加護
シェリルが城を直すため、タイタン族の長を呼びに行く間、ユリア達と魔王は遊び人の情報を交換しながら対策を練っていた。
穴だらけで今にも崩壊しそうな床にあぐらをかいた魔王が、遊び人の力を二人から聞いて驚きの表情をみせる。
「力を奪う!? チートだな……」
「そうなんです、私も『勇者』を奪われて……」
「なるほど。それで突然変異種が生まれてしまった訳だな」
そう言って、彼は気がつく。
もしユリアが称号を奪われることがなかったら、その時はーー。
「お前達と争うことになっていたら、それはそれでいい退屈凌ぎができそうだな」
笑いながらそう話す彼は冗談のつもりだったが、ユリア達にとってはたまったものではない。
ボーガンとヴィタは身振り手振りで話を変えようとする。
「魔王様、奴の攻撃を防ぐ方法はあるのか?」
「私も見ました! 奴は勇者の力を使いこなすようになっています!」
「ふむ、勇者の力も少々厄介だが、奪う力は相当のものだ……そう、何か条件があるはずだ。
例えば、『有効な距離が限られる」とか、『長い時間を共に過ごす』とかな」
それを聞き、こめかみを指で押さえてよく思い出そうとするユリア。
「確かにあの時、彼は私に近寄ってきていた気が……」
さらに魔王が続けて言った。
「それに加えて、精神系の攻撃を防ぐ方法はある」
◇
「あれ……ここは……?」
「よかった! オルガ、私だよ! 大丈夫!?」
暗い隠れ家の汚れたベッドの上で女戦士「オルガ」は目を覚ました。
彼女の目の前に喜ぶジーニィの顔が飛び出し、二人はオルガの体を隠すシーツ越しに抱き合う。
「ちょっと、どうしちゃったの?」
戸惑うも、自分の体の不調から並々ならぬ事態が起こったことを察し、ついついオルガはジーニィの頭を撫でた。
「拙僧が説明いたしましょう」
とシンランは目を閉じて二人に話し始めた。
「オルガ殿。あなたの体には二種類の呪いがかかっておりました。
一つはネックレスの呪い、もう一つは洗脳の類でしょうか。その二つが複雑あなたの中で絡み合い、あなたの体を蝕んでいたのです。意識を取り戻してよかった……」
初めて会う彼が助けてくれたことを知り、オルガは立ち上がり、彼の元へと近づくと、裸のまま彼の頬にキスをして感謝を述べた。
「ありがとう、お坊さん」
「それで? ユリアとイシダは?」
立ち上がり、下着を身につけ自分の鎧を探すオルガが二人に尋ねた。
「聞いてください! 実はーー」
神妙な顔のジーニィからユリアのパーティに起こった出来事を聞いたオルガはその綺麗な肌に皺を寄せていく。そして、口を開いた。
「許せないわね……」
◇
「精神系の攻撃を防ぐ方法の一つが加護だ。
他にも相殺や吸収がある。俺が使うのは吸収だ。俺の周りに出現したバリアを見たか? あれがそうだ」
加護、という言葉をヴィタとボーガンは耳にしたことがあるのか、なにやら話し出す。
「加護って昔の勇者のあれよね、」
「力を与える精霊がいるって風の噂で耳にしたことがあるぜ」
「本当のことだろう。加護とは儀式を通して力の一部を受け渡すものなんだ。俺でもできる」
その会話をユリアはなるほど、と頷いていたが、ヴィタは疑問に思い尋ねた。
「魔王様、そんなこと話しちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ。わかっていても俺の〈魔防壁〉は打ち破れない」
胸を張り、自信に満ちた表情の魔王がヴィタにはとても可愛らしく見えてしまいついその頭をなでたくなってしまう。
彼女はその頭に手を伸ばそうとするも、彼が再び説明し始めてそっと引っ込める。
「それで、一番手っ取り早くできる方法が加護なのだ。俺と帰ってきたらシェリルから二人に授けよう」
「俺は?」
心配になったボーガンが尋ねた。彼も二人のために何か役に立ちたい、という思いがあったのだ。
「お前はシェリルの上にいろ。安全だ」
魔王のその言葉で彼は上空からエルフの特効薬を降らせる回復役に就くことになる。
タイタン族の長との連絡がついたシェリルがその日の夕方に戻ってきた。
「魔王様、もうじきタイラスが参ります」
赤い飛竜の姿から人の姿へと変わり、シェリルが告げた。
