魔王




「なぁ、ユリア。このお坊さん連れてきちまってよかったのかよ」

 翼を広げて城から離れていくシェリルの背の上で、そう話すのはボーガンだ。


「だって、あのまま置いてはいけないよ」

 

「とりあえず、安全な場所に降ろしましょう」

 ヴィタの提案でどこか下ろせる場所を探すことになる。


「かたじけない……拙僧の相手、かなり手強いです。あなた方も戦うつもりなら気をつけてください」


 シンランがそう言うと、彼らの眼下の地面から声が聞こえてくる。



「ユリアーー!! 

 おーい!!」


 ジーニィだ。

 飛竜の気配に気がつき、追ってきていたのだ。

 シェリルが気がつく。


「ユリア、誰だ? あの者は」


「私の友達。彼女のところに一旦降りれる?」


 城からはまだ離れてはいない、通りを抜けた宿場の立ち並ぶ地面へとシェリルは降り立った。

 その背中からユリアがシンランを連れて、地面へと足を伸ばして彼の手を握り慎重に降ろす。


 駆け付けたジーニィは息が上がってしまっている。

 膝に手をつき、はぁはぁと息を吐く彼女にユリアは落ち着いて事情を説明した。


「ジーニィ、悪いんだけど、このお坊さん預かってくれない? 遊び人が城を乗っ取ったみたいなの。近づかないで」


 彼を預かることはジーニィにとって大した問題ではなかった。それよりずっと心配なことがある。



「待って、また会えるよね?」


 飛竜に足をかけ始めていたユリアはその足を下ろすと振り返りって真剣な、決意に満ちた顔で言った。


「また戻ってくるよ。今度は倒しに」

「うん……」


 一言二言の短い会話を交わすと、早々にシェリルは再び空へと飛び上がる。


  ◇


 残されたジーニィも覚悟を決める。

 側に立っていたシンランの手を取り、真剣な目で話し始める。


「お坊さん、イシダはどんな人だった?」


 彼には言葉が聞こえない。

 しかし、その目を開くことで、彼女の口の動きを読み取ることができた。


?」


 拙僧の戦ったあの者か、と考え彼は口を開く。


「悪です。放ってはおけませんな」

「よし、私たちで少しでも、なんとかしよう」


 二人は第A地区の遊び人の隠れ家を目指して歩き出し始めた。


  ◇



「それで、あの者がユリアの力を奪ったとかいう者か」


 第二領へと戻る空で、シェリルがユリアに確認をする。


「そうです。彼は遊び人と盗賊と恐らく勇者の力を持ち合わせています」

「あの者の力、まずいな」


「あいつに勝てるか?」

 横からボーガンが疑問を呈した。



 その疑問に答えたのはシェリルだった。


「我らの脅威だ。本来は我らの住処へと向かうつもりだったが、予定を変更する。よいな?」


 そう言って彼女は了承を待たず、加速した。


 赤い翼は空を切り裂き、来た時よりも遥かに早い速度で飛んでいく。


「ユリア、頼む、俺のランプしっかり握っててくれ」 シェリルに乗る三人の手にも力が入る。


  ◇




「あれが、魔王様の城だ」


 しばらくして、シェリルが口を開く。

 一行の行手に一つの城が目に入ってきた。


 魔王城。それは魔族の領地の最北に位置し、切り立った崖の上に作られていた。

 外観こそ普通の城のように見えるが、その周囲には結界が張られ、上空の空は淀んでおり、見るものを不安な気持ちにさせる。

 敷地内には踏んだものの体力を奪うバリアや、侵入者を発見すると動き出す石像など、様々なトラップが張り巡らされておりまさに難攻不落である。




 その屋上階。

 そこには天井はなく、無数の柱と玉座が一つあるだけだった。

 シェリルが向かっているということに気がついた一人の人物が、玉座へと座ってそれを待っていた。


 一行を乗せたまま魔王の待つ玉座の前へとシェリルが降り立つ。

