試練




 魔王の攻撃は苛烈だった。


 城を破壊し、崩壊する柱の瓦礫がユリア達のいた場所に降り注ぐ。

 彼の主な攻撃方法は〈魔線〉である。

 手に持った杖を前方に突き出し、その先から枝分かれした何本もの赤黒いレーザーを振り下ろす。


 〈魔線〉は彼の意思で誘導され、それぞれが独立して動く。

 床を貫通し、確実にユリア達の逃げ場所を減らしていった。



「ヴィタ! 大丈夫!?」

ユリアの声が響く。彼女は柱の裏に隠れるも、たちまち破壊され崩落する瓦礫を、走り出し避ける。


「なんとか……」

 そう言うヴィタは足を魔素で覆い、俊敏さを上昇させることで逃げてはいたが、床がなくなっていき、逃げ場所を失っていく。


 ふぅと息を吐いて背中に集中し、翼を生やす準備を始めた。



「逃げるだけか?」

 魔王に彼らの命を奪う意思はない。強大な力に対し、どういった反応を示すのかを彼は知りたかった。

 彼女らを追い込み、包囲するように〈魔線〉を操っていく。


 このままでは自分たちも魔王の攻撃に焼かれてしまう、と思ったヴィタが一つの作戦を思いつき、ユリアに伝えた。



「ユリア、私が囮になるわ!」


  ◇




ーー「確か、この辺だったと思うけど」

 ジーニィ達は第A地区に辿り着き、遊び人の隠れ家を探していた。

「お坊さん、何かわからないかな、」

 指をくわえ、彼の反応を待つ。


「拙僧は耳は聞こえません。

 神通力で辺りを探ります」


 そう言うと彼は錫杖を地面に叩きつけ始めた。

 神通力、つまり探知魔法だ。

 錫杖から祈りの力が拡がり、範囲は広くないが、周囲の魔物だけでなく、悪に染まった心の存在を知ることができた。


「呪われている者ですが、いましたぞ」


 ジーニィは彼の探知魔法が広がっていく様を感覚で感じ取り、「行ってみましょう」と素直に従う。


 シンランの案内で彼らはその場所を目指す。




「この中ですな」

 どうやら、古びていてあまり手入れされていない建物の中にいるようだ。


「私から入ります」

 ジーニィが閉まりきってない曲がった鉄の扉をこじ開けてその者のところへと急ぐ。




 たどり着いた二人の目の前には女戦士「オルガ」がいた。

 蜘蛛の巣が張っていて雨水の垂れる暗い、部屋とは呼べない空間に彼女は座っていた。


 裸に、金で出来た宝石がついたネックレスだけを身に付けた彼女は、汚れたベッドの横に座り込んで虚ろに天井を眺めていた。


 確かユリアの話では、私たちは洗脳されていたはず、と思い出すジーニィ。


 その様子がおかしいことに気がつくが、何を口にすればよいか、判断がすぐにはつかない。



 そして、彼らの足音に遅れて気がついたオルガがゆっくりと喋り出す。


「戻ってきたの? ジーニィ、勝手に出掛けて、ダメな子じゃない、」


「オルガ……、目を覚まして……」


 くねらせた腕を舌で舐め回し、オルガは自身の妖艶な雰囲気を漂わせる。

 かつての勇ましい姿はどこにもなく、伸びた髪が彼女の裸を隠す。

 その首のネックレスは怪しく、宝石の輝きを放つ。

 イシダが渡したのか、彼女が自分から身に付けたのかは分からない。




 シンランはそれが呪われていると見抜いた。

 解呪を試みる。


「拙僧の解呪には時間がかかります! 

 稼いでいただけますか!!」


「そんなこと言わないで、もっと楽しみましょうよ、」


 彼女は立ち上がり、壁へと近づく。

 壁に飾られていた一本の小さい斧を右手に取り、シンラン目掛けて振りかぶった。




「危ない!」

 ジーニィが即座に対応した。

 ローブの袖から杖を取り出して氷を精製し、自分と斧とを繋ぐ。



 が、手に力を込め、氷を砕いて斧を引き剥がすオルガ。ジーニィの抵抗を脅威に感じ、少し後ろに下がり距離を取った。 


 斧についた氷を振って剥がし、持ち上げた刃の切先にその指をゆっくりと這わせていく。


「戦うしかないの……?」


 ジーニィが不安げにそう言って、シンラン防衛戦が幕を開けたーー。



 

「フンッ!」

 オルガが斧を地面に叩きつけ、そこから亀裂を走らせる〈地列斬〉を用いると、ジーニィはすぐさま氷の足場を作り出し亀裂を塞いだ。


 オルガが飛び上がり、斧を空中から叩きつける〈飛翔斬〉を用いれば、風が起こりその体勢をくずす。

  

