城の戦い




ーー次の日。

 オルガの装備は露出が多い。

 より素早く動くために隠れているのは胸、へそ、腰、肩と致命傷を避けるための部分のみで、赤く体のラインが分かるボディスーツのような鎧を身につけた。

 そして二丁の斧を、腰に巻きつけたベルトの左右のホルダーに携えて彼女は城に向かおうとした。

 そこにジーニィとシンランが静止をかけた。


「待って。ユリアの話が本当なら、あいつは勇者の力を持ち合わせているわ」

「拙僧も一度あい見えましたが、強いです。それに、その手の内をほとんど晒していないでしょう」


 二人の話も分かるが、自分にしたことを思えば、そして自分だけが遅れて目が覚めたことに責任を感じて、彼女は苛立っていた。その拳は強く握られ、爪が皮膚に食い込む。


「それはわかるけど、どうするつもり?このままおめおめと引き下がってろっていうの!?」

 ジーニィも何も考えず止めたわけではない。

「私が作戦をたてるわ。

 まず、オルガを見たイシダは必ず、取り戻そうとしてくる。間違いないわ。

 そこで、オルガが彼をおびきだすの。オルガ、お坊さん、私の順番で隊列を組み、オルガが先行し、奴をおびき寄せる。

 奴の正確な射程はわからないけど、用心して。おびき寄せたところをお坊さんが守り、私が攻撃よ。

 そこからは距離をとって戦うわ」


 その作戦にオルガは頷き、再び自分の装備を整えた。すっかり長くなってしまっていた紫の髪を後ろに縛り上げる。

「あなたが私たちを守って」という口の動きをシンランが見て、自分の役割を確認する。


 準備が整った。後は城へと向かうだけだった。

 



 城までの道のりの中、ジーニィは「ユリア達を待ったほうがよかったのかな」と振り返ったが、彼女にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない、と覚悟を決めた。


  ◇


 城へと辿り着きいたジーニィ達は様子を伺う。

「近いですぞ……」

 シンランは二人に警戒を促した。


 幸いなことに跳ね橋が降り、中へと入れるようになっていたが、それが逆に怪しく警戒心を煽る。



 そこに、


「オルガじゃないか! 待ってたんだよ、ずっと! こないからさぁ!」


 という声が響いた。

 イシダの声だ。

 彼は城の二階から待っていた。

 ユリアがやってくることを。


 オルガに気がついた彼は三人の前に飛び降りた。

 この展開を三人は予期してはいない。

 まずい、とジーニィは思うがイシダの思惑は違った。


「入ってよ、もう僕の城なんだ。一緒にきてよ」


 奴の狙いは……、と彼女は疑うも、戦いになるよりはずっとよかった。

 

 彼の隙を窺うことにし、オルガが先行して城の中へと入っていく。

 ジーニィはシンランの手を握って引いた。その額からは汗がじんわりと滲み出し、焦りと緊張の色がその顔に浮かぶ。



 城の中の様子は、以前オルガとジーニィが訪れた時とは異なっていた。

 兵士の生き残りは彼に操られ、虚ろな目をしてゆっくりと動き回っており、死んでしまった者達を整理している。


 そして王の姿もそこにあった。

 彼の着ていた衣服は脱がされ死臭を放ち、無惨に横たわってる。


 あまりの変化に戸惑いを隠せず、酷い……、と口に出そうになったジーニィは、慌てて手で口を塞ぎ堪える。

 前に歩くオルガの拳がふるふると震えているのが目に入った。

 待って……焦るな、と必死に願う。


  ◇



 三階へと一行は進み、玉座にイシダが座った。


 彼は何も言おうとはしない。

 立ったままその様子を三人が観察していると、彼は口をゆっくりと開いた。




「それで、いつ僕を攻撃するんだい?」



 その冷たい視線が、ジーニィへと向かう。

 ゆっくりと立ち上がるイシダにオルガが警戒の構えを取り、腰の左右に携えた斧に手を伸ばす。


 遅れて事態に気がついたジーニィが叫んだ。




 「みんな! 下がって!」 


  彼女がシンランの手を取って後ろへと下がらせ、戦いの気配に気がついた彼が守護魔法をかける。


 その手に持った錫杖を床につき、“神よ”と彼は唱えた。

 彼の錫杖から半透明な防壁が広がり、オルガを守り始める。


 一方イシダには焦る必要はない、追い詰め、再びスキルを使うだけだった。


 ゆっくりと歩み寄っていく。


  


