夕暮れどきに河童を探す

瑞葉

第1話

 その男の子は多分、神様に愛されていた。外で口がきけない。けれど、ボクたちの会話はちゃんと理解できているようだった。「緘黙症(かんもくしょう)」という難しい言葉を、うちのばあちゃんのところに訪問に来るヘルパーさんが、ばあちゃんと話していた。

 男の子と言っても、ボクより二つ上の十二歳だった。話さない代わりにいつも笑顔で、楽しそうな空想をひとりでしているかのような子だった。

 男の子の名前をカナタといった。「奏でる」に「多い」と書く。小学校四年生のボクが、「五月の冒険」のミッションのサブプレイヤーに選んだのがカナタだった。ボクは学校では口達者にぺらぺらしゃべっていたけれど、本当の友達なんかどこにもいなかった。みんな、陰でボクのことを悪く言ってるな、とわかっていた。がらんとした「三階建ての広い家」に、年を取ったばあちゃんと暮らしている。父さん、母さんはボクにはいなくて。ボク自身もボクの本当の血縁を知らない。ただ、ばあちゃんが、幼かった僕を施設から引き取って、自分の孫として育てていたんだ。

「夏休みには二ヶ月くらい早いけれど、夏の調べものとして最適さ。河童探し。素敵だろ」

 クラスメイトたちから嫌われる、こういうウザイしゃべり方。そんなボク自身をカナタはすべて受け止めてくれた。だから、サブプレイヤーに適任だった。

 カナタはボクが事前に言ったとおり、動きやすい格好。色の褪せたスキニージーンズにTシャツ姿だ。ボクは迷彩柄のパンツと、三年くらい前に流行ったアニメキャラの描いてあるTシャツを着ている。

 目的地は、通称、「河童橋」と言われる橋。小学校の先生から、「変質者が出るから、子どもだけでそこに行かないように」と言われていた。男子でも、変質者は狙ってくる。可愛い子は特にだ。カナタは目がぱっちりしていて可愛いから、ボクがしっかり注意しなければ。

 河童なんてほんとはどうでもよかった。

 ボクがもし東京あたりに住んでいたなら、浅草だって、上野や吉祥寺みたいな都会だって、カナタを連れていきたかった。ボクはカナタといるのが好きだった。どれだけしゃべっても嫌な顔をしないコイツといろんな街を歩きたかった。でも、ボクたちは千葉の、最寄駅が私鉄しかない、さびれた外れに住んでいる。だから、「遊び」と言うなら自然を愛でることだった。

 さびしい森を二十分くらい歩く。赤いインクがところどころはげて、茶色の材木がむき出しになっている「河童橋」。そこをそのまま通って、河原に降りた。予想通り、河童なんかいない。男子を狙う変質者もどうやらいなそうだった。川はとても冷たそうで、水遊びをする気持ちになんかなれない。

 ボクは、去年の夏祭りの時に買ったおもちゃの短剣をリュックからとりだした。

「サファイアの剣。ただのおもちゃじゃないよ。装備品だからね。クエストの報酬」

 そう言って、川の水にちょっとだけ短剣をひたすと、おごそかにカナタに渡した。カナタの目が好奇心でぱっと輝いて、おもちゃの剣をすぐに右手でとると、ぱっぱっと周りの空気をはらうようにした。

 アゲハ蝶がひらひらとそばを舞って、川の脇の茂みに隠れる。まだ遠いはずの夏が身近に感じた。

 ボクは多分、もう少し大人になったら、もっとうまくやれると思う。河童を探しに行くクエストなんかじゃない。別の、もっともらしい口実でカナタと遊びに行ける。本物の小刀が売っている店にだって二人で行ける。

 ボクが夕焼け雲に目を奪われて、まだ見えない未来を見ていたその時。

「ありがとね。優(ゆう)くん」

 カナタが言った。すごくゆっくりしたしゃべりかただった。家の外で口がきけないなんて。みんな言ってるけれど、嘘じゃないか。とボクは驚いてカナタを見た。カナタの目は、夕焼けを反射した川面みたいにキラキラしていた。

「優くんのこと、みんな、よく思ってくれてないのは、君を、誤解してるからだね。本当は、みんなと、お友達になりたいよね。ボクも、自分がそうだから、わかるよ」

 カナタはさっきまでのボクと同じように上を見上げて、「ほら」と指さした。大きな白鳥の影が広い空を横切っていく。はるか彼方に飛んでいく。河童橋よりもずっと西の方にある「底なし沼」に、遠い外国から飛んできている渡り鳥だろう。

「変質者が出ないうちに、早く、うちに帰ろうね」

 カナタははにかんだように笑うと、ボクの手をとった。

 ボクは心臓がばっくんばっくん鳴ったけれど、「ああ」と不愛想に答えた。言葉とは裏腹に、ちょっと泣きそうな顔をしていたと思う。



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夕暮れどきに河童を探す 瑞葉 @mizuha1208mizu_iro

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