ユリアとヴィタ



ーー魔王がイシダに〈魔線〉を放つ数分前、ユリア達を乗せたシェリルが、イシダの待ち受ける城へと向かって飛んでいた。 


 魔王は城に辿り着く寸前に、空中で彼女の背から降りて杖を出して浮かび、こう口を開いた。


「いいか? お前たちは魔王ではない。

 本来勇者と戦うべきはこの俺なのだ。命を捨てよう、なんて考えるな。危険を感じたらすぐに引け」


 魔王らしくない言葉ではあるが、ヴィタとボーガンは魔の者である。

 同族を思う彼のその優しさがユリアの心に炎を宿す。


「ねぇヴィタ? 私の戦い、ちゃんと見ててね」

「わかってるわよ……いつも見てきたわ、これからも」



 短い会話を交わした二人はシェリルの背の上でそっと抱き合い、互いの存在を確かめ合った。


  ◇


 シェリルが城の手前、はね橋付近にユリアとヴィタの二人をおろし、ボーガンは彼女の背に乗ったまま、上空へと向かう。


 エルフの薬を上空から撒くことで、二人を回復させる作戦だった。

 魔王が初弾を打ち込む手筈になっており、それに乗じてイシダを叩くという作戦だった。

 城の中へと入り、その惨状を見るも、目を塞いで先を急ぐ。


 そして彼女らが王の間へと続く階段を登り、その中へ向かおうとした瞬間、上空から〈魔線〉が降り注いだーー。


ーーーーーーーー


 音をたてて城の天井が崩れ落ち、二人からイシダの姿はよく見えない。


「待って、誰か他にもいる!」

 ヴィタが、既にイシダと戦っている者の存在に気がついた。


「あれは……! ジーニィ!!」


 そこにいたのはユリアのかつての仲間だった者達だ。

 ジーニィの側にシンランが倒れていることに気がついたユリアは、彼の元へと近づくと既に肩を抱えていたオルガと二人で彼を運び始める。

「遅いじゃない。ユリア」

 と救援に気がつき、自信を取り戻したオルガが声をかける。


 ジーニィはひとまず深呼吸して安心の色を見せるも、少しでも役に立とう、とヴィタに話しかけた。


「エルフのお姉さん、気がついたことがあります。イシダの時を奪って止める能力は一度に一つの物しか止められないんです」


「ありがとう、賢者さん。私の名前はヴィタよ」


 ヴィタの艶のある声を聞いて、彼女もシンランに回復魔法をかけるために後を追いその場を立ち去った。



「よかった! 無事だったんだね……、お坊さんはやばそうだけど」

 ユリアが、戦士の装備を身につけたオルガを見て声をかけた。


「そうよ、ユリアは大分変わってるわね。でもいい? イシダを倒すのはこの私よ」


 久しぶりの会話だったが、まるで一緒にパーティにいたことが昨日のことのように二人は思えた。


 しかしイシダから受けた〈雷竜〉による足の傷が致命傷になっていることを、オルガは悟っていた。


「ユリア、死なないで」

「うん。分かってる」


 二人は短い言葉を交わす。

 ユリアは後からやってきたジーニィにシンランを任せて、バルコニーからシェリルを探した。


「おーい! こっちに怪我人がいるの! 乗せてくれない?」


 それに気がついたシェリルは上空から舞い降りる。

「お坊さんじゃねぇか!これはまずいんじゃねぇか」


 ボーガンが雲の腕を出し彼を引きずり上げ、ジーニィも一緒にシェリルに乗り、彼の回復を試みる。


 オルガはこの足では役に立てないことを知り、悔しさに震え、近くの壁に腰掛けて座り込んでしまう。

 だが、


「後は、この私に任せて!」

 座り込む彼女の肩に手をかけ、ユリアが笑って励ました。


(どうして、今から死ぬってかもしれないのに、笑っていられるんだ、お前は……)


 オルガは気がついていた。それが勇者なのだと。


 そしてユリアはイシダの元へと駆け出す。

 その去っていく背中を、ジーニィはまた会えるよね、と不安げに見つめていたーー。



  ◇



 魔王の攻撃がイシダへと降り注ぐ。

 彼は無言のままその杖を振り回し、〈魔線〉だけでなく空中に黒いワームホールのような穴を開けてそこから無数の槍を飛ばす〈魔槍・二式〉や、自身の口から太いレーザーを放つ〈剛魔線〉など様々な攻撃を彼に浴びせた。



 しかし、ことごとくイシダはそれを、避けた。

 彼に身についていた盗賊の素養【俊敏性向上】と、勇者の素養【脚力増強】が合わさったその回避力で彼の攻撃を躱し続けた。


 そして彼はその途中、ヴィタの存在に気がついた。

 攻撃を躱しながら試しに単純な雷撃を彼女に放つ。


 それを彼女は背中に翼を生やし、上空へと飛び上がることで回避する。



 そして、彼女たちの反撃が始まる。


 城は魔王の攻撃により、崩壊し始めていた。

 地面には〈魔線〉による穴が空き、天井は既になく、柱が崩れ落ちるのをただ待つだけだった。


 ヴィタはその惨状を眺めてニヤリと笑い、魔法を使った。


 彼女の魔法はタイラスの土の体に着想を得たもので、城の瓦礫や天井の残骸などを組み合わせ、人の上半身をかたどった巨大な石のゴーレムを作り出した。

 その太い角ばった右腕を持ち上げ、イシダ目掛けて振り下ろす。


 ドゴォーン!と音を立てて床が割れ、崩れ落ちる瓦礫の山へとイシダは落下していく。



 そこに、駆け付けたユリアが放った〈魔竜〉が襲いかかった。


 赤黒い〈魔竜〉は確かにイシダの体をむさぼったはずだった。


 

  ◇

 


 しばらく経ち、ユリア、ヴィタ、魔王の三人は瓦礫に埋まった彼の様子を見ていた。

 不用意に彼に近づき、不意打ちを食らうことを避けるためだ。



 やがて、瓦礫の岩が下から押し出され、そこからイシダが立ち上がった。


 さすがの魔王の顔にも、その驚きの色が隠し切れない。「しぶといな……」と呟きが漏れる。



 彼はパチパチと体の周りに高圧の電流を走らせ、息も絶え絶えだが、確かに生きていた。

 噛まれた瞬間体を雷で覆い、それを吸収した〈魔竜〉の時間を奪って停止させ脱出したのだった。



「さすがにもう死ぬかと思ったよ……」 


 肩に乗った瓦礫の砂を払ってそう言った彼は、ユリアがいたことに気がつき喜びの声を上げる。


「ユリア! ユリアじゃないか! 君を待っていたんだ。次は何で僕を満たしてくれるんだい?」


 ユリアはその顔に浮かぶ目の焦点が合っていないまま表れる笑みの、奥に潜む感情に恐怖を抱く。



「ひっ」という彼女に、ヴィタが「負けちゃダメ!」と声をかけた。




 その励ましは二人の間では当然のことのように思えた。






 だが、





 イシダには違った。


 



(そうか、あの女がーー)





 彼は気がついてしまった。



 ユリアの抱える弱点に。


 そして悟られぬようその標的がユリアからヴィタへと移り、再び戦いの幕が上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る