明けぬ獄夜に縋る糸--死への復讐は咎人達へ捧ぐ

三十三太郎

1章 蠢く山と烈剣姫

新しい夜が来た(前)

 

 失った。もう誰もいない。


 男が少女の頭を抱え、うめく。

 

 黒牢は破られ陽は登れども、隣に皆がいない限り約束は果たされず、夜は明けない。


 「この子がこんな目に遭っていいわけがない! あんな終わり方があっていいはずがない! 皆が奪われていいハズがない!」


 認められない。許せない。

 俺から皆を奪った世界も、誇りを捨てて悪逆に逃げたあいつらも。


 「奪い返してやる。死から!世界から! 奪い返してやる奪い返してやるっ奪い返してやるっっ!!」

 

 誓う。簒奪さんだつへの復讐を。

 たとえどんな手を使っても。

 あいつらと同じ場所に堕ちてもいい。

 

 いやきっと、俺はもう地獄に落ちているんだ。

 この子が信じてくれた善性こそが、自身をヒトたらしめる最後のよすがであったのだから。


 「皆と約束したんだ。全員で朝日を見ると……必ず生きて帰ると。その約束を果たす為に。その為だけに」


 男の、祈りすがるように暗闇を走る、夜が始まったのだった。


 ・

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 尻込みするような暗い夜道は、ここで働く人間にとっては通い慣れた道だ。


 道のはた、乱雑に生える木々の葉が‘ざわざわ‘と音を鳴らす。

 それがまるで人間の声のように聞こえる。


 心もとなく道を照らす街灯が、風もないのに揺れる枝を照らす。

 それが、おいで、おいでと…誘う腕のように見えた。


 「いやー、今夜もお勤めがはかどりそうっス」


 そう明るい調子で、独り言なのか判断に困るトーンで話しているのは、小柄な女性だ。

 肩の上で切り揃えた髪とハッキリとした顔立ちが特徴の、この場所一番の元気印。

 こんな暗がりの仕事は、似つかわしくないように感じる。


 「いつもどおり、何事も無くが一番なんだけどな」


 女性と隣り合わせに歩く男は、ややぶっきらぼうに返答を返す。

 しかし、油断なく辺りを見回すフリをして、チラチラと女性に視線を送っていた。


 ‘――しまった。素っ気なく思われたか!?しっかし今日もかわいいなおいぃぃ――‘


 と、心の中で気になる女子からの印象を心配する茶髪の男は、女性より頭2つ分背が高い。

 そして、腰から下げる‘剣と呪符じゅふ‘が、男を物騒な印象にさせる。

 対して女性の腰には剣はなく、呪符のみが束になり下げられていた。


 「今夜の集合地点は墓地区画直行の番駅じゃなくて、ちょっと離れたさん番駅前だからこのままじゃ遅れるかもな。急ぐぞ」


 「そッスね。じゃあ、駅前まで競争っス!」

 「あッおい、待てよ!」


―――もうどうせ‘あの人‘は、参番駅に先に着いて待っているのだろう。


 もうちょっと2人きりと洒落しゃれこみたかったが、仕方がない。

 多少残念がりながらも男は、走る女性の後ろ姿に鼻の下を伸ばしつつ、駆け足で目的地に向かうのであった。


 ・

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 先に参番駅に到着した女性が少し息を切らしながらも、後ろから追ってくる男にピースサインを贈る。