 ユリア達を降ろすと、その姿をみるみると縮ませていき、裸の人の形をとった。

 玉座に座っている者へと彼女は近づき、首を下げる。




「魔王様、緊急です。この者らの話をどうか、お聴きになってくださいませんか」



「よかろう、」

 高い声だ。

 女性の声に近い。



 ユリア達が視線を玉座へと向けると、とても魔王とは思えない、八歳程度の少年が座っていた。

 耳にかかる程度の少し長い黒髪、白シャツに黒い革のサスペンダー、茶色いズボンと小さめの革靴を履き、癖っ毛がどこか愛らしい。

 まん丸な顔につぶらながらどこか尖った目、指も丸く、袖が少しダボっとしている。

 その短い足をちょこんと伸ばして彼は立ち上がった。



「え!? この人が、魔王?」

 ユリアが信じられないのも無理はないが、ヴィタは違った。


「か、可愛い……」


 それを聞いたシェリルの心臓が鼓動を早め、焦り出す。



 (魔王様の前で、そんなことを口に出せば、)



「俺は魔王だが!? 子供ではないぞ!!」

 その少年は顔を赤くしてぐずり始め、地団駄しながらついには泣き出してしまった。

 

  ◇



「よしよし、悪い子はいませんからね」


 魔王が泣き出してしまったため、ヴィタが玉座に座り、まるで自分の子供かのようにあやしていた。

 短めのスカートから出た足のタイツに彼は頭をのせる。その顔はなんだか気持ちよさそうだ。

 ボーガンが不安そうに口を開く。


「大丈夫なのか、あれ……」


「魔王様はああいうお方だ」とシェリル。 


「うーん、話をするだけ、してみないと」


  ◇


 やがて機嫌を取り戻した魔王が立ち上がって口を開いた。


「それで、勇者の力を持った突然変異者のことなんだが……」


「魔王様、ご存知だったのですね」 


「知っている。

 本来、一つの命につき一つの系統の力だ。奴の存在は由々しき事態だ」


 シェリルはそれを聞き、さすが魔王様、と安堵の息をつく。 




 だが魔王は悩んでいた。


 言ってよいものか。


 わざわざこの地を訪れた者にいうセリフではないかもしれない、と。

 顔を背け、彼なりに言葉を選ぶ。



「まずお前たちでは敵わない……俺が行こう」


 彼直々に遊び人のところへ向かうと言う。


「ここで、結果を待つとよい」 



 ユリア達の事情を知らなかった彼に、一行を連れていく必要がないことは確かだった。

 しかし、ユリアはその話を受け入れる訳にはいかない。



「待ってください! 私たちも連れていってくれませんか?」



 足手まといだ、と言いかけるが、彼女の真剣な表情をみて、揺らぎが彼に生まれた。



 そこにヴィタが続く。

「魔王様、お願いです! ユリアの話を聞いてくれませんか!」


(ここまで足を運んでくれた彼らを無下にするわけにはいかないか、)

 ふぅ、と彼は息を吐いて、余興を興じることにした。





「ならば、俺の攻撃を防ぎ切ってみせろ」



 少年、もとい魔王は立ったままゆっくりと姿勢を維持して空中に浮かび上がる。

 そして伸ばした腕に、まるで元から持っていたかのように黒く細長い杖を空間から取り出した。

 シェリルがそれを見て飛龍の姿へと体を戻し、空へ飛び立つ。




 彼の提案による攻撃が飛んでくることをまだ理解できないヴィタ。


「くるよ! ヴィタ!」

  というユリアの指示のような、励ましのような声が届き、彼女もいつでも回避できるよう玉座から距離を取る。


「ユリア、死なないでくれよ」

  ボーガンがユリアの肩の上で彼女を鼓舞させ、彼女が杖を取り出し深く息を吸い込むと、魔王の攻撃が始まったーー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る