第12話 行方不明事件 壱
第一皇子である
表情が一切動かなかった蒼峻とは対照的に、天瑞は廊下で話した時と同じようににこにこと笑顔で気さくに対応してくれた。
ひとつだけ気がかりだったのは、好色だという天瑞の奏祓師が若い女性だったこと。
天瑞との会話中、桜鳴の頭の中は彼女は大丈夫なのだろうか、という余計な心配でいっぱいだった。皇子にお手付きされるなら、願ったり叶ったりなのかもしれないが。
皇子はあと何人かいるらしいが、まだ子どもで政務にあたっておらず、早急に挨拶が必要というわけではないらしい。時間ができてからまとめて行くと
なので、しばらくは通常業務。の、はずだった。
「――行方不明?」
読んでいた書簡を机に置いた漣夜が放った言葉を復唱する。
「ああ。俺が管轄する紫陽(しよう)という地域で、行方不明が多発していると報告があがっている」
「ふーん……それが何?」
行方不明や人攫いは珍しいことではない。太平の世とはいえ、国民全員が平等に裕福というわけではなく、若い女を拐(かどわ)かし花街に売りさばくことで、その貧しさを補っているような輩もいる。ひとりでどこかに行くな、と、何度も両親に言い聞かされたもんだ。
わざわざ特筆すべきことではないのではないかと
「紫陽はそういった事件が滅多に起こらない長閑な地域だ。悪鬼が原因の可能性がある。調べてみる価値はある」
「悪鬼が原因……ってことは……」
「明日の昼過ぎには出発する。準備しておけ」
これが、初めての遠征。そして、奏祓師としての初めての仕事である。
◇◇◇
「んー! ここが、紫陽――!」
数日間王宮から乗ってきた馬車から降り、大きく伸びをする。言っていた通り、馬車からの風景はとても牧歌的で、たしかに治安は悪くなさそうな地域だった。
きょろきょろと辺りを見回していると、後から降りてきた漣夜と
「まずは報告書を送ってきた役人に話を聞きに行く」
紫陽の中心部にある役所に向かい、行方不明事件について事細かに聞いた。
事件は、
いくら長閑な地域とは言えど、一人いなくなるくらいなら起こっても不思議ではない。
が、その男性がいなくなってから、若い女性と子どもが続けざまに行方知れずになったという。
異変と感じるには十分だった。
日も落ちてきていたので、翌日に梁青麟の親族の元へと話を聞きに行くことになった。
どういう人物か、行方が分からなくなる直前には何をしていたのか。何でもいい。些細なものでも何か手がかりが分かれば、解決へと近づくかもしれない。
そうして行った男性の親族の家で聞いたのは、悲しい物語だった。
「――母子共に、ですか」
「ええ。あれ以降、青麟さんは家に閉じこもってしまい、まるで生気を失ったようで……私たちも心配で、一時的に彼らの家で暮らしていたんですが、ある日朝起きたら彼がいなくなっておりまして……」
対面に座る老夫婦は「私たちがしっかり見ておかなかったから」と自責の念に駆られながら涙を流していた。
梁青麟は、身分の差からなかなか認めてもらえなかった婚姻を許してもらい、子も授かったが一度流れてしまった。
それからしばらく恵まれなかったが、再び授かった子は十分に育ち出産にまで至った。やっと幸せが訪れる。そう彼も彼の妻も思ったことだろう。
だが、悲劇は常に身近にある。
通常のお産よりも出血量が多く、梁青麟の妻はそのまま息を引き取った。
そして不運は続く。
元気に産まれたはずの二人の子は、翌日に急変しこの世を去った。
幸せになるはずだった梁青麟は一度に二人の愛しい家族を亡くし、不幸のどん底へと突き落とされた。
どれだけの悲しみだっただろう。想像してもきっとその何倍も何十倍も苦しかっただろう。どうして自分だけがのうのうと生きているのか、と毎日押しつぶされそうになっただろう。
桜鳴の視界がわずかに歪む。
「……っ」
「辛いことを思い出させてしまい、申し訳ない」
「……いえ、何かお役に立てればいいのですが……私たちは、ただ生きて帰ってくるのを祈ることしかできませんので……」
「話していただきありがとうございます。では、我々はこれで」
老夫婦――梁青麟の妻の両親の家を離れ、三人は紫陽での滞在先へと戻った。
重たい話を聞いて気が滅入ってしまい、部屋に沈黙が流れる。凌霄がお茶の器を机に置く音がやけに響く。
(……これから、どうするんだろう……)
話を聞いたのはいいが、何か手がかりがあっただろうか。少なくとも桜鳴には分からなかった。
漣夜には何か思いついているのだろうか。桜鳴の視線が漣夜へと向くと、思案しているように伏せていた目を上げた。
「――凌霄」
「はい。何なりと」
「役人に住民がいない家屋を調べさせろ。でかい家だけでいい。そうだな――10人前後住むのに困らない程度だ」
「かしこまりました。すぐに指示してまいります」
凌霄は一度頭を下げた後、役所へと出かけていった。残された桜鳴は漣夜の言葉の真意に疑問しかなかった。
表情にもそれが出ていたのか、漣夜の顔が嫌らしく歪む。人を馬鹿にしている時の顔だ。
「は、猿には難しいか」
「っ猿じゃない! じゃあ、なに、漣夜は行方不明事件の真相が分かってるって言うの!?」
「あらかた、な」
別に勝負なんかしてはいないが、勝ち誇ったように言う男に、ほんの少し、毛先ほどの悔しさを感じた。この嫌味ったらしさで、よくこれまで敵を作ってこなかったな、と思ったことは胸に留めておこう。
今はそれよりも、真相の方が気になってしかたがない。
「……ほんとに? 適当言ってない?」
「お前じゃないからな」
「わ、わたしだって適当なこと――ってそんなのどうでもよくて! それで! 何なの!」
「報告を受けた時に言っただろ」
「え、な――」
何のことか。そう聞く前に漣夜が言葉を遮る。
「――おそらく悪鬼が原因だ」
真剣な顔でそう言い放つ漣夜に、思わず唾をごくりと飲み込む。
悪い予想は往々にして的中する。
役人の懸命な捜索の末、紫陽で一番高い山の麓にある館のような家屋に、梁青麟はいた。――行方不明になっていた他の若い女性や子どもとともに。
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