第2話 私は秋菜、春陽秋菜。


話しかけられてしまった……しょうがない、ここは少し、演じてみるか。なに、俺にかかれば幼い女子を演じることなんざ朝飯前だ。


「……ないの」

「ん?ない?」

「帰る場所が、無いの……わたし、気づいたらここにいて……どうしたらいいかわからなくて……」


どうよ!この俺の嘘泣きは!我ながら流石だな!ほら、目の前の女も少し悩んでいるではないか!


「気づいたら、ここに……かぁ。うーん……とりあえずもう夜遅いし、今日は私の家来なよ。そこで、色々聞かせて貰えたら嬉しいな」

「……いいの?」

「うん、もちろんだよ!こんな小さな女の子を夜遅くにこんな辺鄙な場所に放置してたら危ないしね。じゃあ、ついてきて」

「うん、ありがとう!」


よし、とりあえず今日の寝床は確保出来た!今後に関してはまた明日にでもゆっくりと決めていこう。うん、そうしよう。


それから歩くこと数分、名前も知らない女の家に着いた。む?このタイプの家は……以前本で読んだことがあるな。つまりここは……日本って事になるのか。ん?日本だって!?こ、これはつまり……俺は転生してしまったということか!?


「さ、着いたよ。ここが私の家!さぁ、入って入って!」

「お邪魔、します……」


確か日本では他者の家に入る時には『お邪魔します』と言うんだったよな。なんだかんだ日本は興味深いと思っていたからな。結構本で調べてはいたのだ。


「あ、そうだ。今更だけど……私は春陽夏芽はるひなつめ!早速質問なんだけど、あなたの名前は?」


ふむ……名前か。そういえば日本名は俺の知ってるものとは随分と違ったな。漢字を主に使ってたはず。……どうしよ、名前が思い浮かばないんだが?


「えっと……もしかして名前、分からない感じ?」

「……うん」

「そっか……じゃあそうだなー。私につけさせて!名前!」

「え、いいの?」

「もちろんだよ!って言うか私の方こそ、自分で言っといてなんだけどつけていいの?」


いくら考えても横文字の名前しか出てこんからな。夏芽につけてもらった方が助かる。


「うん!お姉ちゃんにつけて欲しい!」

「お姉ちゃん……うん!お姉ちゃんに任せて!」


……今、無意識にお姉ちゃんと言ってしまった。なるほど?体だけではなく、心も幼くなっているのか。いや……まぁ、いいか。


「あなたの髪は茶色で……目は赤でしょ?うーん……あ、閃いた!」


そういえば一回も俺の姿を見た事はなかったな。なるほど、茶髪に赤眼なのか。そして凄いな、もう思いついたのか。


「えー、こほん!あなたは今日から……秋菜だよ!春陽 秋菜!」

「あきな……秋菜!私は秋菜!」

「そうだよ、秋菜だよ」


秋菜……とてもいい響きだ。そうか、今日から俺は秋菜として生きていくのか……いや、この名前なら悪くないな。"秋菜"、この名前を俺は思ってる以上に気に入った。というか、前のアンラウス・アヴェスタという名前よりも遥かに好きだ!……って、ん?今、夏芽はなんと言った?"春陽"秋菜と言ったか?


「えっと……春陽、秋菜?」

「うん、そうだよ!今ね、私一人暮らししてるの!だから……秋菜、私と一緒にここで暮らさない?多分、行く場所とかもないんでしょ?」

「ありがとう、夏芽お姉ちゃん!うん!私、ここでお姉ちゃんと暮らしたい!」


よし!住居が確保出来たのはかなり大きい!

それに……不思議と夏芽といるのは悪くない気がするしな。何せ、この秋菜というとても素敵な名前をつけてくれたのだ。


「じゃあ決まりだね!今日はもう遅いけど……明日、色々秋菜の物を買いに行こっか!」

「うん!行く!」


この演技、不思議としっくり来るんだよな。……いや、前世では魔王として沢山人を殺めたし、死にゆく同胞も見てきた。ならば、今世くらいは普通のか弱い女として生きるのも悪くないだろう。ならば変えれるところは変えていこう。まずは一人称からだ。これからは、俺ではなく「私」を使う事にしよう。最初は、これくらいのことでいい。これから徹底していこう、春陽 秋菜としての人生を。

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