Bling-Bang-Bang-Born

隅田 天美

番外編 反則、禁じ手、この世のもんではないです

 天界、地上界、地獄。


 この三つの世界が奇跡的な中立地帯。


 人間でいうのなら『夢の世界』に、みなが「中央本部」と呼ぶ建物がある。


 早い話が人間界における「市役所」「警察」「防衛軍事」「金融財政」などを一手に引き受ける総合的な建物だ。


 気軽な『死ぬ前に残した妻に言い残したことがあるから一時的に地上階に下ろしてほしい』と言いうものから生前から引くずる恨みの処理までやることは多種多様だ。



 そこに、ふらっと、肌寒い季節なのにチノパンと開襟シャツに薄手のカーディガンを着た男が歩いてきた。


 たぶん、中年以降の皺が顔に刻まれ、髪の毛は白い。


 門に立っていた二人の番人は、門を通り抜けようとした男の前に、立ちふさがった。


「ここは神々への門だ」


「貴様らのような人間は反対側の門からくぐられよ」


 大抵の場合、厳つい顔に上半身の筋骨隆々さに子供なら泣き、大人でも怖気づく。


 だが、この男は「えーっとね、確か、入門用のカードがあるんだよ」と右手でチノパンのポケットを探りだした。


 実に悠々としている。


「カードがないのであれば、立ち去るか……」


「排除する」


 その圧にも男は実に悠々としている。


「あー、はいはい。そうですか」


 聞いていないようだ。


 二人は実に息のあったコンビネーションで殴りかかった。


 だが、男は片手で探し物をしつつ、一方の門番がまいていた腰巻をもう片方で半ば強引にとると、鞭の要領で、もう一方の門番の足元へ巻き付け上へ引っ張った。


 足は、相棒の股間に見事に蹴り上げた。


 みるみる青ざめる門番に、もう片方の門番も別の意味で青ざめる。


「いったそーだねぇ……よいしょぉおお!」


 男はその足でけり上げる。


 倒れる門番たち。


「えー、と……何処だっけなぁ……何で、カード類多いのかなぁ?」


 男は片手だけで屈強な門番を倒しても、マイペースにカードを探していた。


--ただものではない


 門番の一人が金剛杵を出した。


「……!」


 その言葉に門番二人は固まった。


 彼らの真言だからである。


「あのねぇ、俺、今、一般人なの。そんな物騒なもの持たないで」


 軽く注意をして、金剛杵を優しく奪うと握りしめた。


 すると、黄金に輝いていた金剛杵は徐々に鉄に戻っていく。


「一応、雷の加護を無力化した。軍部の加護部門で充電しておけ」


 そういうと、ようやく、何かを見つけように男は明るい顔になり、言った。


「あったぁ……ほれ、お前さんたちが見たかった身分証だ」


 そこに書かれていたものに彼らは再び青ざめた。



「すいませんでした!」


 筋骨隆々の体を無理やりスーツに詰め込んだ男がローテーブルの前で頭を下げた。


「いやぁ、中々、真面目な勤務態度だよ。ちょいと、融通が利かないが玉の傷だが……な」


 そう言いつつ、出されたお茶と煎餅を遠慮なしにバリバリ食べていた。


「で? 今日は俺を呼んで何の話なの?」


「……はぁ、ちょっと珍しい案件なのでお知恵を拝借したいと思いまして……」


「? 俺、賢くないよ? なら海底で熟睡しているし、俺は、その意識の欠片で出来ているんだぜ」


「存じております。ただ、お知恵を拝借したいのは、本体云々というより、あなたの立場です」


 応接室のドアがノックされる。


「来ましたね」


 そう言って入ってきたのは異形の女性だった。


 足は二本で普通に歩くが、腕が六本あり、半分でノートパソコンを抱え、残りでキーボードを絶え間なく叩く。


「おう、『なっちゃん』お久しぶり」


「お久しぶりです」


「相変わらず、ワーカーホリックだねぇ」


「これも性分なので……」


 男の軽い口調を異形の女性は真面目に答えた。


「今回、お呼び立てしたのは、あなたのお弟子さんのお話です」


「……うちの弟子の話?」


「彼は近く人間へ転生します」


「それは知っている」


 女性は座りながら続けた。


「問題は、その時の条件が『弱くなること』。通常、人間が強くなりたいというのであれば、こちらで微調整しますが、仮にも神が『弱くなる』というのは非常にレアケースです。こちらをご覧ください」


