「イシダ」




 イシダは夢を見ていた。

 かつての勇者たちの幻影が彼を取り囲み、話し出す。

 

「貴様、何故力を求める」


 なぜ僕は、と自分のことを思い出そうとするイシダ。

 

 その過去を巡る。


  ◇

 


ーー僕はとある盗賊団の首領の息子として育った。


 本当の親ではない。

 僕は拾われたらしい。

 物心ついた時にはもう、盗賊としてのいろいろな技術を教え込まれた。

 もちろん人も殺した。

 当たり前だけど人は恐怖を感じると叫ぶ。

 耳から離れないんだ、これが。


 父は悪人だった。

 女を連れ込み抱いては殺していた。

 僕の母もそのうちの一人らしい。


 僕はその後始末だ。

 埋めた。その数はおぼえてはいない。


 十四歳の時、その父の命を奪った。

 特に理由はない。

 飯を食う姿が豚に見えてムカついたから。

 ただそれだけだ。



 そこからは僕が盗賊団の首領を務めた。

 目的もなくただひたすら盗みを行う日々。

 父がいた頃僕は殺しを悪だと思ってた。

 でも、生きるために殺しを行った。

 やがて人の断末魔や叫び声に何も感じなくなった。

 あんなに耳から離れなかったのに。


 そしてある時満たされない自分に気がついた。

 盗んでも殺しても僕の心は満たされなかった。


 金宝石財宝こんなもの持ってたからなんだって言うんだ。

 一体何を盗めば満たされるのだろう。


 王の城へも入り込んだことがある。

 何も盗まなかった。

 城の財宝を盗んでも満たされなかったら? 

 みみっちぃと思うかい?

  

 心を不安の影が覆う。

 女を抱くと一時的にだが僕は満たされた。

 それくらいしか解決法はなかった。

 だがすぐに渇きがくる。



 次第に盗むことにも飽き始めた。

 歳をとる自分を醜く感じる。

 自分が、中身のない空っぽの人間だと気づくのは怖い。

 それを見て見ぬふりをする事も疲れる。

 盗賊団を捨て一人になる事を選んだ。

 やめろ……僕を見ないでくれ。 


 一人でいることは気楽だ。

 何も考えないで済む。


 僕の盗みの技術は恐らく限界をむかえていた。

 宝だけでなく有効範囲内でならば、人の動き、時間、様々なものを奪うことができるようになっていた。欲しいと思ったらもうその時には奪ってしまっているんだ。

 便利だろ?


 ただもう僕は人を殺すことで満たされないことはもう知っている。


 試しに長く滞在していた酒場の、よく僕に話しかけてくる遊び人から彼の積み上げてきた経験というものを奪ってみることにした。

 彼に近づいてその距離を探る。



 至近距離でならば、奪えた。

 恐らく彼の力だろう新しい力が手に入った。

 くだらない能力だ。 


 〈銭投げ〉と〈昼寝〉なんて使い道はないと思ったが都合よく銭はいくらでもある。

 試しに銭を投げ続けていると新たに〈魅了〉の力を手に入れた。

 これは使えそうだ。

 

  


 勇者ユリアの存在を知ったのはそのしばらく後だ。

 街を彷徨っていると喧騒が耳についた。


「勇者が旅立つってさ!」

「何でも、女の子らしいじゃない?」

「仲間を集めるらしいよ! 酒場で募集するって話だ」



 興味が湧いた。

 退屈しのぎにはなるだろう。

 優秀そうな賢者を見つけ、関係を取り持ってもらった。

 彼女には気がつかれていない。

 少し心を奪えば簡単さ。


 ユリア、君は僕から見て輝いて見えた。

 美しい髪。

 整った顔。


 そして、勇者という称号。

 生まれも育ちも僕なんかとは違うのだろう。

 そんな彼女から奪い、自分のものにしたらさぞ満たされるだろうーー。


  ◇



「貴様、何故力を求める」

 僕の目の前に現れた、勇者の称号に受け継がれし魂たちが問う。

 哀れだ。


「それはね、自分のためさ」

 僕は彼らから力を奪うことにしたーー。





 第A地区。

 雨水が壁に滴る、薄暗い部屋の片隅に置かれたベッド。

 そこで一人の男が目を覚ます。


 彼の名はイシダ。

 白髪の肩まである長い髪に、左眼には眼帯を着用している。

 今はヨレヨレのシャツに動きやすい黒のズボンを履く。


「さっきのは……」


 体を持ち上げて言う彼に気がついた女戦士が、「目を覚まされましたか?」と声をかけた。

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