第14話 行方不明事件 参
突き抜けるような高い一音が鳴り響いた後、拙いながらに曲が奏でられていく。
重たげな雰囲気から、柔らかい木漏れ日のような曲調に変わっていくゆったりとした曲。初めから終わりまで詰まることなく、腕の痛みも感じさせないほどだった。
曲を吹き終わり目を開くと、
「ごめ、ごめっなさい……っ」
彼と館に纏っていた黒い
彼が言うには、何かに操られていたことは自覚していて、その間の記憶もあるらしい。亡くなった妻子に戻ってきてほしいという思いが悪鬼によって増幅し、徐々に自分の身体を制御できなくなったという。
偽りの幸せではあるが、それを見せてくれる悪鬼にすべてを預けてしまった、と。
「悪いのは、全部自分です……どんな罰も、受けます……っ」
地面に頭を擦り付けながら言う梁青麟に、
「悪いのは悪鬼だ。原因が分かっている以上、処することはしない」
「で、ですがっ!」
「貴殿の使命は、健康に生き、天寿を全うすることだ。――先立った家族の分までな」
「! うぅっ……」
梁青麟の目から一層涙があふれ、小さく「はい」と返事をした。
もうこれで大丈夫だ。悲しみに暮れる日が訪れても、今日を思い出して、また前に進めるだろう。
(、あ、れ――)
一安心した
◇◇◇
「ん……」
ぼんやりとした視界が徐々に鮮明になっていく。見覚えのない天井だ。
(ちがう……
奏祓師の仕事で紫陽に遠征に来ていて、笛を吹いて、それから――。
(それから、どうなったっけ……)
覚醒しきっていない頭をゆっくり動かして寝転がったまま辺りを見回すと、寝台の傍の椅子で寝息を立てている漣夜がいた。思わずひゅっと息を呑む。
(っなんで、漣夜がそこに……?)
疑問で頭が埋め尽くされているが、とりあえず身体を起こそうと動くと、急に右腕に激しい痛みが襲った。
「いった!」
「――、ぁ?」
痛みにあげた声で、座ったまま寝ていた漣夜が目を覚ます。しまった。何騒いでるんだ、とか、起こしやがって、とか言われるに違いない。
何を言われるのかと構えていると、漣夜はこちらをじろじろと見た後、欠伸をひとつした。
「……やっと起きたか、どれだけ寝ているつもりだ」
「守ってあげたのに一言多いよね!?」
慌てて口を閉じるが、もう遅かった。反射神経野生動物。彼の言う通りかもしれない。
「お前より俺の方が確実に頑丈だ。ああいうことはもうしなくていい」
「え……うーん……」
成人男性と平均よりもだいぶ小柄な女性。比べるまでもない。
でも、あの時はそんなこと考えていなかった。この後どうなるだとか、漣夜ならどうにかするだろうだとか、何かが頭に浮かぶ前に身体が動いたから。
「なんだ」
「……しなくてもいいって言われても、また目の前で同じようなことがあったら、身体は勝手に動くと思うよ」
その言葉を聞いた漣夜は、片手で桜鳴の頬をむぎゅっと掴んだ。
「だから、それを止めろと言っているんだ。馬鹿か」
「ば、ばかじゃ、ないし!」
「お前は奏祓師だ。笛を吹いて祓うのがお前の仕事だ。身体を張ることじゃない」
漣夜の手が頬から離れ、「分かったか」と意思の確認をされる。
笛を吹くのが仕事。それは理解している。だけど、胸を張って言うことではないが、身体の、感情の自制はできない方だ。絶対にしないとは約束できない。
「で、でも……」
「口答えするな、ちんちくりん」
「ち――っ!」
ちんちくりんじゃない、と反抗しようと、つい、いつものように右腕をあげようとしてしまった。
痛みに顔を
「怪我しているのに馬鹿か?」
「う、うるさいなぁ!」
「大人しくしていろ。医者を呼んでくる」
漣夜は部屋から出ていき、少しして医者と凌霄と共に戻ってきた。
医者によると、やや深い傷ではあったが縫う必要もなく、痕も目立たなくなるということだった。縫うのはものすごく痛いと両親に何度も言われていたので、ほっと安堵する。今すでに痛いのに、これ以上痛くならなくて済んでよかった。
◇◇◇
行方不明の事件が解決したら、すぐに戻るはずだったが、怪我がある程度治るのを待ったため、予定よりも遅く王宮へと帰ってきた。
完治するまでは休んでいいと言われたので、有難くそれを受け入れた。
(いろいろあって疲れたぁ……)
寝慣れてきた寝台へごろりと身体を放り投げ、紫陽での出来事を思い出す。
奏祓師としての初めての仕事だったが、なんとか無事に終わってよかった。
紫陽を出る前に聞いた話によると、行方不明になっていた女性と子どもたちは徐々に元気を取り戻していると言っていた。梁青麟も、義両親と悲しみを受け入れて、前に進み始めているらしい。
寝台の横の棚に置いてある笛を見つめる。
あの音色は素晴らしい。だけど、それが魔を祓うとは正直信じ難かった。ましてや、人を助けるなど。
(でも、わたしが吹くことで、助けられる人がいるんだ……)
実際に、起こった。
奏でることで人を助けられる。奏祓師にはそれができる。奏祓師にしかできない。
そのことを胸に、明日からも頑張ろう。
桜鳴は決意を新たに瞳を閉じた。
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