魔蝶


 城の上空を飛行する赤い飛竜の背の上で、シンランはその息を吹き返す。


「よかった……」

 彼に回復魔法をかけ続けていたジーニィはその肩の力を抜き、エルフの薬を彼にかけていたボーガンも安堵した。




「オルガ殿が!」

 目を覚ましたシンランは足に傷を負った彼女のことを思い出す。


「仕方ない、戻れるかい?」

 ボーガンがシェリルに提案し、一行は崩れ落ちる城のバルコニーへと向かった。


「あそこだ!あそこに倒れてる」

 ジーニィが気がつき、指を指す。

 柱が崩壊して崩れかかるバルコニーの床に紫の髪の女性が倒れている姿が一行の目に入った。

 すぐさま側に滑空し、翼を羽ばたかせて回収を試みる。


「早くしろ、ここも崩れ落ちる」

 シェリルの言葉に急いで二人と一人の雲の力を合わせて横になっていた彼女を飛竜の背の上へと乗せると、その翼を羽ばたかせ彼らは再び上昇していったーー。

 




  ◇



 イシダはその狙いをユリアからヴィタへと移した。



 彼女の命を奪った時、ユリアは一体、どんな反応をして、僕はどれだけ満たされるんだろうーー。

 その好奇心だけが、彼の原動力となる。




 まず、そのために邪魔なものは魔王だった。

 彼は一旦ユリア目掛けて走り出し、近づくふりをしてから魔王めがけて一本の短剣を取り出し、投擲した。



 投げられた短剣はその喉元へと迫るが、魔王のバリアに阻まれ落下する。


 しかしすぐさま雷撃を腕に纏ったイシダは、柱の残骸を使って飛び上がり、その腕を魔王へと突き立てる。

 またバリアに阻まれる。

 腕の反動を利用してイシダは後ろへと飛ぶと、空中から雷撃を飛ばした。


 その連続での攻撃でバリアが許容量を超えそうになったことを魔王は表情を変えず、悟った。

 一瞬バリアが点滅しその終わりを告げようとする。




(今だ、)


 イシダが用意していた短剣は一本だけではなかった。

 魔王の攻撃から逃げ回っていた時既に、周囲の壁や柱に彼は細工を行っていた。

 トラップを仕掛けていたのだ。

 対象が触れるだけでなく彼が任意で発動できる〈土陣〉を仕掛け、そこに何本か短剣を仕込んでいた。


 それを一瞬防御が薄くなった魔王目掛けて、彼は発動させる。

 周囲の瓦礫が爆発し、その中から無数の短剣が魔王へと飛ぶ。


 辺りが土煙で覆われていき、素の短剣に気が付かなかった魔王は攻撃を受けてしまう。


 その足、腕、首に短剣が突き刺さった。


「腕の雷撃はマーキングか……」

 

 仕込みに気がついた彼はこれ以上被弾するわけにはいかん、と高度を上げ、距離をとった。

 傷の再生を計る。






 そして、イシダの狙いはこれだった。

 土煙と瓦礫の粉が辺りに漂う中その俊敏性を生かし、警戒をするヴィタへと確実に近づいていく。


 すぐ側まで迫りその心臓を奪おうとした。

 だが、加護に塞がれてしまい奪うことはできない。

 土煙と突然のターゲット変更が、ヴィタの対応を遅れさせた。




 イシダは、彼女の首を掴むことに成功する。



「ぐ……」

「ヴィタ!!」



 ユリアが視線を動かした時、彼女は首を掴まれており、その表情が苦しみに歪んでいた。


 二人の間に油断があったわけではなかった。



 すぐさま、ユリアは頭の中でこの状況で打てる手を思いつこうとする。



(まずい、このままだとヴィタが……、でも、どうやって防ぐ? 魔法を、でもダメだヴィタにも……なら私が直接近づいて……)



「私なら大丈夫! 顔を上げて!」


 ヴィタが力を振り絞り、願いのような、励ましのような叫び声を上げた。



 ユリアはその声を聞いてイシダに攻撃を仕掛けることに決める。



「その手をーー」



 彼女が杖を振り上げた時、イシダの腕から伸びた十字の雷撃の刃が、ヴィタの胸に突き刺さっていた。



 彼がその刃をゆっくり抜いて首から手を放すと、ヴィタはその場に崩れ落ちて血を吐き出す。



 その状況を受け入れられず、「嘘だよね……」という震えた、願いのような声がユリアから溢れた。



「本当だよ。近づいて確かめてごらん?」



 ユリアはその足を一歩ずつ踏み出しヴィタに近づこうとするが、一歩近づく度に腕が力なく伸び、その息は弱くなり、今にも消え入りそうなその様子が彼女にも分かっていく。



 その足は鉛のように重くなっていった。





ーー(ダメだ、このままじゃ、)


