世界一寒い君

ナナシリア

世界一寒い君

 寒い。


 もう初夏だというのに、その夜は形容できないほど寒かった。周囲を見渡すと、他には誰も寒がっている人はいない。


 当然だ、寒いと言っても気温が低いわけではなく、ただ周囲の負の感情が寒さに感じられるだけ。


 俺のこの能力は、明確に特殊能力とは言い難い。あまりにも抽象的だし、人の感情の正負くらい誰でも簡単に判断できるから。


「今日は、一段と寒い」


 経験上、月曜日や休み明けの朝は普段より寒い。でも、初夏、新しい生活にも慣れ始めたこの時期には、考えられない寒さだった。


 またもや経験則だが、こういうとき、原因となっている人間が必ずいる。特に強烈な負の感情を持っている、誰かが。


 周りの表情を見渡しても、浮かばない表情をしている人こそ多いが、特筆するような人は見当たらない。


 ただ寒いだけだし、犯人探しはしなくていいや。


 唐突に、前を歩く俺と同じくらいの年齢の女子学生が立ち止まる。


 俺が気にせず進むと、一気に周りが寒く感じられる。


 彼女が原因なのか。


 声をかけるべきか。いや、どうやって?


 考えてるうちに、彼女とすれ違う。


 ――寒い。


 嫌な寒さだ。とても不快だ。でも――癖になる。


「あの、ちょっといいですか」


 気づけば、勝手に声をかけていた。


 ナンパみたいに思われそうだし、実際やってることはなにも変わらない。


「なんですか」


「お名前を、教えていただけませんか。あとできれば学校も」


「護が浜高校、北村水江」


 彼女は、クールな見た目とコールドな感情に反して、案外普通に応対してくれた。


「護が浜高校なんですね。うちめっちゃ近いですよ」


「君の名前と学校と学年は?」


 彼女は想像より俺に興味を持っているらしかった。


「中村健一、常磐高校二年です」


 寒さに震える声で俺が告げると、彼女は無表情のままつぶやく。


「君がひとつ下」


 無表情のままつぶやいた内容が意外に可愛らしくて、寒さが吹き飛ぶみたいだ。


「北村先輩、ってことですか?」


「そう。尊敬して」


 寒さが少しずつ和らいでいる。


 俺が彼女との会話を楽しんでいるのもあるかもしれないが、きっと彼女の負の感情も小さくなっているのだろう。


「護が浜って、文化祭いつなんですか?」


「来月の十五日と十六日」


「行ってもいいですか?」


「やだ」


 その場が一気に寒くなった。


 先輩を刺激するようなことを言ってしまったのかもしれない。


 なにが先輩をここまで刺激したのか、よくわからない。


「……すみません。じゃあ行きません」


「うん」


「代わりに、LINE交換してください」


 圧倒的な寒さに耐えきれず、連絡先の交換を切り出す。


 先輩はそちらにはうなずいた。


「ありがとうございます」


 そこで、核心に切り込むことにする。


「ところで先輩、ずっと不機嫌そうですけど、なにかあったんですか?」


 またもや、場が一気に冷え込む。


 ここでいったん引くべきかとも思う。しかし、それでは本当に深い関係を築くことはできないとも思って、前に進む。


「俺、聞きたいです」


「……わたし、常に不機嫌だよ」


「そうなんですか?」


 機嫌がよくなったからだろう、寒気が引く瞬間もあったし、常に不機嫌とは思えない。


「中村くんの前では、上機嫌になれる」


「嬉しいこと言ってくれますね」


「でも、中村くん以外の前では、なかなか機嫌よくなれない」


 先ほどまで発していた寒気は、すっかり収まっていた。


「じゃあ、ずっと俺と一緒にいます?」


 調子に乗ってそんなことを言う。その場の空気は、寒いどころか暑いの域にまで達していた。


「……ちょっと考えさせて」


 一瞬で断らないあたり、満更でもないように思える。


「どうするか決めたら、LINEで連絡ください」


「わかった」


「決まる前でも連絡ください。それでは、今日はこれで」


「うん。うちの学校には来ないでね」


 少し不思議だったが、今日は彼女に手を振った。

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世界一寒い君 ナナシリア @nanasi20090127

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