ユリア




 城へと向かう三人。

 人族の領地は、中心に城を構え、その周囲にA、B、C、と円を描くように領地が広がる。そのため第C地区から城まではさほど距離はない。


「こいつら、どんどん湧いてきやがる」とボーガンが言うそばから、廃人となった『勇者見習い』が彼らに襲いかかる。

 モップや包丁を手に持つ商人だけでなく、そろばんを持った商人や杖を持った老人までみなが廃人と化し、暴力を振るっていた。

 

「急ぐわよ」とヴィタが言い、雨の中、さらに走る足に力を込める。


  ◇


 城門へと辿り着いた時には雨はやんでいた。

 城の周りを堀が囲み、城門からの跳ね橋が降りておらず、人だかりが出来ている。


「何とかしろ!」

「自分たちだけ助かりたいなんて、卑怯だぞ!」

「税金払わねぇぞ!」

 パニックになり、抗議を行う住民が押し寄せていた。


「どこかから、入れないかしら」

 それを見てヴィタが言う。

「城門を開けてもらうしかないかな」と返したユリアが大声を上げた。


「私は勇者ユリア! そこを開けてください!」

 それに気がついた住民たちが道を開ける。

 中には「勇者様!」という歓喜のような声を上げる者もいた。


 もう一度、今度は城門に向かって「聞こえますか!開けてください!」と言う。

 やがてそれを聞いた兵士が跳ね橋を下ろし、中へと入ることができるようになった。「やるじゃねぇか」とボーガンがユリアにだけ聞こえるように言った。


「王がお待ちです。どうぞ中へ」と兵士が招き入れる。

そして、「一応規則ですので、フードは脱ぎ、顔を確認させてください」と言うので、

「こんな時に……」と渋々、ヴィタはフードを外す。

 中から現れた褐色の肌に兵士たちは一瞬たじろぐが、「私の友達です。何か問題でも?」とユリアが圧をかけ、事なきを得た。


  ◇


 中は大騒ぎだった。事態を把握しきれていない兵士や大臣がいそいそと駆け回っている。

 念の為再びフードを被るヴィタ。

 三階の王の間へと辿り着き、その重い入り口の扉をユリアがあける。


「おぉユリアか。待っておったぞ」

 そう声をかけたのは王だ。チャームポイントの曲がった白い髭が可愛らしく、マントを羽織り、金の装飾が施された高貴な衣装を着ている。

 ユリアと再び出会えたことに感謝し、走ってきた彼女を安らかな表情で抱きしめた。


 そして、

「人々が大変なのじゃ。自分のことを勇者だと思い込み、旅立つ許可をしたはいいものの、そこら中のツボを割り、中には暴動を起こす者もおる。何か知っておるか?」と深刻な顔で続ける。


「彼らのことはわかりませんが、私、遊び人に『勇者』の力を奪われてしまったんです。何か関係があるのかも」


 確かに、目の前のユリアは旅立った時とは異なる衣服を着ている。フリルのスカートからその言葉が自分をたぶらかす為のものではないと知り、王は目を見開かせ驚いた。


「なんと! 勇者の力を失ってしまうとは!」

 そして彼は短い間、目を閉じて思案しこう続けた。

「しかし、ユリアはユリア、何も変わることはない。たとえ力を失ってしまったとはいえ、そなたはいつまでもそなたなのじゃ、忘れるでない」


 その言葉がユリアの心に染み渡る。王はいつでも王だ。

「はい!」と彼女は笑って返事をした。



 話を聞いていたボーガンが突然、思いついたように喋り始めた。

「あいつら、なんとか説得できないかな。殺すわけにはいかないだろ?」

「なんと、そのランプ、喋りおった!」

 王は驚くが、それはヴィタにとって意味のある提案だった。


「その説得……やってみる価値あるかも」

 彼女が懐から小瓶を取り出し、真面目な顔で言う。


「これエルフの特効薬なの。体力を大幅に回復できるわ。これをボーガン、あんたが雲になって、雨として降らせてくれない?」


 彼はそこまで考えてはいなかった。

「え、まじ? 俺自信ないなぁ」

 そう言って、ランプの口が下がり、提案を拒否しようとし始める。

 しかし、

「ボーガンならできるよ! 私を乗せてくれたし!」

 ユリアが弱気なボーガンのランプにキスをした。するとたちまち彼は立ち上がり、口から白く輝く雲を吐き出す。


「しょうがないなぁ! 今回だけだぜ。それで、説得はどうするんだ?」

 彼の体にやる気がみなぎってきたようだ。

 その様子に安心したヴィタは肩の力を抜いて、作戦の要であるユリアの方へとその顔を向ける。


「それはユリア、あなたにしか頼めないわ。直接彼らの心に、正気に戻るよう訴えかけるのよ」


「わかった」とユリアが頷き答える。


 彼らの真剣な眼差しを見た王は、彼女がよい仲間と巡り会えたことを察した。

 そして、

「者ども、彼女に協力せい!全力で護衛するのだ!」 大声で兵たちに指揮を飛ばしたのだった。


  ◇



ーーその頃ジーニィは二人の後を追って城へと辿り着いていた。その髪が、流れる汗で額にまとわりつく。

 外は住民で溢れかえっている。


(ユリアはどこ……?)


