処理したんスよね? ってゆうか駅で処理しちゃえば良かったじゃないスか。支部での浄霊と簡略浄霊に、そんなに変わりは無いッスよ」

 

 「正規の手順を踏んだ本職の浄霊の方が都合がいいんだ。でも浄霊が済んだ後にちょっと立て込んで…。申し訳ない」


 「国と義瑠土ギルドの監査が近々来るって噂もあるんス。霊園山の偉い人達とかに目を付けられても知らないッスよ。…この山に人が安全に入れるようにして、線路引いたり、観光業を成功させたりしたすごい人達らしいッスから。まあ、会ったこと無いッスけど」


 「まあ…、ずいぶん人が集まる場所にはなったね…」

 「‘なったね…。‘じゃないッスよ。センパイも何か言ってあげてくださいッス」


 桜は京弥へ、どうも意欲と危機感が感じられない七郎への忠告に同意を得ようとするが、当の京弥は駅から少し離れた墓地への入り口付近で、どうしてか黄昏たそがれている。 

 桜は溜息をつき、一旦矛を収めるのであった。


 「ハァ、もお…。(ホントこの人いつも何してるんスかね?センパイもビシッと言ってくれなきゃ)」

 

 桜の呼びかけが聞こえ、多少気分が持ち直したのか、京弥が戻ってくる。

 

 「すんませんシた。それで交代の人は何処どこに?」

 予定通りであれば弐番駅で交代人員と落ち合うはずになっているのだが、その姿は見えない。


 「ああ。ここから朝の巡回は引き継ぐよ。交代が来れなくなってね」

 

 と、予定の変更について伝えた後、

 「報告書を作成したら、帰って良く休んでね。お疲れ様。今晩の見回りもよろしく」

 労いの言葉を掛け、七郎はその足で巡回を開始する。


 どうやら交代人員は、ずっと目の前にいたようだ。


 2人は、夜間の簡単な報告を七郎へ行い、管理本部へ戻る。

 

 管理本部では登録者の帰還確認と、簡単な報告書の提出をパスすればいいだけであるので、仕事は終わったも同然である。 

 義瑠土支部の受付に、事の次第を報告し、京弥と桜は帰路につく。


 京弥と桜の報告を受けた受付女性は、2人を見送りながら首をかしげた。


 (墨谷って人とあんまり話したこと無いけど…。たしか記録上では一昨日から、ずっと朝晩朝晩って巡回しっぱなし…?)


 霊園山は夜が明けてなおブラックなのかもしれない。


 (転職しようかしら…?)

 

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