「わかった。それでこの後のことなんだが、こいつらに加護を与えようと思う。協力してくれるか?」
「魔王様がそういうのなら……でも、どうして?」
「なに、こいつらが少し気に入ってしまった。エルフとランプとおまけに頼らない人間ときた。だが、その間に信頼がある。俺はその信頼とやらに賭けてみようと思っただけだ」
そう言うと魔王は立ち上がり、準備にかかろうとした。
その時、ゴゴゴゴ……と大地が揺れ、魔王城の遠くに巨大な土煙を巻き上げる人の形をした土の塊が現れた。
こちらに近づいてくる。
「タイラスがきたか。シェリル、悪いが彼をこちらに呼んできてくれないか?」
「かしこまりました」
彼女は再び飛龍へと姿を変え、城へと近寄る土の塊に向かい飛び立った。
しばらくして、シェリルが帰ってきた。
その背中には、小さい子供のような少年が座っている。
魔王よりも幼く見え、その顔は五歳児かのようにふっくらしている。
青い作業着のような一枚のツナギを着ており、その足元は土汚れで、膝まで茶色く染まっていた。
髪もボサボサで、その色は元から茶色いのか土で茶色くなっているのかわからない。
短い足をぽんっと床に乗せて降りると彼は魔王に話し始めた。
「魔王様? この城はなんですか?」
「すまない……」
彼は罰が悪そうに顔をしかめる。
「まぁいいですよ、それで加護ですね。この者らですか?」
「そうだ。立ち合い人になってもらおう」
「わかりましたよ」
その会話を聞いたヴィタが側に立って話しを聞いていたシェリルにそっと近づき、小声で耳打ちをした。
「あの人が、タイタン族の長なんですか?」
「そうだ。土塊に乗ってそれを操っている。操縦者といったところか。タイタンには核があるのだが、稀に人の形をとるそうだ。それが奴だな」
なるほど、と頷き彼女は納得した。
「お前たち、そこに並んで手を出せ」
魔王の言葉に、ユリアとヴィタは右腕を前に突き出した。
ユリアの前に魔王が、ヴィタの前にシェリルがひざまづく。
そして、目の前の右手を取ると、その手の甲に口付けをした。
二人の手の甲が熱くなり、赤い菱形の印が刻まれていく。
「なっ///」
ヴィタは顔が赤くなり、戸惑いの声をあげてしまう。
「これが、加護を受け渡す儀式なんだ」
魔王はそういうも、シェリルはどこか恥ずかしそうに手で口を拭っている
「確かに、見守りましたよ」と見守っていたタイラスの言葉はユリアには聞こえず、彼女はまだ少しだけ熱い右手の甲をぼーっと眺めていた。
◇
夜になってもタイラスによる城の復旧作業は続いていた。
彼は巨大なゴーレムを分裂させた無数の、小さい泥人形たちに石材を運ばせているが、時間がかかりそうで「はぁ、一体何をしたらこうなるんです」とため息をついている。
その一方ユリア達は寝場所を探し、辺りを彷徨っていた。
するとシェリルが翼を閉じ、竜の体を丸めて休んでいる姿が目に入る。
「あれ、暖かそう」
「えっ、でも……」
「いいからいいから」
戸惑うヴィタの手を引いて、ユリアはまるで自分だけの秘密基地に案内するように、眠りかけるシェリルの元へと導いた。
「隣で眠ってもいいですか?」
ユリアが小声でなるべく機嫌を損ねないように耳元で囁くと、「体をひっかかないと誓うなら、よい」とどうやら許可がおりたらしく、二人は飛龍の暖かいお腹に背を預けた。
「あったかいねぇ、シェリルさん」
そのお腹はやはり、暖かった。
ユリアは安心し、笑顔を浮かべて眠るシェリルの顔を眺める。
(ユリアはこんな時でも、明るく笑ってくれる……)
その時突然、ヴィタの心に何かが生まれた。
「私、あなたの重荷になってないかな」
「あなたを失うことが、怖いの」
「あなたがいなくなったら……そう思うだけで私はーー」
初めてヴィタが吐いた弱音は止まらない。
両手で顔を塞いでしまい、その体が怖くて震え出す。
その様子はユリアにとって、予想外のものだった。
でも、
「私だって、そうだよ」
彼女は優しく声を掛け、そっとヴィタの体を抱き寄せて、その背中を撫でながら二人は眠りについた。
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