 足にまとわりつくその鉛を振り払い、ヴィタに駆け寄る。


 彼女がヴィタの顔をそっと持ち上げると、口の横から血が垂れて、呼吸もできなくなっていく苦しそうなその表情が目に入る。


 途端に、涙がユリアの目からこぼれ落ちた。


 信じられない、信じたくないという表情でユリアは涙を流す。



ーー(そんな顔したら、ダメじゃない……)


 ヴィタはもう話すことができなかった。


 でも、


 彼女は、ユリアの右手を、そっと自分の口元へと寄せ、その甲に、最後のキスをした。




「うわぁああああああ!!嘘だ!嘘だ!」

 ユリアの腕の中でヴィタは息絶えた。



 魔族は死ぬとその肉体を構成する魔力が空気中に分散し、肉体を維持できなくなって消滅してしまう。



 ヴィタの体を構成する魔素、そしてその魔力が粒子へと分散し、ユリアの体へと流れ込んでいく。


 彼女の体に浸透していくヴィタの思いがその体に熱を沸々と起こしていく。





ーー加護である。




 ヴィタの最後の口付けは、ユリアに再び立ち上がり、悪へと向かっていく力を与えた。




ーーその加護は羽の形をとった。



 ユリアの背に、黒と白の、二枚の巨大な翼のような羽が出現する。



「なんだ……?」



 その羽ばたきから起こされる風にイシダの足がよじろぐ。



 城を覆うほどの巨大な羽でユリアは羽ばたき、涙の粒をこぼしながら、上空へと飛び立った。



「あれは、ユリアか?」

 それを遠くから魔王が見ていた。

 彼女が生やす翼とその体に溢れる魔力から、事態を悟った彼は、そっと見守ることにした。






「よくも……よくもヴィタを!!」

 城の上空へと上がったユリアの目に浮かぶもの、それは怒りだった。


 体に流れ込む魔力が、ヴィタのものだと彼女は気がついていた。


 彼女を失ってしまったことそして彼女が残してくれた暖かさがユリアの体に流れ込み、その感情と力を爆発させる。






「うわあああああああああああ!!」

 彼女は叫び、杖を突き出す。



 そしてその先端から、魔法を使った。



 無数の、小さな黒と白の二種類の蝶をかたどって出現したそれは、地上目掛けて一斉に羽ばたいていく。



 何万匹もの〈魔蝶〉が、イシダを包囲した。

 そして逃げ場のない彼目掛けて、集まった。



 黒い蝶は彼の肉体を蝕み、白い蝶は彼の持つ魔力を喰らう。

 彼の体を覆い尽くし、捕食が行われた。



 イシダはそれを防ごうと蝶の自由を奪い雷撃を体にまとうことでバリアを周囲に展開するも無数の蝶はそれを食い破り、易々と中へと侵入した。


 防ぎきれない。


 蝶が、ユリアの怒りと慟哭をかき消すかのようにイシダをむさぼり食い、ただその音だけが響く。


「グ………痛い痛い痛い痛い……ユリアアアァ゛アァア……」



 その叫びも蝶にかき消される。

 やがて蝶が消えた時、右腕と腹部がなくなったイシダがその場に倒れていた。







 しかし、ユリアはまだ攻撃をやめようとはしない。

 


 背中に生えた羽を伸ばし回転しながら更に上空へと羽ばたく。


 その羽から、鱗粉が舞う。


 雪のようにそっとこぼれ落ちたそれは周囲に撒き散っていった。

 城の瓦礫にそれが触れた時、反応が起きる。

 


 消し去った。

 瓦礫を消し去ったのだ。



 上空に飛ぶユリアの巨大なその羽から鱗粉が城へと降り注ぎ、イシダごと辺りに存在する物全てを無へと還元した。


 城が細かい砂と散っていく中、ユリアは重力に従い、ゆっくりと舞い降りた。

 足を伸ばしてつま先から地上へと彼女は着地するも言われのない悲しみが深く襲い、体を彼女は支えられない。

 地面に手をついて倒れ込む彼女の顔に悲痛の色が浮かぶ。


「あ……あぁぁぁああああ!!」


 堀だけが残った城跡の地面に涙を流すユリアだけが残った。


 その背にはもう、羽は生えていない。


 そして魔王とシェリル達は立ち尽くし、彼女の涙が収まる時をただそっと待っていた。




ーーーーーーーーー


ここまでご覧いただき、ありがとうございました。

完結まで作成したものは初めてであり、正直ここまで見てくれた方がどれほどいらっしゃるか分かりません。

あと一話だけありますのでどうかお付き合い頂けたら幸いです。


また、もしヴィタが好きだという方がおられましたら、本当に申し訳ありません。

このプロットは六話作成時には決まっておりました。

何卒ご容赦ください。

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