「これ以上は……」

 ジーニィは戦いたくなかった。

 彼女の顔が歪み、苦痛の色を浮かべている。


「もっと……ちょうだい……」

 オルガはそんなことも気にせず、腰をくねらせて歩き、彼女に近づいていく。



(やるしかないのか……)



 ジーニィが仕掛けた。

 杖の先から出した炎を操り、火炎を地面に走らせる。

 その火炎は二列に分かれ、オルガの左右に走っていく。そして、天井まだ届く火柱を立ち上げた。

 火柱はさらに分裂し、女戦士を四方から取り囲んで、じわじわと追い詰めていく。


「どうする? このままじゃ焼け死んじゃうよ」



 ジーニィの言葉を聞いたオルガは腹部に流れる汗を腕の肌を合わせて拭うと、右手にもつ斧を地面に叩きつけた。


 そして、地面のえぐりだし、自分の身長より高い石壁を作り出す。

 その石壁を蹴り倒すことで火柱を掻き消し、彼女はジーニィへと歩み寄った。


「ダメな子……お仕置きが必要みたいね」


 自分の太ももに指を這わせながら上の方へとさすっていくオルガ。


 じわじわと歩み寄る彼女のその様子に、ジーニィは後退りしてしまう。



 

 その時、彼女の首についたネックレスが割れて地面に落ちた。 


 シンランが解呪に成功したのだ。

 オルガは気を失ってその場に倒れてしまい、ネックレスは宝石から赤い魔素を噴出し、消滅していった。


「間に合いましたかな?」

「なんとか、」


 ジーニィはふぅ、と息を吐くと杖をローブにしまい、オルガに近寄って腕に彼女の頭を抱え起こしたーー。


  ◇




「ユリア、私が囮になるわ!」


 ヴィタの提案は賭けのようなものだった。

 しかし、ユリアはそれを受け入れたくはない。


「囮ってーー、死んじゃうよ!」

 叫ぶ彼女を安心させるためにヴィタが言う。 

「大丈夫よ、あなたが守ってくれるもの」


 彼女は翼を広げると魔王の視界へと飛び立った。

 羽のある翼は細かい体のコントロールがしにくく、〈魔線〉を避け切れるかはわからない。




「わ、私が……」

 崩れ落ち、自分と同じ高さになってしまった柱の陰に隠れ、ユリアは杖を握りしめていた。

 チラリと上を見ると、ヴィタが翼をはばたかせて飛んでいるのが見えた。  



 魔王はそれに気がつき、何本ものレーザーで彼女を取り囲み、収束させていく。



(このままじゃ、)


 ヴィタを守る決意をしたユリア。

 彼女は杖を振り、周囲に〈魔刃・改〉をいくつか放つ。


「ボーガン、しっかり掴まっててね」

「ユリア、作戦があるのか?」

「それはね、」


 そう言うと彼女は、隠れていた物陰から魔王の眼前へと姿を表した。



「こっちよ!」

 崩れていく足場の間を縫って走り魔王へと近づき、第二の〈魔刃〉を放つ。


 その〈魔刃〉は通常のものとは違い、魔王へと飛びながら周囲の魔素を喰らい、みるみると大きくなっていく。


 それは魔王の〈魔線〉も例外ではない。

 巨大な赤い〈魔竜〉と化した彼女の魔法が、上空の魔王へと襲いかかった。




 ように見えた。



 魔王はユリアの目の前に立っていた。

 降りてきていたのだ。

 魔王の胸の前に杖が横に浮かび、赤い点滅するバリアが展開されていた。

 体には傷がついていない。


「吸収を使えるとはーー」

  彼の目が少しだけ開き、驚きの表情を見せる。


 そして浮かぶ杖を手に取るとバリアが消え、再び〈魔線〉を発動させる準備に入った。




 そこに、彼女が事前に使用していた〈魔刃・改〉による無数の刃が時間差で上空から降り注いだ。


 上空の死角から降る赤い何本もの小さい〈魔刃〉が、魔王目掛けて弧を描いて降り注ぐ。

 彼の立っていた足場は崩れ、対応が遅れた彼は床に空いた穴から階下へと落下していった。

 


 〈魔線〉の包囲網から逃れ、ユリアの元へと降り立ったヴィタが恐る恐る顔を出し、彼が落下した足場を覗く。


「やるじゃないか!」

魔王は無事だった。

 浮かび上がってきた彼の服は切り裂かれ、多少破れてはいるものの、体には傷がついていない。

「うわ!」

 ヴィタは驚き、側で立っていたユリアの手を掴む。


 その二人に、魔王が話しかける。

「隙をつかれてしまったな。よいだろう、連れていく。知っていることを全て話せ」




「やったー!!」と手を繋いで喜ぶユリア達の横で、シェリルはやれやれと崩れ落ちる城の後始末に頭を悩ませていた。

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