逃走




ーー人通りの少ない路地に立つ、一軒の今にも崩れそうな家屋。

 蜘蛛の巣が張り巡らされ、雨漏れの音がポツポツと響く暗いその一室で、遊び人「イシダ」は目覚めた。


 側で自分の目覚めを見守っていた、裸に金のネックレスだけをつける女戦士「オルガ」に話し出す。


「僕が眠ってる間、何かあった?」


「『勇者見習い』を名乗る者が現れましたが、事態は収束しました。それと、ジーニィがいなくなりました。どうなさいますか?」 


「あいつか……、まぁいいや、後で探そう。

 なんだか気分がいいんだ。外に出よう」


 彼女が外出用の黒い肌着を手に取ると、それを見たイシダが残念そうに呟く。


「それ、着ない方がいいのに、もったいないよ」

「お脱ぎいたしましょうか?」


「いや、いいよ。

 僕一人で行く」


 会話を終えて、隠れ家を出ていくイシダ。 


 路地に顔を出すと久しぶりの太陽の光が眩しい。

「まずは、城に向かおう」と言うと、手足の伸びをして東の方角、城の方へと向かったーー。


  ◇


 ユリアたちはその日城の二階で眠り、朝を迎えた。

 久しぶりのベッドだ。

 体が軽い。


「さてと、これからどうしようか」

 ユリアよりも早く目覚めたヴィタが独り言を呟くも、近づいてくる者の存在に気がついた。

 


「何か来るわ……」

 隠す気のない無邪気に曝け出される魔力を感じ取り、彼女は思わず鳥肌が立った左腕を抑える。


 ボーガンも遅れて気がつき、「これ、やべぇんじゃねぇか?」とランプを縮こませた。


「起きて、ユリア」

 ヴィタは慌てて未だ寝ている寝巻きのローブを着たユリアの体をゆすり起こす。


「なに〜?」

 彼女には何もわかっていない。

 ローブがはだけていることも。


「逃げるわよ、急いで」 

 肩から落ちかけているローブを元に戻し、ユリアは慌てている様子のヴィタに尋ねる。


「えっ……待ってよ、何かあったの?」 


「ここにもうすぐやばいのがくるわ、隠れましょう、ボーガンもいい?」


 彼らはひとまずそのまま城の一室で身を隠すことにした。

 ヴィタは念の為フードを身につけランプをそこに仕舞い込み、体から出る魔力を最大限に抑えつける。


 いつもの魔女のローブへと着替えたユリアがおもむろに口を開いた。


「もしかして、遊び人?」

「わからない、でも感じたことないわ、こんな力、今の私たちじゃ……」


 彼女は、真剣なヴィタの表情からその深刻さを感じ取る。


  ◇


 彼らがそうこうしている間に、イシダが城へと辿り着いていた。

 第A地区が城からそう遠くないことと素養【脚力増……強】の効果もあり、時間は対してかかっていない。


「王様に会いにきたんだけど開けてくれない?」

 彼は城門を開かせ、中へと入っていく。

 そして王の待つ部屋へと向かう。


 彼が三階の王の間の扉を開けた。



「!!……、お主か……者ども気を抜くな!」

 王は向かってくるそれがイシダとは知らなかったが念の為、兵を部屋に集めていた。

 イシダが王の間へと踏み入れた瞬間、槍を持つ数名の兵士が彼を取り囲む。


「そう……」

 彼はそう言うと予備動作を見せずにまず、彼らの視力を奪った。

 