 彼女は息を整え、辺りを見渡した。


 すると集団の中の一人が、『勇者症候群』に感染して周りの人々に襲いかかろうとしている。


「な゛んで初期装備が棍棒なんだよぉお゛おお」

 彼は手当たり次第に周りから装備を剥ぎ取ろうとした。

 

 危険な様子に気がついたジーニィは、「静まりなさい」とその足元に氷を精製し、一時的に動きを止めることに成功する。


 そして再び、「ユリアはどこ?」と辺りを見渡した。

 やがて城門のはね橋が降下し、中からユリア達と護衛の兵士が現れる。


「ユリア!!」

 そう叫ぶジーニィの顔に、一粒の雨粒がかかった。

 どうやら再び雨が降り出してきたようだが、彼女には関係ない。ユリアの顔を近くで見れるよう、歩みを寄せたーー。


  ◇



 ユリアは降り注ぐ「エルフの特効薬」の中、はね橋を歩いて、人々の元へと向かう。


 そして、

( お願い、杖よ。私の声を響かせて、)


 そう心の中で祈り、“響け”と唱えた。



 彼女の声が拡声され、辺りに響き渡る。


 その魔法の声はやがて周囲の人々だけでなく、大地の、建物を超えて、川を超えて、眠る遊び人を超え、人々の心に語りかけた。


「私の名前はユリア、かつて勇者でした。

 今この国にいるみなさん、きいてください!


 私は、勇者の力を奪われました。

 でも気がついたんです。私の心には勇者が残っています!

 人を勇者にするもの、それは称号ではありません!


 心なんです!

 もう一度、自分の心を取り戻してください!

 みんなの心の中にも、何かを守りたいという心があるはずです!!」



 その声は澄んでいた。ジーニィの心に、商人の心に、兵士の、町人の、老人の、子供の、王の、犬の、人族の領地に暮らすものの心の中に、澄んだ川のように流れ込み、彼らの心に本当の称号を思い出させた。


 『勇者見習い』は生きる目的を思い出していく。

「あれ……、私なんで壺を……」

「怪我をさせてすまねぇ……急にはがねのつるぎが欲しくなったんだ……」

「棚からパンツ拾ったって、何の意味もないじゃない……」


 人々が、その正気を取り戻していった。


  ◇


 しかしまだ、近くに一人の『勇者見習い』がいた。その手に剣を持ち、演説を終えたユリアに襲いかかる。

「危ない!」

 ヴィタが叫び、その右手に炎を宿し、魔法を使おうとした。


 が、近くにいた兵士が心を取り戻す。

 ユリアと、襲いかかる『勇者見習い』の間に割って入り、槍で剣を止めた。


「あれ・・・・・・俺どうして?」

 その男も思い出す。

 自分が武器屋の店主だったことを。

 次第に、国中の『勇者見習い』が自分の心を取り戻し、本来の称号を思い出していった。


 事態を見守っていたヴィタが、説得に成功したことに気がつき、ホッと息を吐いて喜び始める。

「やったよユリア! うまく行った!」

 跳ねる彼女の横で、雲となり特効薬を散布していたボーガンがランプへと戻ってきて、「み、水をくれ」と苦しそうに言うのだった。




 ジーニィは人々の様子を見渡した後、演説を終えてまだ少し呼吸の荒いユリアの顔を見て、

「ユリア、あなたは勇者だよ、やっぱり」と呟く。

 彼女は気がついていなかったが、雨はもう止んでいた。

 雲の間から沈み始める太陽の西日が差し込んで、まるで祝うかのように明るく、城を照らし出すのだった。



 その日は国中がユリアという一人の勇者の帰還と事態の収拾を祝い、城は大いに盛り上がり一晩中宴が開かれた。


  ◇


 

 夜のバルコニーでユリアはその熱を冷ます。

 王や街の人たちは喜んでくれたが、私の問題は未だ解決していない、と目的を思い出し、空に浮かぶ星をぼんやりと眺めていた。


「どうしたの? そんなところで」

 中から声をかけたのはヴィタだ。

 少しだけ酒を飲み、頬が赤くなり、にやけた表情を浮かべている。

 右手はグラスをもち、左手の人差し指にはボーガンの持ち手がかけられ、ぶら下がっていた。


 グラスを近くのテーブルに置いて、ユリアに近づいていく。


 振り向いたユリアの頭を、赤い顔の彼女が撫でた。そして顔を近づけて、

「今日のあなた、かっこよかったわよ」と耳元で囁く。

 普段とは違うその色気に、ユリアは思わず心臓の鼓動が速くなっていることに気がついた。


「で、でもーー」

「そうね、まだ解決していないわ。でももうあなたは私にとっての勇者様なのよ。それを忘れないで」


 優しい、彼女のその言葉が、ユリアの心の隅に追いやられていた怒り、後悔、重圧といった黒い感情を一気に晴らしていく。


「ありがとう……ヴィタ……」

 ユリアはその胸に顔をうずめる。

 目にはじんわりとだが、涙が浮かんだ。

 自分を見てくれている人の存在がこんなにも嬉しいことだと、彼女は思っていなかった。


 ヴィタはそれを腕で包んでそっと抱きしめて、彼女の涙が収まるまでただ黙って見守っていた。



 こうして、事態は解決したかのように思われた。

 第A地区。そこで一人の男が目を覚ます。

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