 彼のその足を、ジーニィが床に氷を這わせ、止めようとした。 



 そして止まった。

 ように見えた。

 杖に集中し、氷を体へと伸ばし、全身を閉じ込めようとするジーニィ。


 しかし、氷は彼の足元で止まり、それ以上伸ばすことはできない。


「なんで……」


 彼女が困惑の色をみせるも、その動きの止まったイシダの首元へ、飛び上がり斧を投擲するオルガ。

 鎖で繋がった斧は空中を回転し、彼の首元へと向かう。

 彼は一歩下がり、斧はその首の皮を、切ろうというその瞬間止まった。

 慌てて斧を引き戻し、オルガは「どういうこと!?」と声を荒げる。



(確かに、彼の目の前で止まった……、一体、なぜ。仕掛けがあるはず)と考えを巡らすジーニィの耳に、シンランの声が届いた。



「きますぞ」



 イシダが右手を振り払うと、バチバチと音を立てる雷撃が、オルガに襲いかかる。

 彼女は床を蹴り、壁へと避難するが、雷撃は曲がり、〈雷竜〉となって追尾した。


 慌てて斧をそこに投げつけ、その衝撃で彼女は吹き飛ぶ。

 シンランがかけた防壁にヒビが入った。 


 体は無事である。


 だが、〈雷竜〉は斧がぶつかる直前、双頭に別れていた。

 もう一匹の〈雷竜〉は壁に倒れ込む彼女に襲いかかると、立ち上がった彼女の足に直撃し、噛み砕いた。


 遅れてシンランが、彼女に回復魔法をかけようと試みる。


 が、イシダの次の標的は彼だった。


 投げ飛ばされた短剣が、シンランの左の肩、太ももに一本ずつ刺さってしまう。


「次は右だ」


 手に持った短剣を弄り、戯れるイシダに、立ち上がったオルガが斧を投げつける。


 投げられた二丁の斧が空中で交差するその瞬間、ジーニィが火炎を放ち、床を這う業火の火炎が、斧を巻き込み加速する。

 そして、イシダが立っていた場所を焼き尽くした。


 彼は火炎を回避した。

 玉座の側に立っている姿が、遅れて二人の目に入る。


(避けた……? 火炎は止められない……?)


その様子を見たジーニィが彼のスキルの条件に気がつき始める。しかし、



 既にイシダは再び攻撃に移っていた。


 彼の次の攻撃手段は雷の短剣である。

 魔素によって生み出された放電現象の特徴は、その発生する速さにある。



 彼が短剣を投げると、その軌道に沿ってバチバチと産声を上げて雷鳴が走り、

 そして、

 シンランの体を突き抜けた。



 しかしその直前で、ジーニィが空気中に真空を作り出し、短剣の軌道を僅かに変えることでシンランの体への直撃を回避した。


 短剣は壁へと突き刺さる。


 だが、

 雷鳴は違った。

 一億ボルトもの電圧が彼の体を掠り、その電荷は彼の体へと浴びせられた。 


 錫杖が音を立てて床におち、彼はその場に倒れる。



「お坊さん!!」

 ジーニィが悲痛な声を上げ、叫ぶ。


 オルガは足を引き摺りながら駆け寄り、「まずいわ……」と倒れたシンランの肩を抱え、助け出そうと試みる。



 僧侶を失っては今後勝ち目はない、と悟ったジーニィが思考を巡らす。



 シンランほどではないが、彼女も回復魔法を使える。

 でも、それを使っても間に合わない。

 こうしている間にも戦いを楽しむイシダはその息を殺し、獲物を狙う肉食獣のようにこちらに近づいてくる。  



(本当に、まずい……)

 


 彼女がそう思ったその時、

 上空から天井を突き抜けて、魔王の放った無数の赤いレーザー、〈魔線〉がイシダの足元へと降り注いだーー。

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