第27話 慰労会 壱
慰労会は昼よりも少し前に始まる。
娼妓による舞が披露された後、ある程度の役職についている官吏と上級妃はその場に残り、皇族と共に昼食を摂る。他の者はそれぞれの部屋で食べてから、また宴会場に戻ってくる。
昼休憩の後、皇帝や皇子たちに武官や文官も混ざって、蹴鞠が行われる。
つまりは、人目のつく表には出ない。綺麗に着飾る必要もない。
なのに。
「
「ほんとに来た……」
扉を叩く音に応じたら、元気よく
桜鳴は少しげんなりとする。春燕には事前にずっと裏で控えているからと何度も念を押しておいた。いつもと同じくらいで構わない、と。
にもかかわらず、彼女が持ってきた物を見て、この表情になるのもしかたがないというものだ。
「春燕……」
「ん?」
「お願いだから、その派手な服はやめて……せめて、もう少し落ち着いたやつにして……」
「えー……桜鳴に似合うと思うんだけどなぁ」
春燕の両肩をぎゅっと押さえて項垂れると、観念したようで、その派手めな衣服にぴったり隠れるように持ってきていたものを、すっと椅子の背にかける。
淡い黄緑色の裳に、薄桃色の上衣。刺繍も裾に少しあるくらい。
「あるじゃん! 持ってきてるじゃん!」
「私はこっちのがいいんだけどー」
「いいや! これでお願い!」
「じゃあ、簪は……これとかどう?」
選んで差し出してきた簪は、硝子でできた緋色の桜がひとつ、その下に同じく緋色の房飾りがついたものだった。
「綺麗……すごく」
「『桜』だし、桜鳴にぴったりだと思う!」
満面の笑みで言う春燕に、ありがとう、と一言お礼を告げて、準備に取り掛かった。
途中、顔もぎらぎらとしたものにされそうになったので、なんとか阻止して、頬がほんのり色づく薄化粧に留めた。春燕の執念や、恐るべし。
十数分後、見事に余所行き用の桜鳴が完成した。
部屋に置いてある姿見の前で、右に左に袖を揺らしてみる。いつもの服よりもひらひらとするそれに若干の違和感はあるが、何か激しい動きをするわけでもないし、よしとしよう。
鏡越しに、納得するようにうんうんと頷いている春燕が見えた。
「ありがとう、春燕」
「いいえ! 桜鳴をかわいくできて、満足!」
「春燕もそろそろ準備しないとじゃない?」
「……あっ! じゃあ、頑張って!」
春燕の言葉の意図が分からず、軽く首を傾げながら、荷物を抱えて部屋から走って出て行く彼女を見送った。
◇◇◇
時間になり凌霄が迎えに来てくれた。
凌霄の後をついていき、遅れて会場に入る。
「すご……」
話では聞いていたが、実際に見ると壮観の一言だった。
本殿を背に、地面から数段上げて作られた仮設の壇上は、仮設とは思えないほど凝った装飾が施されていた。まだ、壇上には誰も座っていないが、ここに皇帝をはじめとする皇族がずらっと並ぶのだろう。
それから、舞を披露するための舞台を挟んだ向正面には、大勢の后妃がすでに待機していた。よくは知らないが、前にいるほど位が高いに違いない。下級が皇帝により近い位置にいられるわけがないだろうから。寵妃となれば話は別だが。
后妃たちから少し離れた後ろには女人がいた。最前列だとしても、ろくに舞も見えないだろう。
壇上から右側には体躯のいい男性ばかりがいたから、おそらくこちら側は武官の立ち位置なのだろう。そして、反対側には文官はじめ、他の官吏といったところだろうか。
毎日働いていても気が付かなかったが、
皇帝に仕え、共に国を支えていくためには、これほどまでに人が必要なのだと桜鳴は実感した。
「桜鳴様、我々はこちらです」
凌霄の言葉に足早に移動する。
壇上の後ろには幕があり、地上へと下りる階段を挟んで、いくらかの区分けがされていた。
先にいた面々を見るに、右端が第一皇子の従臣と奏祓師の待機場で、左端が第五皇子関係者の待機場ということになっているらしい。
階段のすぐ右側がぽっかりと空いていたので、おそらくここが目的の場所だろうと考えていたら、予想通りに凌霄はそこで立ち止まった。
「昼餉まで、こちらで待機です」
「ここって……もしかして、舞、見れません……?」
「そうですね」
「ですよねー……」
桜鳴は残念そうに、はあと息を吐いた。
舞を絶対に見たかったというわけではないが、少しは楽しみにしていたのだ。
舞を披露する娼妓は、
そういうことに興味がない桜鳴でも聞いたことがあるくらい、この国で一番有名で高級と言っても過言ではないくらいの妓楼だ。娼妓と遊ぼうもんなら、庶民の数年分の給金が飛ぶという噂だ。
それほどまでの美しさと技術を見てみたかった。
落ち込んでいる桜鳴を見て、凌霄は「そういえば」と口を開いた。
「桜鳴様がお好きな、
「……えっ!? 本当ですか!?」
先ほどまでの気分の下がりようはどこにいったというほどに、桜鳴の瞳はきらきらと輝きを取り戻した。
「聞いた話なので、確実ではないかもしれませんが……ですが、ここにいらっしゃらないので、おそらく」
「た、確かに……! えー! やったぁ!」
桜鳴は両手で淡く染まった頬を押さえながら、身体を左右に振る。さながら、恋する少女のように。
(笛なら、見えなくても聞こえるからよかった! ……見たいのは見たいけど)
だが、聞けるだけでも十分嬉しい。なにせ、影鳳の笛を聞くのは、およそ10年前のあの祭り以来だからだ。
耳を澄ましてしっかり聞いて、最新の彼の音を脳に刻み込まなければ。
桜鳴は、いつ舞が始まるのかと、どきどきしながら開演の時を待った。
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