 「イッチバーン! 私の勝ちっスね。ハァー…やったやったぁ。ブイ!」

 「はいはいワカッタワカッタ。お前の勝ちだよ、まったく(天使だ)」


 電灯が駅を照らす。

 大きなが数匹、電灯の周りを飛び回るたびに影が揺れ動いた。


 参番駅は、隣り合う水影山みかげやま白捨山しろすてやまの双山からなる霊園山の……ちょうど合間あいまの位置にある駅である。


 広大な霊園内。

 その立ち入り可能区域を線路がつなぎ、訪れる人々の移動手段となっている。

 ただし、日没から日出ひのでまでは乗客を乗せ運行しない。


 日が沈めば、安全区域は非常に限られた場所のみとなる為だ。



 「 こんばんは 」


 今しがた駅に到着した男女に声がかけられ、茶髪の男が安心したように表情を緩める。

 その見知った人物の名を呼んだ。


 「七郎さん!遅くなりました」

 「遅れてはいないよ。ここに来る途中なにか変わりは?辻くん、櫻井さん」


 茶髪の男の名は つじ 京弥きょうや

 2年程前に【義瑠土ギルド】の登録員となった日本人である。


 櫻井さくらい さくら は【義瑠土ギルド】への登録のために、ごく最近に実地研修の一環としてこの霊園山に派遣され、辻京弥が指導を行うこととなった。


 そして駅の入り口に立つ男。

 駅名が照らし出される電灯掲示板の下で、柔和な表情のまま2人へ声をかけたのは 墨谷すみたに 七郎しちろうである。



 柔らかな雰囲気をまとう若い見た目の男だ。

 だが、眼下がんかくまが目立つ。

 なにより夜に塗りつぶされたような真っ暗な瞳が、櫻井さくらいの背筋をたびたび寒からしめるのだった。


 (この人優しいんだけどちょっと不気味で苦手なんスよねぇ…)、と内心で思いながら彼女は七郎しちろうへ答える。


 「特に何も無かったッス。京弥センパイはなんだかキョロキョロしてたッスね。ビビッてるんスかぁ~?」


 「そんなわけないだろ。お前はいい加減落ち着いて、周囲に気を配った方がいいぞ(俺が守ってやりたい)」


 「えー?何も無かったからいいじゃないスかー。…あったらそれはそれで怖いし。それになにかあったら京弥センパイを盾にするッス」


 「いいぞ存分に盾にしてくれよ!(ひでぇ)」

 「え?」


 一瞬の沈黙。 


 「え?……いッッイヤッ!?なんでもねぇよ!?」(やべぇぇぇぇぇぇつい本音と建前が逆にぃぃぃぁぁあぁあ)


 「そうスか?……ふふ」


 男の失言に、女性は目を細めたのし気に顔をほころばせた。


 「……ぅ」(いやぜってぇ聞こえてたし…。そんな楽し気な目で見んなよ。クソッ)


 ――この2人イチャイチャしてる…!。他人の目があることを忘れてっ。うらやましくなんかない。うらやましくなんかなやっぱりうらやましいです。くぅぅおじさん見せつけられてるぅぅぅ。


 「すごいものを見せつけられている気がする。でも彼女、完全に理解わかってもてあそんでるよね」


 ――小悪魔系女子っていいですよね。


 「でもあれで付き合ってないらしいよ」


 ――…ちょっとやらしい雰囲気にしてくる。


 「はいダメ」


 ――むぐうぅぅぅ!?


 七郎は取り出した縛縄しばりなわで、いつの間にか接近していた4~50代と思われる男性を拘束するのだった。

 その突然の展開に京弥は動揺する。


 「うおっビックリした!ぜんぜん感じ取れなかった。…その人が最近噂になってるですか?」

 「そうみたいだね。やっぱり参番駅をフラフラしてた。最近、女性客から参番駅付近で頻繁に目撃談が寄せられていたんだ。‘駅の柱の陰からネットリ見てくる不気味なおじさんがいる‘って」


 ――うぐうぅぅ!むぐうぅぅぅ!


 本日の夜勤巡回は、この霊《ゴースト》を見つけることが目的の1つだった。

 その為に集合場所を参番駅に指定したのである。

 この駅に居なければ他の駅も巡回する予定だったのだが、存外ぞんがい苦労なく見つけることができた。


 「センパイはっきり視えるんスか。私はあんまりよく視えないっス。何もいないような…でも少し‘そこ‘の空間が乱れて見えるような…う~ん?」

 「俺だってそんなにハッキリとは視えねぇよ。かろうじてヒトの形には感じるけどよ」


 ――んほぉぉぉぉ。らめぇぇぇぇ! らめなのぉぉぉ!


 「でもなんで亀甲縛りなんスか…。てか今の一瞬でどうやって亀甲縛りに…」

 「なまじ姿がよく視えねぇから、亀甲縛りが宙に浮いてる光景はシュールだな…」


 ――くいこんじゃうのおおぉぉ!!


 縛り縄は墨谷七郎作の特別製であり、対霊的存在に効果を発揮する魔道具。

 正式名称は黒縄こくじょう

 魔術式を溶かし込んだ薬品に漬けた繊維せんいで編み込んだ一品であり、肉体のない存在でも捕縛することができる。

 黒色くろいろと少しの金色きんいろ繊維せんいみ込まれ、民芸品のような美しい配色となっている。

 

 美しい配色が亀甲縛りで食い込んでいる。


 「じゃあこのヒト?の話を聞きながら一旦戻るから2人は先に巡回に出発してほしい。予定通り今日は参番駅から弐番駅までの通路及び墓地が範囲となっているから。昼間の巡回人からは何も異常は報告されていないよ」


 ーーでは少しの間2人でよろしく。


 そう言い残し、七郎は水影山義瑠土支部の方向へ一旦引き返す。

 無論、一時拘束されている霊と共にである。


 「じゃあ巡回始めます」

 「ハーイ。先に巡回してまスッ」


 そうして今日も夜の巡回が始まったのだった。


 水影山と白捨山のふもとには広大な墓地が広がっており、昼夜共に巡回人が職務に当たっている。


 霊園山専任の人間が墓地と商業施設の管理及び巡回を行う。

 専任で無い義瑠土の登録員が、契約のもと墓地のみ巡回業務を行っていたりと、様々な立場の人間が霊園山に関わっているのである。


 特に夜間の巡回は‘魔獣の駆除やアンデッドへの対応‘など戦闘力が求められる場面も多い。

 荒事に慣れた人材が必要なのだ。

 そんな荒事もこなす若い男女2人が墓地区画に向かう道を歩き始めたのだが、京弥のどこか考え込むような表情に桜がいぶかしんだ。


 「センパイ顔色悪いっすよ?イケメンが台無しっス」

 「いや……」


 (どおしたんスかね?)