 女性は持っていたパソコンの一台を机に置いた。


 棒グラフが出た。


「これが彼の強さを数値化してモノです」


「うん」


 興味深そうに男は頷く。


「ここに、人間の最高の強さと彼の最弱化した場合のグラフも乗せます」


 驚いた。


「え? あいつ、最弱化しても、人間の最高の強さより強いの?」


「そこが問題なんですよ。ゲームで例えるのなら真っ裸にしても魔王に勝ててしまう。それぐらい強い……正直、世界征服も夢じゃない」


 黙ってきた筋肉質が言った。


「一応、環境面などでそんな邪心は抹消しますが……」


 しばしの沈黙。


「じゃあ、俺が人間になったら、どうなる?」


「まあ、彼より強いでしょうね」


「じゃあ、簡単だ。俺も人間に転生する」


 その言葉に相席した二人は驚いた。


「え?」


「マジですか?」


「大マジだよ。まあ、運命の調節とか大変になると思うけど、それが仕事だろうから、頑張って」


 笑顔で男は言った。


 そこにスマートフォンが鳴った。


 男の私物だった。



 死神は周囲を敵に囲まれていた。


 敵とは各界に存在する「我こそ、世界を統べるもの」を自称する輩たちのことだ。


 その始末を依頼されたのだが、今回は思ったよりが多い。


--『親父殿』に鍛えられてよかった


 久々の死神らしい死神の仕事だった。


「おい、無駄な抵抗はやめて早く死ね!」


 残りの一体が言う。


 荒い息をしながらも、鎌を杖のようにしながらも死神は言った。


「……それは……どうかな?」


 その瞬間、その一体が、いきなり別方向から飛んできた先端の尖った何かに心臓を貫かれた。


 筋肉が収縮する前に手早く抜く。


「新手の増援か⁉」


 敵は機関銃などで攻撃するが、爆炎の間から触手が伸び、相手を握りつぶす、八つ裂きにする。


 煙が晴れ、出てきたのは……そう、さきほどの男だ。


 触手はないが、その眼は、先ほどのような穏やかではない、鋭い目つきをしていた。


「だ……誰だ? 神に逆らう愚か者め!」


 死神はうやうやしく、片膝と片手をついて敬意を示す。


--したかぁねぇか……には有効だろう


 厳かに男は言葉を出した。


「我は、貴様らが『厄災』と呼び『悪魔』と呼び『悟り』と呼び『全なるもの』と呼び『一』と呼び『神』と呼ぶ」


 そこの言葉で自分たちが何を相手にしていたかが理解できた。


 異空間に逃げようとするものを人差し指を曲げるだけで強引に戻した。


「さて、お前は心優しき死神に甘えて……」


 狂乱になった人間は特攻とばかりに男に襲い掛かった。


 だが、次の瞬間。


 男は瞬間移動で男の顔を持った。


「お前の魂はここで消滅する」


 そう宣言して、顔面を……握りつぶした。



「親父殿、握りつぶすことはないでしょう?」


 回転寿司屋で死神と男、つまり『親父殿』は寿司とラーメンを食べていた。


「お前も甘いんだよ」


 サーモンハラスチーズ炙り口に入れて親父殿はラーメンの汁を啜る。


 あの、マイペースな男に戻っていた。


 なお、今回の不始末で死神のおごりである。


 実に他人の金で食べる寿司は美味い。


--こいつに、どう修行をつけてやろう?


 と思いつつ、店番をしている女の弟子へのお土産のことも考えていた。

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Bling-Bang-Bang-Born 隅田 天美 @sumida-amami

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