 一瞬で視界が暗闇に覆われ、兵士達は一斉に混乱する。


 槍を使おうとも、誰がどこにいるかもわからない。


 気配を探って様子を伺う彼らの胸に痛みが走る。


 じんわりと流れ出す心臓の血の温かさに、自分が死ぬ、ということを彼らは悟り、意識が途絶えた。


 「あぁ、王よ、申し訳ありません」と一人また一人と命を落としていく。




 イシダは彼らから槍を奪い、順番に心臓を貫いていった。


「王はまだ利用価値があるな」


 彼は兵士を始末した槍を捨て、王からその地位を奪った。

 兵士が一瞬で敗れ、後退りする彼を正面から蹴り飛ばす。


 それを受け膝をついてしまった王の背中へと腰掛け、彼は笑いだした。


「あの勇者様まだ生きてる? 教えてよ」 


 だが、王の口は固い。

 ユリアのことは何としても教えまい、と話そうとはしない。


「まぁ力使ってもいいけど、つまらないもんね。探しに行こうかな、近くにいるの?」


 王は答えない。

 イシダは立ち上がり、王の脇腹に蹴りを入れると、その顔が苦痛に歪む。

「早く言いなよ、ほら」とさらに蹴りを入れていく。


 やがて、蹴ることにも飽きてしまった彼は、

「まぁいいや、向こうからくるでしょ、人間って執着心の強いものだからね、そうでないと困る」と言って口から力なくよだれが垂れている王に微笑んだ。



 その時、


「王はここですかな」


 そこに一人の男が現れた。

 その者の名は「シンラン」


 僧侶であり、勇者である。

 青い袈裟を着て、鈴のついた錫杖をもつ彼は目を瞑っており、その耳は聞こえていない。


 そのためユリアの演説が耳に入ることはなく唯一の『勇者症候群』の克服者であった。

 王に旅立ちの許可を得るため城へとやってきていたのだった。

 予期せぬ邪悪な気配を察知し、口を開く。


「む、そこの者、何者か」

「なんだ……いいとこに来たね、じゃあまずは」


 まずイシダは彼の視界を奪おうとした。

 だが元々目を瞑っている彼には効果がない。

 何をどう奪おうか、それを考えていると彼は自分が勇者の称号を奪っていたことを思い出した。 


「試すか」

 そして使った。


 右腕を上げ、“轟け”と唱えたイシダの手からいかづちが生まれ、音を立てて僧侶の元へと走っていく。


 シンランはそれを錫杖をコツンと地面に叩きつけ、祈りの力で魔法を防ぐ盾を作り出し防ぐ。


 そこに追撃の雷がくる。



 彼の盾はそう何度も攻撃を防ぐことはできない。そのためイシダの電撃を度々受けてしまってはいるが、僧侶の持つ回復魔法がその傷を癒す。


「どこまで持つか、見せてくれ」


 イシダは戯れ、その攻撃の手を強めていく。


  ◇


 雷撃の轟音がユリア達の耳に届いた。

「戦ってるみたい、今のうちに逃げるわよ!」

「で、でも」

「だめよ、殺されるわ! ユリアがいなくなったら私は!」

 二人の会話する様子を見たボーガンは、「竜の笛を使おう」とさえぎるように提案した。


 そっと寝室を出て二階のバルコニーへと向かい、

(ここまできて、お願い……)と祈るようにヴィタが笛を吹く。



 しかし、

「やっぱりダメ!」とユリアが階段の踊り場へと走り出す。

 それに気がつき、ヴィタは「待って!」と叫ぶも、彼女にはもう届いていなかった。


  ◇


 玉座の間の中をユリアが三階に続く階段から頭を出して覗くと、誰かが戦っているようだが、彼女から奥に立っている者の顔は見えなかった。



「ほら、どこまで防げる?」という遊んでいるような声が届く。


 

 シンランはやがて追い込まれ、階段へと後退する。

 盾を連続で使用したことでハァハァと息が荒くなり、防ぐことに疲弊した彼の手を、握るものがいた。


 ユリアだ。

 彼女の温かい手が、彼の心から恐怖を消し去った。

 シンランは目を開き、ゆっくり顔を上げた。


「そなた、真の……」


「ユリア!こっちよ!」


 ヴィタの声が二階から届き、ユリアは「着いてきて!」と彼の手を引いてその場から立ち去り、逃げようとする。



「ユリアじゃないか!無事だったんだね!」

 振り返らず、背後から聞こえる声の持ち主から遠ざかろうとする。


「ゆっくり話そうよ、ユリア! 僕だよ! 勇者になったんだ! 君と同じだよ!」


「早く! 急いで!」


 ユリアが2階に出ると、ヴィタはもう飛龍に乗っていた。深く赤い鱗を持つ竜が翼を広げているの姿が彼女の目に飛び込んでくる。


「話を聞いてくれないのかい? それなら!」


 イシダはその足を奪おうとした。


“祈りよ!”


 シンランの加護だ。

 それを防ぎ、

「そう何度も持ちません!」と言い、再び走り出す。



「ありがとう!お坊さん!」


「ユリア!手を掴んで!」


 飛竜の背に乗ったヴィタが二人へと手を伸ばす。



「これなら!」


 イシダは再び追撃を試みる。


 彼の手から生み出された電撃が、いくつかの空中に浮かぶ剣の形をとっていく。


 そして出来上がった無数の〈雷鳴剣〉をユリア達目掛けて飛ばした。


 雷の発生速度を生かした高速の斬撃が、飛んでいく。



 ユリアはヴィタの手を取り竜の背に乗ると、二人でシンランを持ち上げ、それを確認したシェリルが空へと飛び立つ。



 間一髪、〈雷鳴剣〉が彼女らがいた空中へと放出され、消失した。



 後には、

「まぁいい。ユリアが生きていたんだ! また奪える!」というイシダの声だけが、城に響いていた。

 

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