 煮え切らない返事だ。

 こっちまで不安になってしまう。

 そう思った桜は、少しセンパイをおちょくってみることにした。


 「セェンパァイ。さっき駅に着く前に走ってる私のどこ見てたんスか?なんだかお尻のほうに目線がいってたような…。センパイのエッチ」

 「いぃいいやぁ?ミテネェヨ」

 「……不問にしまスけど。で? どしたんスか」


 ひど動揺どうようしているセンパイに冷たい目を向けつつ、桜は再び京弥に問う。


 「……お前も義瑠土ぎるど教導きょうどうで習ったろうが、魔法元年まほうがんねん以降の‘ゴースト‘ってのは--」


 京弥は、先ほど登場から怒涛の速度で退場するに至った‘ゴーストという魔物‘について語った。


 ーー人間の魂がもととなる霊は、魔法元年以前と同じく、霊感の才能や魔術行使がなければ視認できないことが多い。


 霊園山ここは、まあ、特別だけどな。


 ただ、魔法元年以前よりは魔力の影響で、物理世界への干渉や他者からの視認が比較的カンタンになってる。

 …視認できないのに有害性がある場合は魔獣より厄介だ。


 逆に霊感や魔術行使がなくとも視認できる程、未練や怨念を糧に存在強度が高まったゴーストは厄介とかそうゆう次元じゃない。

 無理だ。

 ホントいろんな意味で。

 んでそこから怪異って呼ばれるものに変化して、語り継がれて、さらに力が強力につよくなっちまう場合もある。


 「さっきのゴーストは七郎さんのせいで珍妙なナリにっちまってたが…、冷静になるとヤバかったな。俺らにあそこまで接近してたってのに、存在に気付かなかった。七郎さんが居なかったら…」

 と、京弥は自身の心情を吐露とろするが、


 「う~ん…。ゴーストは実態があやふやで、イマイチ危険度とか対処法が固定しきれないところがあるんスよねぇ。まあ、‘物理が効きにくい’のと‘魔法が効きやすい’って覚えとけば問題ないっスよ」

 

 桜のいかにも直感的な意見に京弥は毒気を抜かれ、深く考えないことにしたのだった。


 ・

 ・

 ・


 京弥と桜の2人と別れ、七郎は亀甲縛りのゴーストを連れたまま山林の中にいた。


 「あなたは死んだ」


 七郎がゴーストに対しハッキリと伝える声が、山林の騒めきの中で確かに響いた。


 ―――??????


 「もう死んでるんだ」


 ―――??k@??

 七郎の一言を切っ掛けに、黒縄で捕縛した直後とは比較できない程、ゴーストの存在が不安定に揺らぐ。


 「死を認め、安らかに眠りたい意思が残っているなら、霊園山ここ自慢のシスターが優しく眠らせてくれる」

 

 ―――dhんd女f憎iiい:@:p;*-憎憎


 自身の死の実感。その実感が無いことにより苦痛を忘却し、自身を生者と思い込んでいた彼の在りようにごっていく。

 ゴーストの凶暴性と悪意が膨らんでいくのが理解わかる。

 本来、ただのゴーストが人間に物理的に危害を加えることは難しい。


 しかし、霊園山ここは日本で数少ない大規模な魔力の力場りきば


 この日本と、十数年前にゲートによって繋がった異世界風に表現するならば‘迷宮ダンジョン’と呼ばれる場所。



 周囲の魔力を得て、異常な速度で存在強度を上げていくゴースト

 その至近距離に立っている墨谷七郎という男の眼は、何処も見てはいない。

 

 ―――はytsgbんm吊は首ィiiィィィィ!!!


 次の瞬間には膨らみ切った悪意を巨大な爪に変化させ、ゴーストは間近まじかの男に襲い掛かる。

 しかし、この展開を当然の如く予想していた墨谷七郎の手には、いつの間にか得物えものが握られていた。

 

 それは殺意できたえられ、数え切れぬほどほふった魔物の血により、荒く研ぎ澄まされた黒剣こっけんだ。

 その重厚じゅうこうさから剣ではなくなたと表現しても差し支えは無い。


 その黒剣を片手で振るい、またたききの間に変異した霊体は切り捨てられたのであった。

 

 ――構っているほどひまも余裕もない。


 黒剣をに預け収納する。

 

 七郎は視線を一瞬だけ、消滅していく悪霊に向ける。

 そして再び歩き出した。


 「今度こそ守るんだ。嗚呼ああ、だから、まだ止まれない。皆《みんな》の分も俺が…」


 脳髄のうずいと、まだきっと何処かにある自分の魂の間で、後悔を吐瀉物としゃぶつのように反芻はんすうする。

 

 失意と後悔を抱えながら、男は未だ明けない夜のなか、一筋の救いの光を求めはしり続けるのだった。

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